complain不平不満   [りそな銀行]  
          目もくらむような巨額の公的資金が注入されて救われる銀行に手放しで浮かれるほど国民はバカではないはずだが、銀行の経営体質の一端が暴露されて唖然とするばかりで声も出ないのだろうか。
中小企業がバタバタと倒産し、経営者の個人資産までも失ってしまう我が国の金融システムの中で、大豪邸に暮らす頭取や豪華な社員アパートを保証される行員の姿に大きな矛盾や疑問を感じざるを得ない。

取引銀行の融資引き上げに悲鳴を上げる経営者の多くは地道に築き上げた信用も技術も一瞬にして水泡に帰す心配を抱え、夜も寝られない日々を過ごしている。
国の低利融資や債権の買取などで救われるのは、極わずかであり多くの中小零細企業は自力で解決する以外方法が無いのである、海外に拠点を移す製造業ではより深刻で、大企業の下請けであっても、いつ発注をストップされるか分からない現実と向き合っている、可処分所得の減少は個人消費の低迷を招き、飲食業や一般商店などは廃業に追い込まれる所が続出しているではないか。

地方に多いシャッター通りの商店街に「りそな銀行」の公的資金が今後どのように生かされ、還元されてくるのだろうか。
地方の時代と言われ、自立の時代といわれて、どのように立ち直ればいいのか教えて欲しい。
地方都市の過疎化の中で、限られた消費者を大型量販店やチェーン店に奪われ、隣にコンビニの進出で息の根を止められた一般商店に、息を吹き返す方法を是非教えて欲しい。

 
             
           
             
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          [電力不足で考える]  
          夜空の美しさを忘れた私達に、深夜に街のネオンを消して星空を見上げる時間と楽しみを与えてくれるのではないないだろうか、使えるのが当たり前に思っている電気も無くなったときの不便を忘れた人間の傲慢さが改めて思い起こされる。

山登りを趣味にしている私でさえ、日ごろは美しい星空を見上げる機会も少ないが、登った山頂で仰ぎ見る夜空は、まるで吸い込まれるような神秘性を持っている、手の届きそうな位置にある星々に言葉を失い、ただ見上げるばかりなのだ。

都会に暮らしていても漆黒の闇を経験するのは、悪くは無いのかもしれない、明りの大切さ、有り難さを再認識し、現代社会で電気の占める役割の大きさを考えるきっかけにはなるだろう。
浪費癖のついた現代人には基本的なライフラインが途絶したときのサバイバルを経験するのも良いのかも知れない。

それにしても原発の事故隠しが原因で電力不足を招くとは何とも皮肉な日本的社会現象ではないか、独占企業でありながら公共性の言葉の下で勝手放題をしていた企業体質が、ここでも露呈したことになるが日本人の信義は、どこに行ってしまったのだろうか。

 
             
           
             
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          [ 老人の孤独な死 ]  
          独居老人の白骨化した遺体がアパートの一室に十数年も発見されず残っていたニュースに接し、戦慄を覚えた。
高齢化社会の到来を予見し、当然予想された独居老人や生活保障問題に何の解決策も見出せないまま現在に至った福祉行政の無策は、犯罪行為に等しい、介護老人や年金問題も大きな課題を残しているが根本的に血の通った福祉の姿が見えてこない。

限られた人数の民生委員(多くは高齢者)は親身になって気遣いはするものの、現場を知らない行政の指導が優先し、必要とする助けになっていないもどかしさを、民生委員自らが実感すると、よく聞くことが有る。
人情や善意だけで支えあえる社会であれば、こんな悲惨な状況は生まれない、個人の能力や熱意だけでは解決できない複雑で困難な事態になっている現状を私達は放置していいのだろうか。

建前だけの奇麗事で結果を論じる前に、行動で示す方法が無いのだろうか、自分達の生活を守るのも難しい時代では、孤独な老人の実生活がどんなものか想像がつくはずである、少なくとも地域社会で老人を取り込んでいく自治の在り方や手助けの分業くらいはできそうではないか。
名誉職の自治会長であってもリーダーシップを発揮して老人の孤独を排除する方法を探るべきではないだろうか。

 
             
           
             
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          [信じられない大臣発言]  
          相次ぐ国会議員や大臣の不用意な発言に批判が高まっているが、中には確信犯的言動があり、いくら選挙向けの発言であっても無視できるものではない。
その程度の国会議員の意識なら、それらを選び出す国民は、それ以下としか理解できないけど、実情は悲観してばかりいられない深刻な事態に追い込まれているようだ。

日本周辺はおろか関係の深い中東地域でも不穏な情勢の中で、一般国民のコンセンサスが十分でないまま自衛隊の派遣が実施され、これまで以上に大きな一歩を踏み出してしまった日本だが、、行き着く先の見えない不安が現実のものとならないことを祈るばかりである。

大臣の偏向発言や低レベルの感情論で国政が動かされていると思うと、背筋が凍りつく思いだが、その裏には計算された政治力学や派閥の駆け引きが伺い知れ、国会議員が口にする「国民の付託」とは、どの国のどのような国民を指し示すのか謎でしかない。

特に女性や個人を蔑視したような時代錯誤観は一人握りの国会議員だけではない、地方議員にも無理解な議員が少なくないばかりか、むしろ県・市会議員に多いといえる。
福祉や街づくりなど弱者や高齢者に対する配慮が足りなく、依然として組織や箱物行政に頼る不勉強議員と利益誘導型議員が大勢を占めているのだ。

少なくとも国政を担う国会議員には永田町の力学よりも国民の実情と実態を勉強してもらいたいものだが、評論家の意見や新聞記事、官製資料しか目に入らないらしい。
これでは日本国民を辞めたくなる気持ちが、よく分かる。

           
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