"イタリア・ミラノ"。みなさんは、どういったイメージをお持ちでしょうか?イタリア経済・産業の中心地、PRADA等のブランド街といったイメージでしょうか。
今でこそ社会人の私も少し前まで、大学生というこの世でおそらく一番贅沢な身分(社会人になってつくづくそう感じています)でいました。
そして卒業を控えた1999年1月に卒業旅行へ行きました。行き先は、当然海外でそれもイタリアのミラノへ。なぜ、ミラノを選んだかは文章中で分かります。旅行中ミラノでも様々な発見・経験などをし、とても貴重な思い出となりました。
そこで、今回から数回に分けてミラノをご紹介したいと思います。
1月4日 快晴
この日は、まさに快晴。この旅行は友達と2人だけで行きました。新宿駅で待ち合わせ、いざ新東京国際空港(成田空港)へ。実は、私にとってこの旅行が初の海外旅行でした。こう書くと、小学生などは"うそ"と思うかもしれませんが、実際そうなのです。この日を迎えるために、東京都庁までパスポートを作りに行ったり、いろいろと大変だったなと思いつつ、成田へ向かいました。
イタリア旅行へ行く前に、主治医にこのことを話したところ、"Diabetic Data Book"(ノボノルディスクファーマ株式会社製作)というピンク色の小さなカードをもらいました。これは、何かというと、自分が糖尿病で、1日のインスリン量などの細かい個人データが書けます。言語も英語,フランス語,スペイン語,中国語,ハングル語で書かれているので、たいていの海外旅行は、大丈夫でしょう。旅行先では、これをいつも持ち歩くことをおすすめします(幸いこの時私は、使用せずに帰国しましたが)。持っていない人は、主治医に相談すればもらえると思いますので、今後のためにもぜひ持っておきましょう。
この旅行は、宿泊ホテルと往復の航空チケットだけ指定して、行動は自由にしました。行きは、藤原紀香でおなじみのJALを利用しました。途中ローマの空港に寄ってから、ミラノまで12時間。離陸する際は、やはり緊張しました。
そして、ここでとある事件が、発生しました。飛行機は、離陸してからある程度すると、ウェルカムドリンクサービスがありますが、そこで、緊張していた私は、ホッとしようと飲み物を頼ました。それを運んでもらった時、客室乗務員(今○チュワーデスという言い方はタブーらしい)の方が、グラスを倒してしまい、私の洋服が少し濡れてしまったのです。これには、はなはだ参りました。この時読んでいた雑誌も濡れてしまい、ベタベタになりとても読める状態ではありませんでした。何かこの先のことが、少し不安になりました。機内での時間は、とても長く寝たり、映画を観たり、新聞を読んだりしていました。でも、※1『6デイズ/7ナイツ』を流すのはどんなものかと、つい思ってしまいました。現在のこの世界的な状況では、絶対に流せないと思います。
そして、12時間後無事ミラノ到着。ミラノは、既に夜になっていてそのままホテルでチェックインし、外で夕飯を食べて休みました。初日は、こんな具合でした。
次回は、ミラノ観光編です。そこで、とある有名女優Kと遭遇などをご紹介します。
※1 セスナ機が落雷の影響で無人島に不時着し、男女2人が脱出するストーリー
ハリソン・フォード主演の映画
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