「ねぇ・・・アルシャーク様・・・」
「・・・にゃ?」
「・・・・・・猫だから口利ける訳、ないか」
よしよし、と赤い猫の頭を撫でながら、あの日の夜の事を思い出す。
「お前に渡したその猫、【B・A】と、俺の中に在る【片闇】。この2つとアルシャークの魂を取り込んだニヒトがいれば、アルシャークは再び戻ってくるかもしれないな」
「・・・それは、どういう・・・」
「お前が消えてから、アイツもとうとう生きがいのようなものが無くなったんだろうよ。だがな、確かにアイツの肉体を滅ぼしたのは俺だが、その心を殺したのは・・・誰のせいだろうな、」
彼女は溜め息をつくと、何もない空間をぼんやりと眺めながら、いつものように考え事をし始める。
―――どうして彼は、私に【B・A】を預けたのかしら・・・
どうして彼は、アルシャーク様が闇に溶けてしまった事をもっと早く伝えてくれなかったのかしら・・・
どうして彼が、【片闇】を受け継いでいるのかしら・・・
どうして彼は、・・・・・
考え出すと、どんどん深みに嵌って行ってしまう。最終的に辿り着く考え事の行方は、決まっていつも、同じ所。
―――だがな、確かにアイツの肉体を滅ぼしたのは俺だが、その心を殺したのは・・・誰のせいだろうな、
そんなつもりは、一切なかった。彼が今側にいれば、きっとそんな事はないよと優しく言ってくれると、誰もが言ってくれるだろう。それぐらい優しく、気高い戦士だった。それは周知の事実であり、彼女自身もそれは痛いぐらい判っていた。
だからか余計に、自虐思考。
「・・・私も、お会い出来る事なら再び・・・今度は全身全霊で、貴方に尽くしたい・・・・・・」
今は亡き男の名を音で紡ぎ、涙を流す。その側らで、言葉を紡ぐ事の出来ない赤い猫は、心配そうに彼女の様子を窺っていた。そしてふと、声を出す。
「にゃぁ」
それが何を意味していたかは判らなかったが、何かが彼女の脳に直接何処かの風景を送り込んできた。
そこは真っ暗で、一筋の光が差し込む場所。
ネウガードもいい加減に常闇のようだが、と思いながら、それよりも更に闇の濃い場所を探そうと、彼女は地図を取り出した。全国の土地が細かく載ってあるが、流石に闇の濃い場所までは書かれていない。しかたなく気象なども交えて考えていると急に、地図の上に赤い猫はどかっと座り込んだ。
「こら、見えないから」
「にゃー」
それは、明らかにここだと指し示していた。まさか、と思いながら地図の地名を見ると、はっきりとこう書かれていた。
【暗闇の洞窟】
彼女は慌てて赤い猫を抱き上げると、地図で座標を確認し、魔法陣の上に乗った。
ここに来て彼に会える保証などは、皆無に等しかった。何故なら彼は、この世にはもう存在していなくて。しかし、ここの漆黒の闇が、彼の元へと導いてくれるような、そんな気がして。
洞窟に一歩、踏み込む。
すると、背後の光は闇に覆われ、有り得ない程の漆黒が彼女を包む。その感覚は、一種の懐かしさを覚えるものでさえあった。
そう思いながら、もう一歩。
赤い猫を抱く腕に、力が入る。
「あ、」
その時ふと、あの日の言葉を思い出した。
―――【アルシャークの魂】を取り込んだ【ニヒト】
そうだった、とふと、我に返る。
彼はもうこの世にいない事は、あの日にちゃんと告げられていた。何となく落胆し、暗闇の中を引き返そうとすると、抱く腕を赤い猫ががりがりと引っかく。
「痛い痛い、ちょっと、どうしたの?」
「にゃー!にゃー!!」
「?」
過剰なまでに反応する赤い猫は強引の彼女の手を離れると、先頭を歩き出す。慌てて彼女はそれに着いて行くと、洞窟の中にも関わらず外の光が少し漏れている、明るい場所に来た。
「ここは・・・?」
奥に、小さな小屋があった。不思議に思いその扉をノックするが、誰もいる気配はない。その裏手にも小さな小屋があり、戸が少し透いていたので、そこから中をそっと伺って見る。すると、そこには、
「あ・・・アルシャーク・・・様・・・・・・」
彼女はその状態の驚きのあまり、立ち尽くしてしまった。その足元で赤い猫が、小さく鳴いた。その時、
こつ、
と、足音。慌てて振り返ると、漆黒の瞳をした男が、じっと彼女を見つめていた。
「ごっ・ごめんなさいっ!!すぐ帰りますから」
そう言って赤い猫を抱き上げ、踵を返したその時だった。
「azusa・・・殿?」
どきん、とした。
その声があまりに暖かくて、優しくて、深くて、まるであの人そのものだったから。
というか、彼女の愛した人そのもので。
「ア・・・アルシャーク・・・様」
しかし先程見た現実と比較するのはとても恐くて、背を向けたまま愛しい人の名を、呼んだ。
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