2001年6〜7月の書棚

今月は、やたらと小説が多いぞ。現実逃避モード全開中(笑)

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『痴人の愛』

谷崎潤一郎 新潮文庫

なんとなく本屋でふと手にとってしまった一冊。
この時代の男女の愛情を扱った文学作品は、妙にエロティックで大好きです。 まさに、官能小説というより、感脳小説といえるでしょう。特に谷崎の作品は、ある意味「純愛」モノですから、その最高峰と言ってもいい。
この作品は、以前読んだことがあったような気がしていたのですが、内容はすっかり忘れていました。おそらく、読んだと言っても、純情な中学生か高校生のころの話ですから、きっと谷崎の世界が理解できなかったのでしょう。 やはり、この手の小説は、大人の娯楽だなあと、あらためて実感しました。
さて、作品の内容はというと、前半は日本版「マイフェアレディー」なのですが、谷崎のことですから、それでは終わるまいと思ったら、やはり、後半は読者の期待を裏切ることなく、主人公たちは情愛に溺れて堕落していきます。 特に、男性の堕落度は壮絶です。相手の女性を「自分の宝物」と言い、自分の与えた籠の中の小鳥だと思っていたら、いつのまにか、手のひらの上で遊ばれていたのは、男性の方。しかも、女性をその様に育てたのは、自分自身というのですから、なんとも滑稽で、たまりません。やはり、男性というのは、少々マゾヒスティックな、魔性の女に翻弄されてみたい願望、もっというと、女王様の奴隷になってみたい願望をどこかに持っている生き物なのでしょうか。 うーん、勉強になるなあ(笑)。でも実践するところが無いわ(T_T)。 話が逸れましたが、まったく非日常的な内容にも関わらず、まるでそれが日常のひとコマのように、リアルに描かれているいるのが、谷崎潤一郎のすごさかもしれません。
それから、この小説は、主人公の男性の一人称で書かれています。 実は、私は小説での一人称という手法が苦手。 所詮つくりものの小説の世界で、一人称というのは、作家によほどの力量がなければ、空々しいだけだからです。 ところが、この作品では、この手法が効を奏していて、男性の一方的な心理だけしか描かれていないところが、一種の心理的なチラリズムになっています。女性の心理については、真実のところが、一切わからないのです。女性の目から見れば、男性の乏しい想像力の世界で描かれる女性の心理があまりにも、とんちんかんで短絡的。しかし、それがまた、堕落のわびしさを誘う。おそらくそれが狙いなのでしょうが、うまいぞ!谷崎!(笑)
なにはともあれ、蒸し暑い、夏の宵にはぴったりの、暑苦しい純愛小説でした。


『絹の道』

平岩弓枝 文春文庫

平岩弓枝と聞いて、あれ、どっかで最近見たぞ!と思ったあなたは、世間が狭い証拠かもしれません。当HPの常連でもある某友人に強硬に平岩弓枝を薦めたのは、実は私なんです(笑)
ここで、20年来の平岩弓枝ファンとして、平岩弓枝についての基礎知識を少しだけ・・・。平岩弓枝は、昭和34年『鏨師』という作品で第41回直木賞を受賞、作家として世に知られるようになりました。昭和40年代は、当時テレビドラマの帝王と言われたTBSの名プロデューサー石井ふくこ氏と組んで、『ありがとう』『肝っ玉かあさん』などの、大ヒットドラマを次々世に送り出した脚本家としても知られています。小説の作品群は、大きくわけてふたつ、『御宿かわせみ』シリーズに代表される江戸モノと、現代モノがあり、大体3:2の割合で発表されていると言われています。私は、このふたつのうち、現代モノの作品はほぼ読破しています(おそらく120タイトル以上あると思います)。現代モノには、その多くがドラマ化、または舞台化されている下町モノと、近年精力的に発表しているミステリーや、山の手のワンランク上の社会を舞台に描かれた作品などがあります。 平岩作品の魅力は、簡素で無駄のない文体でありながら、その日本語は美しく、人物や情景の描写が巧みであるところはもちろんのこと、好奇心旺盛な平岩氏の経験に基づく幅広い教養が、余すところなく作品に反映されているところだと思います。私の場合、焼き物や着物、またワインなど、平岩作品がきっかけで興味を持ったものも少なくありません。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回読んだ『絹の道』は、老舗の生地問屋が舞台のファッションの世界を背景とする作品。ファッション界を舞台にした作品はいくつかありますが、今までは、けなげに努力するヒロインの成功物語が大半でした。しかし今回は、生地問屋の一人前のバイヤーが主役のちょっと異彩をはなっている作品です。ビジネス社会に生きる大人の恋愛物語なのかなと思いきや、後半一気にミステリーになり、主人公を翻弄する企業スパイもどきの謎のデザイナーも、最後は、ひとりのかわいい女として登場します。 平岩作品では、悪役も非常に魅力的に描かれており、どこか憎めないものですが、この作品でも、その期待は裏切られることなく、悪役にも作者の愛情が込められているのが、伝わってくるいい作品でした。
さて、平岩弓枝と言ったら、やはり、小説がドラマ化されることの多い作家のひとりだと思いますが、この作品の主役は、是非とも神田正輝さんにお願いしたい(笑)。あ、すいません、個人的趣味で・・・^_^;


『女たちのジハード』

篠田節子 集英社文庫

この作品は、1997年直木賞を受賞した作品で、よくジェンダー論の議論の中にも登場する5人の一般職OLを主人公にした作品です。 昨年ジェンダーの研究をしているときから、気になっていたのですが、やっと読むことができました。
この作品を通して、作者は、一般職OLの身の振り方の5パターンを示唆しています。ひとりではなにもできないからと、男性に頼って生きる事を望む紀子、向上心がありながら能力と努力が追いつかず、最終的には夫の夢に自分の夢を託す生き方を選ぶリサ、社内結婚を期に肩たたきにあい退職して、女性同士のネットワークを生かした世界で新たな道を見つけるみどり、結婚にも仕事にも夢を見出せずマンションを購入し自立の道をさぐる姐ご肌の康子、バイタリティーも能力もあるのに進むべき道が見つからず、苦悩する佐織。
この5人だけを見ても、女性の生き方や価値観は実に多様で、「女性の生きかた」という一言では片付けられない、多くの事を含んでいます。その証拠に5人はそれぞれ友人どうしであり、困ったときは、相談したり助け合ったりするのですが、決してお互いの生きかたについて共感しないのです。しかし、それぞれが、したたかに自分の道を見つけていくストーリーは、その背景にある女性差別やグラスシーリングなど、決してキレイ事では済まされない社会的文化的な抑圧を、凌駕して有り余るすがすがしさがあります。
私は、こういう一生懸命生きている人が好きです。でも、現実の世界では、周りに流されたり、現実を直視せず困難から逃げてしまうことがあまりにも多い。だから、こういうフィクションの世界へ触れることで、清涼を求めてしまうのかもしれません。
さて、この作品は、各章が読みきりの短編になっていますが、私のお薦めは、康子が主役の3作品、すなわち「シャトレーヌ(城主)」と、「二百五十個のトマトの夜」そしてその続編ともいえる「34歳のせみしぐれ」です。全作品を読むのは、ちょっとしんどいぞという方は、この3作品だけでも、お薦め。読み終わった頃には、きっとトマトが食べたくなることうけあいです(謎)


『愛を乞う人』

下田治美 角川文庫

  当HPのBBSでお薦め頂いた一冊。映画が話題になったので、読んでみたいと思っていた作品でもありました。また、ちょうど読みはじめたとき、堺正章&岡田美里夫妻の離婚で、家庭内暴力が話題になっていただけに、タイムリーな作品でした。また、最近幼児虐待などが社会問題となっていますが、そういう意味でも、この作品が訴えるメッセージは多くのことを含んでいると思います。
しかし、この作品が本当に伝えたいことは、そう言った現実社会で起きている暴力的な現象とは別次元の事なのかもしれません。タイトルにもあるように「愛を乞う」という人間の業、つまり理屈や情念を超えたなにかを表現したかったのではないかと思います。愛は、与えるもの、奪うもの、信じるもの、などなど詩や小説、哲学の世界ではいろいろ言われますが、「乞う」とは、そんな生易しいものではありません。
私は、クリスチャンの家庭に育ったので、人間は何人(なんぴと)に対しても愛を与えなければいけないと解くキリスト教の教えを、なんの疑問もなく小さい頃から受け入れてきたのですが、「乞う」という非受益者(?)の論理がそこになかったことに愕然としました。「望めよ、さらば与えられん」の精神も、ただ「乞う」人の前では、虚しい絵空事のように思えてきます。
私がこの作品を読んで感じたことは、すべての人間は(一部の高等な動物もかもしれないけど)、「愛を乞う人」なのではないかということです。主人公のような境遇で育った人に限らず、突き詰めていくと、人間が求めているのは、愛を与えることではなく、愛を乞うことなのではないか・・・と。 そして、愛を乞うこと自体が、相手に対する一種の愛情表現にもなる輪廻なのではないかということです。人間はひとりでは生きられないということの本質が、ここにあるような気がします。 なんだか、書いても書いても、私の貧弱なボキャブラリーでは、陳腐な表現になってしまいますが、久しぶりに、奥が深い作品でした。


『二つの祖国』

山崎豊子 新潮文庫

奨学金GET記念(?)で購入した、全3巻の長編小説。いやあ、相変わらず、山崎豊子は重いです。テーマも文体も、そしてもちろん内容も。この作品は、私が幼少のころ連載されていたときに、とびとびに読んだのですが、漢字が多いのと、難解なのとでギブアップした覚えがあります。その後、たしか、NHKの大河ドラマの原作として採用され、毎週欠かさず見ていたので、おおまかなストーリーはわかっていました。
この作品は、日本とアメリカの二つの国籍を持つ日系二世賢二を中心に、太平洋戦争によって翻弄される日系アメリカ人たちの生き様を描いた作品です。 ドラマでは、主人公賢二の家族やその周辺の人物を中心とした、かなりヒューマンな作りになっていましたが、原作を読んでみると、大違い。特に後半は、東京裁判での応酬が延々と続くので、かなり根気がいります。しかし、東京裁判を歴史的に検証するにはモノ足りず、小説のエッセンスとしては、ちとくどい。日系二世の視点から見た東京裁判を描きたかったのかもしれませんが、それにしても、ちょっと冗長に感じました。そら、小学生くらいの子供が読むには、無理だったわけだ(笑)。
重い作品なので、あえて、ライトにドラマと対比させながら、感想を書きたいと思います。というわけで、まずなんといっても、賢二はいい男です。かっこいいです。 惚れ惚れします。確かドラマでは、松本幸四郎(当時は染五郎)が演じていましたが、あのきりりとした容貌とイメージがぴったり。米軍の軍服が、あれほど似合う日本人も珍しいと思います。それから、もうひとり、賢二の父親のクリーニング店店主乙七も、なかなかいけてる薩摩隼人です。これは、たしか、世界のミフネが演じていました。それから、賢二を追い詰める悪妻エミー(彼女は彼女でまた悲しい運命を背負っているのですが)に、多岐川由美。これも、かなり、原作のイメージ通り、ドラマでの悪妻ぶりも見事だったと記憶しています。また、賢二の弟で、開戦時日本にいたために米国籍を失い日本軍に徴兵される忠役は、西田敏行だったと記憶しています。 松本幸四郎と西田敏行が兄弟役というのは、当時かなり違和感があったのですが、果たして、小説版忠は、もっとスマートでいい男でした。西田敏行も存在感のあるいい脇役でしたが、原作とは、だいぶ違うイメージです。
ところで、どうしてもひとりだけ思い出せない人がいます。賢二がひそかに思いをよせ、心の生涯の伴侶としてよりそうナギコという女性。聡明で、日本とアメリカのいいところだけを持ち合わせたような、素敵な女性なのですが、ドラマでは誰がやっていたのか、思い出せません。この賢二とナギコの許されざる関係は、あまりに哀しくせつな過ぎます。そして、このせつない愛の結末は、おそらく、小説の最後の結末に大きな布石となっているのですが、この結末があまりにも、悲惨です。 それまで、理知的で、いい男だった賢二が、一気に自己中心的なナルシストに落ちていくのです。
山崎豊子の作品は、膨大な取材を元に書かれる力作であり、その仕事ぶりに毎回驚嘆しながら読むのですが、この作品は、どうも後味が良くない。 実際の史実を元にし、また実在の人物をモデルにして書かれたようですが、フィクションである以上、結末まで、事実と同じにする必要はなく、望みが持てるような終わり方にして欲しかったなあと個人的には思います。 でも、骨太な力作であることには、違いありません。山崎豊子の作品は、歴史小説ともまたちがう、あらたな小説の可能性を示すものとして、私は高く評価しています。
それにしても、「沈まぬ太陽」はやく文庫化されないかなあ(笑)


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