ギロチンチョーク

03/03/18
江東を平定した孫策ですが、ここで大きな問題に直面致しました。この問題は、多くの要因が複雑に絡み合っており 一言で表すのは非常に困難なのですが、それを承知で言わせて頂ければ、飽きてきました。
さて、続き。北上して曹操、袁紹と覇を争うか、西の劉表を倒して荊州を獲るかといった分岐点に立っている 僕と小覇王である訳ですが、ここで北上し先に曹操、袁紹を倒してしまいますと、最後に劉表や劉璋などといった 駄君主どもが残ってしまい、それに際した僕のやる気は減少の一途を辿り、今以上に自分の殻に閉じこもり、 隙あらば生きる意味を考えたりする生活を送ることとなってしまう可能性がないとは言い切れず、 と申しますか今でも寝る前の布団の中とか割と危ない。
という訳で劉表戦。荊州を独占状態の劉表ですが、まあ所詮は駄君主、楽勝に違いありません。そこで、荊州の真ん中 (多分江稜)を獲ってから、南北二方面同時にあっという間にしばき上げる作戦をとることに決定。順調に城を落としていく 孫策軍。しかし、ここで劉表が急に攻勢に転じました。連続的に2万弱の軍勢を送りこんで来る劉表軍。更に、 時を同じくして異民族である所の山越大王様までもが急に我が軍に刃を向けて参りました。同時に多方向から攻め込まれる のは流石に厳しい。まあ、とりあえずは各個撃破するしかない。山越大王はバカなので、お馴染みの偽報で 時間を稼いで士気を下げて撃破だ!とか思っていたら、異民族は時間が経っても士気が下がらない模様。 ずりーぞ。お陰様で張遼(呂布は既に滅亡してた)隊が負けた。異民族つえー。
更には、決して負ける筈のない対劉表戦でも、迎撃に出た関羽(劉備も滅亡した)隊が、前に出すぎて敵の城からも 攻撃を受け、兵士千人まで減らされて死にそうになる有様。多方面同時に攻めてる場合じゃなくなって参りました!  がんばるぞー!
とまあ、そんな感じでまたやる気が出てきました。あと、孫策の居城は小覇王の弛まぬ努力により、 内政値が全部マックスになりました。おめでとう!


03/03/17
劉ヨウを何とか撃退した孫策軍に新たな脅威が襲い掛かる! という訳でまた敵が攻めてきました。また劉ヨウ軍が。 全然新たじゃありません。ですので、詳細は割愛しまーす。そして、劉ヨウは滅亡した。
何だか割愛し過ぎた気がしない事もありませんが、承知の上です。まあ、何か電撃作戦的なもの?で劉ヨウを 倒したのです。倒したのです!
さて、江東平定に残るは厳白虎と王朗。厳白虎は、小覇王の度重なる強奪攻撃によって慢性的な金不足に陥っており、 満足に兵を増強する事も出来ず、その兵力は僅かに一万五千。流石は小覇王。たまには役に立ちます。 しかし、王朗はせこせこと兵を 蓄えやがって4万以上います。厳白虎を攻めてる時に王朗から攻められたら面倒臭いなー、なんて思って いた所、王朗が厳白虎の居城に向けて侵攻を開始したとの報告が。居城をほぼ空にして2部隊で三万五千の 大軍で厳白虎を攻め立てる王朗。それを見守る小覇王。どんどん減っていく厳白虎の兵。最早落城は時間の 問題。そこで颯爽と登場したのが周瑜隊一万五千。最高のタイミングで王朗の居城に居留守アタック。 そして、厳白虎の兵が残り4千になった所で、王朗の居城が落城。王朗軍は消滅したのでした。 出撃が後1ターン遅ければ、先に厳白虎が滅亡し、王朗が生き残ってしまっていた訳で、何ていうか、俺、天才。 実は小中高とあだ名は臥龍でした。
その後、厳白何とかも滅ぼし、遂に江東を平定した小覇王ですが、本人は未だ戦争に出た事はありません。


03/03/16
オッス!オラ劉備!
という訳で、三国志9を買ってしまいましたのでプレイ日記を書くことになりましたー。よろしくねー。

194年、孫策で開始。冒頭で挨拶してる癖に全然劉備じゃありません。まあどうでも良い。状況としては、 袁術から兵を貰って旗揚げした直後らしいので兵力はたったの八千。袁術とは友好関係にあるんだけれど、 劉表、劉ヨウとは敵対関係。だったような気がする。すでに昔の事なんで覚えてません。
三国志の常としてまずは内政から。せっせと田畑を耕す孫策。張昭の登用に向かい無碍に断られる孫策。 捜索に行って小金を拾ってくる孫策。そんな小覇王の姿に目頭を熱くしていた訳ですが、何はともあれ、 お金が足りない。もう全然足りない。小覇王が拾ってくる小金だけでは到底足りない。大体何処から 拾ってくるのかが疑問でならない。俺も拾いたい。
という訳で無理から兵を2万まで増やして、半分を下の空白地獲りに差し向けました。やあ、これで次の収入が 楽しみだーなんて思ってた所、手薄になった本拠地近くの港に向けて劉ヨウ軍2万が侵攻してまーすだなんて 面白い事を周瑜が言い出した。笑える。急遽本拠地から兵八千を港の守備に、更に空白地を占拠した呂蒙軍八千を 劉ヨウ軍に差し向け挟撃体制をとる。劉ヨウ軍2万対程普+呂蒙軍一万六千。呂蒙水軍の特攻は劉ヨウの軍をガスガス 削ってくれたんだけど、それ以上に自軍港の被害の方が甚大。あっという間に落ちそう。仕方なく呂蒙軍を 港に入れて応急処置。偽報で時間を稼ぎつつ、本拠地で徴兵訓練した兵をピストン輸送。そうして、数ヶ月にも渡る 戦闘は、途中遊軍として出撃させた周瑜隊が敵の攻撃を一身に受け船に乗る前に僅か1ターンで壊滅するという寸劇を 織り交ぜたりしつつ、なんとか劉ヨウ軍の撃退に成功。この間、孫策は、劉ヨウが留守中の城から金を強奪するという 小金拾いに変わる新たな稼ぎ方を発見し、小覇王の名を不動のものとしたのでした。