プライベートルーム
〜人妻辞めちゃいましたの巻き〜


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プライベートルームをご覧になる方へ
このページに書かれている内容は、2001年後半の私の人生に起こったことと、その当時私が感じたことを、そのまま書いたものです。
文章自体は、気持ちの整理がついたら、いつかHPで公開しようと思って、2001.8〜2001.10の間にちょこちょこと、書きためていたものですので、精神的に不安定だったり、感情的になっていたりして、お見苦しいところがあるかもしれません。
今回公開するにあたり、修正しようかどうしようか迷いましたが、思いきってそのまま全世界に公開することにしました。

このコンテンツを書きはじめたきっかけは、離婚に関するHPを見て回った時に、2つのことに気がついたからです。
ひとつは、離婚に関する情報提供をしているHPには、協議離婚のプロセスを懇切丁寧に説明しているものが非常に少ないということです。
世の中の離婚の大半は協議離婚なわけですが、HPのネタになるようなドラマティックなことがないせいか、調停や裁判などの体験談は沢山あるのに、なぜか、普通の(?)離婚に関する情報は意外と少ない。
そこで、離婚にまつわる様々な手続きのプロセスを書き残しておくことは、後進の役にたつ(?)のではないかなと思ったのです。
しかし、結果的には、単なる日記調の体験談になってしまった感がありますが、あえて、後から書き加えることをせずに、公開することにしました。

もうひとつは、離婚の理由です。
HPでは、多くの先輩方の体験談を見る事ができますが、そのほとんどが、夫の暴力や借金といった濃いい理由によるものが多く、いわゆる生活のすれ違いや、性格の不一致が原因の体験談はあまりないのです。
結婚生活に煮詰まって、離婚に関するHPを見て回っていた頃、私が一番のめりこんで読んだのが、様々な体験談でした。
しかし、そこには、どう考えても、私より不幸な体験談しかなく、夫が暴力を奮うわけでも、ギャンブルをするわけでもない私の場合、私の我慢が足りないんじゃないかとか、体験談を読むたびに、返って自分を責めてしまったり、余計に落ち込んだりしました。
しかし、性格の不一致を自覚しながら、結婚生活を持続していくことの精神的苦痛は、少なくとも当事者にとっては、しんどいと思います。
だから、世間的に濃いい理由でなくても、煮詰まっている人に共感して貰える体験談として、書き残しておこうと思ったのです。

結婚や離婚は、人それぞれ、いろいろな事を感じて、それでも、自分なりに、自分の歩幅で成長していくものだと思います。
だから、ちょっとみっともないかもしれないけれど、ありのままを公開しても、そこには等身大の私がいるはずで、それを恥ずかしいと言っていたら、自分で自分を恥ずかしいといっているのと同じ・・・そう考えました。
それから、当時の私は、自分のことでいっぱいいっぱいで、周囲には、ずいぶん迷惑をかけたのではないかと、今になって心配しているのですが、口には出さずとも、私のことを心配して見守って支えてくれた人たちに、感謝の気持ちをこめて、元気にやってますよ〜というお知らせにもなるかなと思っています。

いつもは、おちゃらけキャラの私ですが、このページだけは、ちょっとまじめです(笑)
それでも、読むぞという方はどうぞ。
でも、長いですから、読みはじめる前に、珈琲でも用意して覚悟してかかってくださいませ。


その1:ミッションのビジョンとコンセプト
ある朝、出がけに夫が、「今夜、話があるから、早めに帰ってきて」と言った。

ああ、来るべき時が来たな・・・なんとなくそう思った。

やっと、その日が来たというのに、とっくに気持ちは決まっていたというのに、
やはり、こういう時は、人間落ち着かなくなるものだ。
ワケのわからない不安に襲われたり、結論が出るわけでもない事を、悶々と考えたりする。
しかし、そういうのは、知性と教養のない人のすることだ。
どんなに動転していても、状況を分析し、方針を立てるための知性と教養があれば、
不安はいくらかでも解消するはずだ。

何事も、大事なのは個人の『思い』であり、それを表わすビジョンとコンセプトが重要だと、
大学院でいやというほど叩き込まれた。
そこで、私は、今回のミッションに関する自分なりのビジョンとコンセプトを考える事にした。
やはり、研究していることは実践しなければ意味がない<ちょっと勘違いしています(笑)

今回のミッションのビジョンはなんだろうか。
「明るく、楽しく、建設的」ってのはどうだろう?
結婚も離婚も、貴重な人生経験だ。
やってみて損なことなんて、人生にひとつもないはず・・・
ならば、どんなことだって、楽しまなければ!
鬱々としていても、毎日がつまらないだけだけど、実際、少し前には、そういう時もあった。
だけど、もう、とっくにそんなの乗り越えちゃったし、あとは、楽しく総決算することにしよう。
これは、人生をより楽しくするための、より豊かにするための選択のはず・・・
そう信じなければ、この先が危ういじゃないか。

そこで、今回のミッションのコンセプト「精神的には、お互いできるだけダメージを受けず、
生活に関することは、妥協しない」ということにした。
どろ沼化を避け、もらうもんはもらう!そういうことだ。
どの道、もう結論は出ているのだ。
あとは、どうやって、軟着陸させるか、それが、最重要課題なんだから、
これくらい具体的なコンセプトでもいいじゃん。
っていうか、コンセプトらしく、センスのいいメタファーを思いつかなかった
だけなんだけどね(^_^;)
その2:会談
さて、いよいよ第1回会談が開かれることとなった。
呼ばれてキッチンへ行ってみると、珈琲なんか入れてくれちゃったりしている。
和やかな雰囲気を演出しようとしてるのかな(笑)
でも、日付も変わろうかという深夜に珈琲って、
今夜は長丁場だぞ!っていう意思表示ともとれる。

私は、いいけどね。キミは明日も仕事でしょーが・・・
ま、眠いのは、私じゃないし、別にいいけどね。

夫の用むきは非常にシンプルだった。

一緒にいても、楽しくないし、それどころが疲れる。もう限界だ・・・

それはお互い様。
いや、お互い様なだけ、まだ私たちは幸せかもしれない。
どっちかがハッピーで、どっちかがストレスを溜めてるような関係だったら、
話はこじれる一方だからね。

夫の問題を解決する方法は簡単なことだ。
以前のように、私が夫の生活サイクルにはまり込んで、
夫中心の生活をすればいいだけだ。
夫唱婦随・・・
世の中の常識的には、それが夫婦の正しいあり方らしいが、
私には、どうしても違和感があった。
そういう夫婦の関係が、幸せなんだと思っていた時もあったような気がするが、
しかし、ぜんぜん楽しくなかった。
はっきり言うと、生きている気がしなかった・・・くらいの違和感だったのだ。

それは、私のパーソナリティが、世の中の常識と言われる魔物に、
たままた合致しなかっただけのことだ。
つまり、私は、常識的な夫婦とか家庭とか、
そういう人間関係に極めて向いていないということになる。
そのことに気付くのに、7年かかった。
いや、最初の5年は、そういう違和感を感じる自分がおかしいのだと、
ずっと思い込もうとしていた。
他人から、『優しい旦那様に恵まれて幸せね〜』と言われるから、
自分はきっと幸せなのだ・・・
そう思うことにしていたようなところがあった。
ところが、ジェンダー論と出会って、男女の関係をアカデミックに研究していく中で、
自分自身と、周囲の環境を見つめ直すことができたのだ。
常識の中に身を置くことが、どうも居心地悪い。
そういう自分の価値観や、感覚が、おかしいわけでないことを知って、
どれだけ救われたことか。
学問は、常識を必ずしも肯定しない。
むしろ、常識を否定する根拠を与えてくれる。
結婚や家族に関する常識を肯定しない勇気を、
ジェンダー論が私に与えちゃったのが、運のつきだった。
少なくとも、私にとっては、運のつきだったと言える。
夫には、誠に気の毒なことであるが・・・(^_^;)

夫に、ジェンダー論の話をしても始まらないので、夫中心の生活はもうしたくないことと、
つまるところ、私の性格がいわゆる『結婚』に向いていないことを淡々と話した。
それが、この問題を説明する最も本質的なところだと思ってきたからだ。

もちろん、細かいことをあげればキリがない。
生活やお金に関する価値観の違いは言うまでもなく、
なにを美しいと感じ、どこに豊かさを見出すか・・・
そういう部分では、大きな隔たりがあると私はずっと感じてきた。
でも、そんなことは、努力でカバーできることが大半だ。
その努力をするだけのエネルギーが、もう私にはなかった。
なぜなら、以前私が努力できていた頃のエネルギー源は、
『常識』という名のプレッシャーだったのだから。

会談は、あっさり佳境に入っていた。
珈琲は、まだ充分に温かいまま、半分以上残っている。

もう、以前に戻れないなら、いっそ、学生時代に戻ろうか・・・

結論は、簡単にでた。
というより、話す前からお互いに出てたのだ。
それを確認するための会談だったのかもしれない。

私は、夫が入れてくれた珈琲を全部飲んでから、席を立った。
珈琲は、以前の私が好きだった味だった。
でも、今の私にとっては、珈琲の好みが変わってしまったので、
あまり美味しいと思えない。
この珈琲のように、夫は、なにも変わっていない。
変わったのは、私の方なんだよなぁ・・・。
本質的に変わったのではなく、本音を表現する自信をつけたというのが、
一番変わったところなんだな。
珈琲も以前と銘柄が変わったわけではない。
入れ方の好みが変わってしまったのだから。

自室に戻って、ネットで手続きなどのことについて少し、調べた。
胸のつかえが取れて、体が軽くなった気がした。
その3:周囲の反応
とりあえず、ごくごく親しい人たちだけに、夫との話しがついたことを知らせた。
反応は、おおむね『おめでとう』『よかったね』というものだった。
そりゃ、私の友人だから、私を否定することなく、
私の味方になってくれるのは、当然というものだ。
とりあえず、今のところは、その言葉を、ありがたく頂戴しよう。

本当の意味で、「しがらみ」という名の外野の雑音に降りまわされるのは、
これからなんだし。

唯一の肉親である父は、『帰ってきてもらってはこまる』と言った。
とりあえず、住むところが見つかるまで、実家をあてにしていた私は、
ちょっとあてが外れたが、まあ、親としては当然の言い草だ。
独身に戻ることが困るのか、実家に居候するのが困るのか、
どっちなのかよくわからなかったけど、まあ、どっちも困るというとこなのだろう。
しかし、私が親に何か言う時は、もう、自分で決めてしまってからであるのは慣例で、
父がなんか言ったからと言って、覆ることはない。
だいたい親の言うとおりにして、後から後悔しなかったことなどないのだ。
私を幸せにできるのは、親でも夫でもなく、私自身なのだから、
自分のことは自分で決める。
そのことを、誰よりもよくわかっているのも、また父のはずだ。

敬愛するお父様、責めるなら、あなたの奥さんを責めてくださいね。
家族に縛られず、自由に生きることを私に徹底的に教育したのは、
あなたの奥さんなんだから(爆)
その4:生活の不安
ネットで離婚関連のサイトをうろうろすると、
世の中の離婚に踏み切れない妻にとっての一番の理由は、
離婚後の生活に対する不安らしい。
つまり、自分の経済力に自信がないということだ。
幸いなことに、というか、楽観的な性格の私は、
経済力に対する不安はまったくと言っていいほどない(笑)
その気になれば、自分ひとり食っていくくらいの仕事は、
えり好みしなければ、どうにでもなるものだ。

しかし、やはり、えり好みはしたいのは、人情である。
私は、数ヶ月前から、就職活動をしていた。
といっても、それほど差し迫って真剣にやっていたわけではないが、
自分の専門性をいかせる仕事が見つかったら、働こうと思っていた。
第1回会談の翌日、たまたま、私はとあるベンチャー企業の面接をうけた。
訪問するまでは、胡散臭い会社だなあと思っていたが、
面接が終わる頃には、ここで働くのも楽しいかも♪
単純な私は、すっかり、ノリ気になってしまった。
1回目の面接にも関わらず、先方もかなりノリ気なようだ。

いつから来れますか?住むところはどうしますか?などなど、
次々と具体的な質問がでた。
なんて、すばらしいタイミングなんだ(^^)
神が私に、味方してるとしか、思えない(爆)<単純すぎ?

万一、社長面接でしくじって、落ちたとしても、いずれ仕事はどうにでもなるだろう。

しかし、差し迫って問題なのは、早急にどこかに引っ越さなければならないということだ。
実家は断られてしまったから、あてにはできないし、部屋を借りるには、先立つ物がない。
このことに関して、夫から援助をしてもらうのは、私のプライドが許さないし、
夫だって、そこまで金銭的に余裕があるわけではないのは、よくわかっている。
部屋を借りたとしても、引越し代はもとより、敷き金礼金、最低限必要な家財道具・・・
それらをそろえるのに、いったいいくらかかるのか。

また、荷物は、できるだけ持って行ってくれと夫は言ったが、
まさか、冷蔵庫や洗濯機まで持って行っていいよという意味ではない。
持っていけるのは、食器や、家具、雑貨など、夫がひとりで暮らすのに、
不必要なものたちばかりで、最低限暮らすのに必要な、生活必需品は、
ほとんどないと言ってもいい。
それだけのモノを、収容できる部屋となると、とりあえず、
友人のところに居候というわけにもいかないし。

現状、一番可能性があるのは、荷物は頼み込んでしばらく実家で預かってもらい、
私は、友人宅に居候を決め込むってことか。
住居を用意してくれる会社に就職が決まるのを
祈るばかりである<結局他力本願な私(^_^;)
その5:名前のこと
離婚後の苗字を旧姓に戻すかどうか・・・
この問題は悩ましい。
心情的には、元に戻したいのが本音だ。
なんせ、いまだに、夫の苗字で呼ばれるのに違和感があるんだから。

しかし、仕事上の人間関係となると、いちいち

『離婚しましたので、苗字が変わりました』

とエクスキューズするわずらわしさは、考えただけでも計り知れない。
かといって、仕事上だけ、今後も夫の姓を名乗ることには、非常に抵抗があるのも事実。

さらに、結婚したときにもそうだったが、苗字が変わると、
銀行・役所をはじめとして、とにかく手続きが煩雑だ。
ま、当然と言えば、当然だし、一時のことなので、
一気にやっちまえばどうってことはないかもしれないが、
純粋経験があるだけに、考えただけでもぞっとする。
第一、とにかく、届を出して、受理されてからでないと、何一つ前に進まない。
たとえば、部屋を借りるにしても、今の姓で借りたら、
速攻で、また旧姓に戻さねばならないわけだ。
そのたびに、いちいち離婚しましたので・・・と説明するのだろうか(´ヘ`;)ハァ

離婚体験談のサイトなどを見ても、そのヘンのことをどうしたのかというのは、
あまり書かれていない。
子供がいたりする場合、苗字を旧姓に戻さない人も多いのかもしれないが、
どあっと一気にやれる合理的な方法はないものか。

とはいえ、やはり、私は旧姓に戻す予定。
結婚の呪縛から逃れたいだけかもしれないが、
やはり、夫の姓を名乗っていると、自分らしくない気がするのだ。
大袈裟に言えば、アイデンティティーの問題なのである。

正直、結婚はもうこりごりだけど、次にもし結婚することがあったとしたら、
夫婦別姓の法律が施行されてからだな(笑)
その6:離婚届の用紙をもらう
離婚届の用紙を近くの市役所にもらいに行った。
その市役所の入り口の案内には、『結婚・出産』の届はどの窓口なのか表示があるが、
離婚はなかった(笑)
仕方ないので、インフォメーションのおばさんに聞いたら、戸籍係りだと言う。
つまり、『結婚・出産』と同じ窓口ということだ。
ま、そうだろうとは思ったが、一応聞いたのだけど、案内に書いておけよ・・・
って思ったのは、やはり当事者になったからかな。

さて、戸籍係りのヒマそうなおにーさんに、ちょっとドキドキしながら、
『離婚届の用紙が欲しいんですけど』と言ってみた。
おにーさんは、テキパキと、しかし無言で
(っていうか、そんなところで、愛想よくされても困るけど)
書類ケースから、必要な書類と、記入の仕方が書いてあるマニュアルを揃え、
手渡してくれた。
届出用紙は、どういうわけか二通ある。
あらかじめネットで調べたところでは、
二通提出が必要な自治体もあるとのことだったので、
それを確認したら、M市役所は、そうではないようだ。
書き損じた時のためか、それとも、モメて破ってしまったりした時のためなのか・・・
理由は聞かなかったけど、二通をありがたく頂戴することにした。

うちの場合は、夫と私の住民票が違う場所にあり、戸籍があるのは、さらに県外である。
その場合、提出する書類になにか違いがあるか尋ねたら、
戸籍謄本を一緒にだせば、あとは離婚届だけでいいそうだ。
事務的にかつ、親切なおにーさんに感謝しながら、家に帰って、用紙を見てみた。

なんと、保証人がいるのだ。
ま、結婚するときだって、保証人がいるんだけど、
離婚の保証人って、なってくれる人いるかしら(笑)
ちょっと心配になった(爆)
それから、戸籍謄本は、夫の実家の誰かに頼んでとってきてもらわねばならない。
う〜ん・・・実家には頭の上がらない夫は、ちゃんと頼んでくれるだろうか。
さらに心配になった。(爆)(爆)

夜、夫に、用紙を渡して、保証人と戸籍謄本が必要であることを言った。
私が危惧した通り、夫も、苦笑い。
夫と相談して、私の授業料の手続き上、配偶者がいると非常に不利になることから、
提出する日のデッドラインを、後期の授業料免除の手続きに間に合わせることに
決めたので、その日まで実質3週間しかない。
それまでに、とにかく、必要な書類を揃えることができるのか・・・
かなり不安な毎日になりそうだ。
その7:とりあえずの住居のこと
当座の住居がなんとか決まりそうだ。
何かといつも力になってくれる友人のところに居候っちゅーことで(笑)
結局、他人に甘える私・・・いい大人が情けないが、
ま、ない袖は振れないからしょうがない。
就職が決まって、住居に関する援助があったら、速攻で自活できるが、
なかった場合は、居候して軍資金がたまるまで、しばらくお世話になりますm(__)m
いつも、すまんの・・・

ただし、荷物は全部持ち込む事はできないので、夫か実家にしばらく預かってもらはねば。
できれば、移動は1回で済ませたいので、夫に預かってもらうのが得策・・・

さて、引越しマニアの私としては、
次にどこに住むか考えるのが、何より楽しい今日この頃。
引越し歴十数回の中でも、どこに住むかというのを、
自分の都合だけで決めるの初めてなんだもん。
今のところ、希望としては、
学校から徒歩もしくは、ちゃり圏内で、最寄駅まで徒歩5分以内。
築年数3年以下で、2階以上で、1階が食べ物を扱う店じゃなくて、エアコン付。
んでもって、家賃8万以下!これが最低の条件なのだ。
ま、言うのは勝手ですから、放っておいて下さい(笑)

私のお城は、いつになったら持てるのかしら。
自分のお城を持ってはじめて、大手を振って自立っていえるような気がする。
というわけで、このコーナーは、私がお城を持つまで続けますぞぉ(笑)
その8:挨拶?
夫が、実家に一緒に挨拶に行って欲しいと言う。
少なくとも、仲人さんには、行くべきだというのだ。
最初は、そんなもんかなと思った。
表向き、夫の実家とはうまくやっていたつもりだ。
だから、お世話にもなったし、いろいろよくしてもらったこともある。
特に、義母と、夫のすぐ上の義兄には、かわいがってもらった。
あのふたりがいなかったら、夫の実家はもっと近寄りがたいものだったと思う。
姪ッ子もなついてくれた。
宝物のシールをこっそりくれたり、好きな男の子のことを相談されたりしたものだ(笑)
仲人さんも、夫の実家つながりでお願いした御夫婦だったが、とても、いい人たちだった。

だが、よくよく考えてみると、
それは、私が夫の妻という立場の人間だったから成立した人間関係だ。
私でなくても、いや、私以外の女性と夫が結婚していたら、
もっとみんなにかわいがられたかもしれない。
そういう意味では、夫が義理を通せば、それで済むのかなという気もする。

だいたい、普通はどうするんだろう。
離婚するのに、ふたりそろって挨拶なんて、あんまり聞かないよなあ・・・
友人に相談すると、そんな話聞いた事がない、行かなくていいでしょ・・・
という意見が大半だった。

だからというわけではないが、行かないと宣言した。
離婚するかどうか、家族会議をするとでも言うのなら話は別だが、
もう、私と夫の間では話がついているのだ。
もっとも、やたらと保守的な夫の実家が、このまま一筋縄で行くとは思えないが、
私が、いなければ、私を悪者にすることができ、
その結果、スムーズに話しが進むかもしれない。
どうせ、行ったところで、本音で話せる相手ではないし、
本音で話したところで、わかりあえるはずもない。

つまるところ、私がお金と時間をかけて、
行く意味はどこにあるのか、やっぱりわからない。
こういう時、みなさんどうしていらっしゃるんでしょう?
その9:別居開始
家をでた。
家の中の雰囲気的には、いつでも出て行っていいような雰囲気だったが、
やはり、世間的には、ちゃんと届けを出してからの方がいいのかなと思って留まっていた。
でも、もう、別れると決まっているのに、飼われているような生活は耐えられなかった。
また、個人的な日程的にも、届を出すのを待っている猶予がなさそうだった。
もたもたしていると、届を出したあとも、同居を余儀なくされそうだったのだ。

ある金曜日、突然決断して、居候先の友人に了解をとり、荷物を運ぶための算段をした。
明日、出てくよと言ったら、なぜだかホッとした顔をしていた夫。
それでも、予定があって手伝えなくてごめんねと言った夫。
離婚する夫に引越しの手伝いをしてもらうというのも、おかしな話だが、
別れると決まってから、いや、別れるための準備に関しては、
お互いに協力的にフレンドリーに進めてきた。
だからって、引越しくらい、自分の裁量でできるってもんだ。
それが、せめてもの私の意地。

だが、突然、引越しや家探しにかかる費用をだしてもいいよと言い出した。
どういう風の吹きまわしだか知らないが、貧乏学生な私に同情してのことか・・・
それとも、最後の愛情ですか?
どっちでも構わないが、私はそんなこと望んでいない。
それでも、彼は、壱万円を今回の引越しのレンタカー代として、おいていった。
急だったから、これしか持ち合わせがないと・・・

翌日、朝から、身の回りのものをまとめた。
当座必要がないものは、しばらく、夫に預かってもらうことにして、
とりあえず、着るものと、靴、バック、PC、それから、本と論文が少し、
そして、大事な愛車のMTB。
決して広くはない居候先の事情を考えて、最小限のものにとどめたが、
それでも、レンタカーのワンボックスは、それなりに埋まった。
現在の私に必要な全財産。
映画「タイタニック」の主役で、絵描きのジャックの台詞を思い出した。

「生きていくために必要なものは、すべて持ち合わせている。
健康な体と、生きるのに必要な知性、それに紙と鉛筆。それだけで充分だ。」

ジャックに比べたら、私はなんて贅沢なことか!(笑)

家を出る前、離婚届に判を押した。
結婚届の時は、苗字をどうするかについてきちんと話し合いがなされないまま、
なし崩しにいやいや判を押した私だが、
離婚届は、冷静に、たんたんと書いた。
簡単だな・・・そう思った。
私的には、これにて、結婚生活終了という気分。
結婚生活を振り返って感慨にふけるでもなく、
ホッとするでもなく、
うきうきするでもなく、
新たな生活に武者奮いするでもなかった。
車に乗って、私が考えていたのは、
荷物を運び終わるまで、お天気が持つかな・・・そんなことだった。
その10:就職内定
家を出た2日後、内定がでた。
幸先がいいことこのうえない、シングル生活のすべりだしは、順調だ。
とにかく急いで仕事を探さねばならないという事情は事情なのだが、
思いのほか、希望通りの仕事にありついた。
紹介会社のコンサルタントさんに大感謝。

内定早々、名前が変わる事と、現住所が友人宅であることを説明する。
私的な事情で、手数をかけるのが、申し訳ないが、ま、しょうがない。
とにかく、これで食い扶持はなんとかなったのだから、まあ、よしということだ。

内定がでた翌日、年棒が決まった。
高くもなく、安くもない、微妙な金額だった。
面接の時には、高く評価してくれている様子だったのに、
金額にはあまり反映されてないな・・・というのが、率直な印象。
私も、ずいぶん、ずうずうしくなったものだなあ(笑)

しかし、私が現在一番興味があるのは、年収ではなく、月収ベースが、
いくらなのか・・・ということだ。
それによって、借りれる部屋の家賃の上限が決まるからだ。
ところが、年棒は知らされたものの、12で割るのかなにで割るのか提示がなかった。
んーちょっと困ってます(^^;)

現在、転がりこんだ友人宅は、非常に快適だ。
気分的には、ずっとここにいてもいいくらいだが、
荷物の大半は、夫の家においたままである。
日常に必要ないものとはいえ、
おいたまま・・・という状況は精神的にあまりよろしくない。
できれば、早めに引き取りたいのは、やまやまだ。
そのためにも、月収は重要なのだ。

ひとりぶんの荷物とはいえ、膨大な量の本と洋服が入る家を、
都内の便利なところに借りれる月収はあるのだろうか・・・
ネットで、賃貸住宅の情報を検索しては、ためいきがでる毎日である。
その11:提出
届をだしたという連絡があった。
いよいよ、花の独身!旧姓に復帰である。
でも、なんだかピンとこない。
結婚した時もそうだったが、離婚はもっとピンとこないらしい(^^ゞ

ただなんとなく、夫が(いや元夫が・・・ですな)やけに他人に思える今日この頃。
夫なんて、もともと他人だと言われてしまえばそれまでだが、
「あんた、なに考えてんの?」
というくらい遠い遠い距離がある他人という感じなのだ。
その距離は、たぶん、もともとあったもので、
それを近づけようと努力するから、夫婦なのかもしれないなと思ったりして。

結局、結婚生活を継続するということは、
同棲や同居とちがって、努力なしには、成り立たないのだろうか。
努力するための動機付けがなければ、成り立たないのだろうか。
私たちの結婚に、それはあったのだろうか。

そう、継続するための動機付けは、今思えば非常に薄かった気がする。
それは、私だけだろうか・・・それともお互い様なのだろうか・・・

生活を維持する、人間関係を維持するために、努力できる人を私は尊敬します。
私には、できません。
努力ってのは、人間の本性の力学に逆らって頑張る行為。
そんなことに頑張るなら、なんか他のことにエネルギー使いたいです。
ま、かなり極端な言い方ですが・・・

こんなことを書くと、とっても自分勝手な人間のようだが、
私は、人間関係のモメ事がなにより嫌い。
私が、我慢してそれで済むなら、我慢してしまうところがある。
これは、ものすごくストレスがたまる。
だからこそ、楽ちんな人間関係に自分を置いておかないと、
心がへばってしまう。

そういう意味では、結婚生活においては、私はよく頑張ったと思う。
今さら、破綻しておいて頑張ったもないかもしれないが、
離れてみると、つくづくそう思えるのが不思議。
ま、どうせ、誰も言ってくれないだろうから、自分で言っとくか。

お疲れ様でしたね・・・ワ・タ・シ(^^)
その12:ちゅうぶらりん
届を出してから、非常にちゅうぶらりんな状態が続いている。
役所で、書類が受理されるまでの数日間は、本名を証明する身分証明書がない状態なのだ。
今、私が、聞かれて一番困るのは、
「身分が証明できるものを提示して下さい」
と言われることだ。

ま、それも、あと数日のことだが・・・
しかし、受理されたら、様々なものについて名前を変更しなくてはならない。
まず、お役所関係は言うまでもないが、

免許証
銀行口座
クレジットカード
ケータイ電話
生命保険
学生証
その他様々な会員証の類

考えただけでも、何回住所と名前を書かなきゃならないんだろう。
気が遠くなりそうだ。
時期的には、少し早いかなと思いつつ、
本籍地の役所へ電話で復籍されているかどうか確認してみた。

まだだった・・・

とりあえず、就職すれば、本名の保険証が支給されるはず。
当面、唯一の私の身分証明書は保険証ということになりそうだ。

新しく入る会社では、すでに旧姓ですべて手続きしてもらっている。
先日開かれた歓迎会でも、旧姓で呼ばれた。
『自分が呼ばれてる』と思った(笑)

研究室では、ボスのアドバイスで、メールで仲間に知らせた。
ボスは、そういうところが非常にさばさばしていて、合理的だ。

『かっこ悪いの最初だけでしょ。後はどってことないよ。別に、いまどき離婚なんて、なんてことないでしょ。』

ごもっともでございますm(__)m

そのメールには、仲間のひとりから、がんばって!という返信が来た。
ちょっと嬉しかった。

こうやって、少しづつ、新しい環境に慣れていくんだなあ。。。
それが、ちょっと楽しい今日この頃。
法律上はちゅうぶらりんでも、社会的には、もうりっぱな花の独身の私。
これが、本当の私。
私らしい、私の姿なのだ。
その13:実感?
毎日のように役所に問い合わせて、ようやく戸籍が旧姓に戻ったことを確認した。
早速、出向いて、戸籍抄本をとってみた。
別に、緊急に必要だったわけではない。
ただ、なんとなく、見てみたかった・・・だけかもしれない。

バツがついた戸籍抄本なんて、なかなか自分のでもない限り見られないし(笑)
ところが、世はIT時代。
コンピュータから打ち出された、私の戸籍抄本は、確かにもとの籍に復籍していたものの、どこにもバツはなかった。
( ̄0 ̄)
っていうか、バツがつくのは、夫の方の戸籍に載ってる私の名前なのか?

ま、そんなことは今さらどうでもいいけど、それを見たところで、実感がわかない。
すでに、会社でも、銀行でも、夫の姓は名乗ってないし、昔の姓で呼ばれることに違和感もないのだけど、それでも、ピンとこない。
なぜだろう?

そうなのだ。
もう、ずいぶん長い事、私はひとりだったのだ。
いや、物理的には、夫と暮らしていたのだけど、精神的には、ずっとひとりだったのだ。
だから、なんの違和感もなく、この状況になじんでいるのかもしれない。
だんだんと自分の気持ちが変化していった長い時間の流れの中で、もう十分ひとりに慣れてしまっていて、案外このまま実感なんてわかないままなのかもしれないな・・・
そう思いはじめていたある日・・・

会社で、昼休みに女性だけでランチをした時、会社の中の男性で誰が好みかという話題になった。
人妻だったときは、そういう話題が自分に振られることはめったになかったが、ふいにRIKIさんは?と聞かれて、目が点になった。

そうだよね。
そういう話で、なんも考えずに無邪気に盛り上がっていいんだよね。

当たり前のことが、なんだか、嬉しかった。
やっと実感がわいた瞬間だった。

さあ!いろんな名義変更一気にやってしまおう!
あと一息で、元夫の姓を、私の周囲からきれいさっぱり消し去ってしまおう。
それがきっと、本当の、過去との決別なのだから。


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