「・・・どういった因果があるのかしら・・・」
ふぅ、と溜め息をつく少女。彼女はネウガードの港町に居を構える、元・王宮薬師だった。
しかし彼女は、この度の戦乱時には、彼女の養父であるレ・リュトーと共にサンライオに勤務しており、その為、住まいも養父の元へと戻っていた。だが、戦乱に便乗した内乱の鎮圧の為、領主である養父は自害、そして彼女も同時に姿を消した。
その、彼女。
宛ても無く彷徨い続け、いつしか自身の故郷へと戻ってきていた。そして、今尚そのままにしてある家へと戻る。そこは、主が居ない数ヶ月を物語るかのように閑散とし、生活感の無いただの空間と化していた。そんな空虚なところから、必要最低限の荷物だけをまとめる。1人暮らしは淋しいでしょ、と声をかけてくれた親友の元へ向かう為だった。招かれた城はネウガードの超一等地である為、自分の所在は誰にも伝える事も無く、長年住み慣れた家を出て行った。
しかし少女は隠居生活をしながらも、戦乱で生き別れた1人の男を探していた。
そうして、数週間の月日が流れたある日。
1通の手紙が、届いていた。
宛名も無い、真っ白い封筒。それを開けて手紙を見ると、たった一言こう書かれてあった。
―――新月の夜、港にて待つ
それは、見た事のある筆跡だった。
「今夜は・・・二十八夜ぐらいかしら・・・」
新月の日。港は、波の音だけが漆黒の空間に不気味に鳴り響いていた。普段の喧騒からは考えられない程の、奇妙な闇夜だった。そんな港をのんびり歩いていると、ふと、後ろから右手首を掴まれた。
「っ?!」
「俺だよ。わざわざ呼び出して悪かったな」
少女は声の持ち主を振り返り見ると、見知った顔がそこにあった。闇夜でもはっきりと判る、燃えるような赤い髪と瞳を持つ、天から堕落した民の1人。
「お久し振りですね、聖神邪様」
少女は苦笑しながら、彼に対峙する。彼も彼女の方を向くと、唐突に彼女に向かって何かを投げた。それを、慌てて受け取りながら話し始める。
「よくもまぁ、私の前に顔を現す事が出来ましたね」
「・・・知ってたのか、アイツの事」
「まぁ、風の噂程度には・・・」
彼女は遠い目をしながら、更に話を続ける。
「貴方が殺したというのは本当なの?」
彼は何も言わず、微笑を浮かべた。
「・・・きっとあの方は、いつかこの宵闇に溶けてしまうのではないかと思ってはいましたが・・・まさかこんなに急だなんて!」
彼女は少し声を荒げた。
「アイツが望んだ事だ。だが、俺の目的は【魔皇軍残党狩り】。だから、これでいい」
しかし、彼の胸中は複雑だった。
「俺を恨め、azusa」
―――勝利・・・それは心から喜べるものではない。友であり宿敵でもあっただけに・・・
だが勝った・・・いいのだ・・・オレは魔皇軍残党狩りの聖神邪。これでいいのだ・・・
しかし、ただの裏切りとしか理解出来得ない彼女は、友である男を前にして憎しみの念を抱かずに入られなかった。激しい憎悪を覚えると同時に、居た堪れない程の苦しさが込み上げ、嗚咽を吐き出した。流れ出る涙は熱く、傷から血が流れ出しているかのような感覚に襲われた。
だが、何かが彼女に囁きかける。
―――貴女のその手は、汚す為ではなく癒す為に在れ、
いつか、誰かに言われた言葉。ふ、と我に返り、紡ぎかけていた魔法を消すと、彼は残念そうに口を開く。
「お前に渡したその猫、【B・A】と、俺の中に在る【片闇】。この2つとアルシャークの魂を取り込んだニヒトがいれば、アルシャークは再び戻ってくるかもしれないな」
「・・・それは、どういう・・・」
「お前が消えてから、アイツもとうとう生きがいのようなものが無くなったんだろうよ。だがな、確かにアイツの肉体を滅ぼしたのは俺だが、その心を殺したのは・・・誰のせいだろうな、」
フッと、微笑を浮かべながら、彼は歩き出した。
宵闇の港に1人取り残された少女は、彼女の様子を心配そうに窺う赤い猫を見つめながら、あまりにもリアルな事実を受け止められず、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
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