あの日は、稀に見ないような程の晴天だった。
教会は白い花が咲き乱れ、新たな道程へと歩みだす2人の恋人の旅立ちには、十分過ぎる程の祝福だった。
いつもなら自分が神を代弁し、祝福を受けるべく恋人達を見送る立場なのにな、と皮肉を思いながら彼は、愛しい女性を側らに、ゆっくりと歩き出した。
そう、自分自身が今こそ、愛すべき人に永遠を約束する為に。
2人の間で永久の約束が誓われ、その指に永遠を意味するリングが光る。
それを見て、その場に居て彼らを祝福する一同は、感嘆の溜め息を零す。
幸せのお裾分け、とはよく言ったものだ。
小さく囁くと、愛しい人はふんわり微笑んだ。
今、この時、この瞬間、全てが愛おしかった。
そしてこの幸せな時は、【永久】に約束されると、ここに居る誰もが信じて疑わなかった。
それなのに。
「何事だっ?!」
不自然なまでに響き渡る物音に、目が覚めた。先程まで側らで眠っていた愛しい人の姿がないと悟り、彼は慌てて部屋を飛び出る。
そこは、普段の生活とはかけ離れた様子だった。
錆びた鉄のような臭いと、土の匂いが入り混じった屋敷を、蝋燭の明かり1つで探索する。所々の窓が割られてるのか、夜風が彼の頬を何度も撫でる。それは彼を嘲笑うかのように纏わりつき、探索する足を急がせる。
愛おしい人の名を呼び、割れたガラスの破片を踏み潰しながら彼は、恐る恐る彼女の部屋を開けた。
だが、そこには彼女の姿は無い。
彼は蝋燭を持ったまま走り出した。
屋敷の隅から隅まで声を張り上げ、必死になって探した。
しかし、愛しい人は、何処にも居ない。
落胆して彼は一度部屋に戻ろうと、冷たいドアノブに手をかける。
「・・・・・これは・・・」
ぬるりとした感触があり、その手をまじまじと覗き込むと、暗闇でもはっきり判る程の赤に染まっていた。
まさか、と思い慌ててドアを開けると、彼が居た部屋とは大きく異なっていた。
「あ・・・・・・」
まずは色。白で統一された壁紙は、赤い花弁が舞い散っていた。次に、一面に舞い散る白い羽根。しかしそれも、上手い具合に赤が散りばめられている。そして、彼のベッドの上。そこには、彼の探していた愛しい人が、何事も無かったかのように横たわっていた。
しかし、その姿は見るに耐えない姿になっていた。
愛を誓いあった数時間前の面影すらない彼女の姿は、見るにも無残な姿に変わり果てていたのだ。
生きている意味がないと、思った。
彼は精神が壊れ、魔物でさえも住まないと言われている暗闇の洞窟に隔離された。
闇の中で彼は何度も自分自身を痛めつけ、殺した。
そんな、ある日。
―――そんなに死にたいのですか、
彼の魂に、直接語りかける何かに出会った。
しかし彼は、その言葉すら耳を貸さなかった。だが、何かの語りかけは彼が耳を傾けるまで止まなかった。
「死にたい・・・私はもう・・・愛する人を失ってまで、生きていたくは無い・・・・・・」
それは心の底からの、悲痛な願いだった。
―――それでは、こういう話はどうでしょうか。私の、アルシャークの魂を貴方に取り込んで頂きたい。その代わりに・・・
「・・・悪魔に魂を売れ、という事か・・・」
ふっと自嘲気味に笑うと、彼は今までの迷いを一切吹っ切って力強く立ち上がった。
「私はニヒト・ダーザイン、神に仕える者だ。悪魔に売る程安い魂を持ち合わせてはいない。だからこれは、【契約】だ」
アルシャークの魂は、立ち直ったニヒトに微笑みかけながら、その姿を消した。
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