時:22歳、大学卒業目前
場所:飛行機
心境:なんでこうなるのー?
役者を目指している以上、養成所なんて休むのをもってのほか!
と考えていた私は卒論でへべれけになろうが、一日3つバイト掛け持つ日があろうが、
戦後最大の台風といわれた日であろうが、神奈川の田舎から高田馬場までえっちらおっちら通っていた.
が、同時に女子大生である私は
休みたくないけど、海外に一度はいってみたい!
と思っていた.
養成所の費用だって他と比べたら安いほうだけど、バカにならないお金だし、貯金だってあるわけがなくまわりが卒業旅行で騒いでいても見てみぬふりをしていた.
が、高校時代の親友の一人がこんな私の心境をしってか知らぬか
卒業旅行いこうよ
と誘ってくれたのであった.
そのうえ、その友人は自分の卒論提出日が間近であるのに、安いから、この辺でいこうか、までいってくれるではないか。
天秤にかけたかなり悩んだあげく、旅行にでかけることにした。
休むのが一日だけですむように日程を考慮し、また寒いところが大の苦手だと主張した結果1998年1月初旬4泊6日ゴールドコースト&シドニーに決定した
私も多少は生徒会などをかじっていたが(生徒会長とまちがえられたこともあった・・・すごく地味なはずなのに。庶務長なんてさ。)
この友人文化祭の実行委員長で、彼女なしでは文化祭ができないのではないかといわれるほどの人材だった.
とにかく計画たては早い、確実、無理な要求をいおうものなら逆に燃える、
次から次へと計画をたててくれ、私はただアホ社長のようにコクコクうなずけばよかった。
おまけに海外なんていったことがなく、英会話もやりはじめでありありと不安な表情をみせる私は
海外に3回もいったことがあるその友人がとても頼もしく見えた.
私は無事に養成所のクリスマス忘年会と(といっても講師の前で出し物をしなくてはならないので普段の芝居より数倍緊張する)
卒業論文を無事に終了させ、初の海外を楽しみに待っていた.
さて、いよいよ出発の日.
友人と地元の駅で待ち合わせ、新宿経由、上野でいったんおり、軽くごはんをたべ、スカイライナーにのりこんだ。
スカイライナーだけで満足している私と今後の日程を語るツアコンのような友人.
だってスーツケースをしまうところがある電車なんてすごいじゃん。
それ以上にそれにびびらない友人が一層頼もしくも見えた.
はじめて見る成田.
ついて早々、友人がスリッパを購入するよう勧め、その言葉どうりそれを買った.
へー、足がむくむのかぁ.だからスリッパあると便利なのねー.
マスクも買ったら?といわれたが、そんなこといってたらきりがないのでそれは断った.
飛行機の中がお肌に悪いなんて全然しらなかったもん。
なんてやりながらオセアニア行きはだいたい夜出発と相場が決まっているらしく、あまり人のいないロビーで搭乗を待つ.
友達に梅干かったら?気休めになるんじゃない?
といわれた。そう私は
乗り物にすごーく弱い!
お父さんも出発前にいってたけど、車と違って飛行機では酔わないから大丈夫.
友人も同じことをいっていた。
そして今回も酔い止め薬はのんだし、もってきた。
でも乗り物酔いって気分の問題もあるから好きなお菓子や梅干を買うようにいわれたのだ.
乾燥梅干を購入し、搭乗を待つ.
おちちゃったらどうしよう。
飛行機に乗り込んだ.
リゾッチャだ。
スッチーがみんなアロハだ。
びっくりしたが、これで私も海外旅行経験者。
上機嫌.
離陸したときは怖かったけど、しばらくして飲み物のサービスが始まったとき、
私、酔ってない!
調子悪いときは車で5分の移動でもかなり気持ち悪くなるのに.
ほんとにうれしかった。
ある程度飛んじゃえば、ぐっと墜落の危機は少なくなるし、
気持ち悪くもない。
飲み物サービスなんてすごい、これタダ?すげー!
みたいな。ほんとにおのぼりさん.そして好奇心剥き出しで、
リゾッチャ特製カクテルを注文した.
あたりが暗くなり、映画上映が始まる.
友達に寝たほうが時差ボケないよといわれ、寝に入った.
しばらくして目が醒めた.
アナウンスが聞こえた.
「ただいま気流が不安定のため、機体がゆれております.
シートベルトをお締めください.」
なんだって?揺れてる?落ちるの?
それ以上に
気持ち悪い!
調子に乗ってカクテルなんて頼んだからいけなかったのか?
乱気流のせいなのか?
これでも乗り物酔いは随分軽くなったほうだ.
だって吐かなくなったもの.
でも・・・これはかなりまずい!
友人はぐっすりねている。
すっかりパニックだ.
と、とりあえずトイレにいかなくちゃ・・・
トイレにいったらあいてない.
まずい、まずい、まずい
もう死にそう。
と思った瞬間あいた。
慌てて中に入った.
が、周りが真っ暗だ.
すごいパニックだ.
電気、電気、電気はどこ!?
一度飛行機に乗ったことがある人ならわかるだろうが、かぎを閉めないと電気がつかないのだ.
気持ち悪い、でも周りが暗くて怖い、
そんなことやってたら後ろでドアをあけようとする輩がいた!
反射的にドアを押さえた.
ここだー!
ロックに成功、そのあとはバスケのピポットのように体を半回転し・・・
みんなウソツキじゃん。
見事に酔ったよ.
そして席に戻り、落ち着きをもどした私はボタンをおし、
スッチーに酔い止め薬とお水をお願いした.
JALでよかった.日本語通じなかったらおかしくなってたよ。
友人が目を覚まし、起こしてくれればいいのに、といってくれたが
もう平気、といって寝かせた.
その後は酔い止め薬のおかげが、いつしか眠り、気分はだいぶましになった。
上空から見た朝に感動した.
入国審査にも緊張し、さすがに一息つけるだろうと思ったが、
現地の係員にあうと
「さあ、いきましょう」
そのあとワゴンで市内観光.
吐いて4時間後の青白い私と友人とコアラのポラロイドができた。
この後の話は次のはじめてのオーストラリアに譲ろう.
が、まだ飛行機の恐怖は終わっていなかった.
次はブリスベンからシドニーへの国内線だ.
行きの飛行機より随分小さいが、それは当たり前だと言われ、
今度は大丈夫.もう体が慣れてるし、1時間ちょっとだから。
そうだね、そうなんだ、といいきかせ搭乗.
聴診器みたいなイヤホンなど珍しがってちょっと気がまぎれた.
今度はカンタスなので日本人クルーはいない。
離陸、友人は今のうちにねておきな、といい眠ってしまった.
朝食が運ばれてきたが、あまり口にできなかった。
オレンジジュースだけとっとくことにして意を決してクルーに話し掛けた.
"Excuse me." "Yes?"
"I feel airsick.Where is restroom?"
"oh,sorry,it's back..."
みたいな会話をした。
思えば、これがはじめてまともにしゃべった英語だった。
なんとも淋しいはじめての会話である。
トイレに入り、そのまま腰掛けたまま、気持ち悪いけど、吐くほどではない。
でもトイレにいないと不安.さぁ、どうするかと考えていた.
ああ、トイレが私の指定席なのね。
と思いながらさみしくその場を動けずにいた.
が、着陸体制に入るので席につくようにのランプがついた。
しぶしぶ席に戻った.
オレンジジュースはなしておいといたのに持ってかれた.
友人はおきていて、大丈夫?と声をかけてきた.
うん、吐かなかっただけまし。と答え、
シドニーも楽しみだが、帰国便にのるのがすでにいやになっていた.
いよいよ、いろいろあった4日間を終え、帰国便に乗ることになった.
「今度こそ、大丈夫」
と友人に言われた.
かなり不安だが、日本に帰るためにはこれに乗るしかない.
行きは友人と隣同士に座れたが、帰りは前後になってしまい、
私は通路側、ハネムーナーが窓際というシングル泣かせの席であった.
もう寝るしか道はなかった.
Goodwill Huntingをみながらつかれていたため、すぐに寝ることができた.
私は夢をよく見る.
犬はその日あったことを夢にみる、というがまさにそんな感じだ.
今回はなんと、飛行機が落ちる、という夢だった.
なくなく家族に読んでもらえるかわからない手紙をしたためる夢だった.
夢から醒めた.
夢でよかった.
そのころには日本上空だった.
成田に着陸体制に入った.
が、ぐるぐる旋回してなかなか着陸できない!
外は雪.
隣を見ると手を握り合って雪だね、少し怖いね、でも大丈夫、
なんてふざけた会話が耳に入る.
二人にしてあげるのがいいのだろうが
私は変な夢が正夢ではなかろうかと思いがどうしても消えなくって
ちょっとこわいですねーなどと話し掛けたりしてしまった.
うわーん、正夢だったらどうしよう!
友達がとなりならきがまぎれるが、前後だから話しづらい。
一瞬の衝撃の後、拍手が沸き起こった.
そしてアナウンスが流れる.
「本機は無事着陸いたしました・・・」
あれから2往復飛行機に乗っているが、
(トランジットと往復をまぜれば6回)
ちょっと気持ち悪いが吐くほどではなくなった。
が南半球にいくときは必ずといっていいほど乱気流で揺れるときがあるらしい.
私は気持ちよくNZにつくことができるのか。
いまの不安はそれである.