今、自分の目の前にいるのは、紛れもなく自分の中の【男】が愛した女性だった。
彼女の事は、よく知っていた・・・というか、よく知る事になった、と言う方が正しいのであろうか。何せこの少女を愛した男は、今や自分と一心同体なのだから。彼の記憶は、自分自身が牧師という立場から錬金術師という立場に変わった日から、否が応でも知る羽目になった。
また、彼と共有しているという点では、今のように自分の意思よりも先に自分の中の【男】の動作が出る、という事もあった。
彼女の名を呼んださっきの行動は、良い例で。
しかし彼は、しまったと思った。研究室を見られているため、説明するにも時間はかかる。迂闊な事はすべきではなかったな、と思いつつ、今尚背を向けたままの少女に歩み寄った。
それは、彼女の足元に擦り寄る赤い猫を、回収する為。
これが【バックアップ・アルシャーク】だという事は、予めアルシャークの魂が伝えていた。しかし赤い猫は、そう簡単に彼の手に渡ろうとしない。そして、猫を捕まえようとした彼を見て、彼女は何かを悟ったのか、はっきりとその名を呼んだ。
「あなたはもしかして、ニヒト様ですか?」
説明には、軽く2、3時間を要した。全て説明され、ようやく彼女は納得し、安堵したのか、大粒の涙をぽろぽろと零し始めた。
「あっ、azusa殿っ、」
「あ・・・ごめんなさい・・・何だか事情を知ったら気が緩んで・・・涙腺まで・・・」
あはは、と苦笑しながらも少女は、堰を切ったかのように涙を零す。
その姿は穢れなくとても純粋で、
―――イトオシイ
とさえ思ってしまった。
それを不純と思い、頭を振って消し去ると、彼女に1つ提案をした。
「ここに居れば、いつでもアルシャークと共に在れます。私の中の彼も、貴女がここに居てくれると嬉しいと、思っています」
彼女はその言葉を聞き、間伐入れずに返事をした。
「ニヒト様のお邪魔にならないのでしたら是非・・・お傍に置いて下さい・・・」
少女の悲痛で切実な願いを断る理由なんて、なかった。
それから2人は、数日間をそこで暮らした。そしてある日、陽の当たる場所へと引っ越そうという話になった。
「でも、ここも静かで良い場所ですが・・・」
「ですが、洗濯物をそろそろ天日で干したいでしょう?」
「あは、確かに」
2人は声を出して笑い合うと、早速引越しの準備を始めた。
そうして数日後、2人は【暗闇の洞窟】から【精霊の海】へと居を移転したのだった。
そして新天地で、2人は今までと変わらず幸せな暮らしを送った。
しかし、そんな日々に変調を来たす事があった。
その理由は、誰もが平和に暮らしていたから。
事が起こってしまってから、誰もが後悔した。
「どうして忘れてしまっていたのだろうか、」
と。
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