「いいですか、くれぐれも安静になさって、勤務の方はもう少し減らして下さいね?」
「はい・・・判りました、お世話になりました」





 少女は白衣を着た看護師に頭を下げると、少し慌てた様子で帰路につく。確かこっちに行ったら発着所があった筈だ、と頭の中で地図を描きながら。


 その理由は、空白の7日間にあった。


 彼女は、7日前にコロシアムで戦い、敗れてそのまま意識を失った。その後誰が此処まで運んでくれたかは判らなかったが、気がついた時には病院にいた。そこで話を聞くと、少なくとも3日は意識がなかったらしい。そして、傷も癒えぬまま彼女は、仕事を理由に半ば強引に退院した。軍務尚書という立場を利用し、痛む傷を抑えながらも彼女を此処まで動かしているものは、1つ。


 家主の、ニヒトの事。


 彼も聖神邪と関わりがない人間ではない為に、とても心配な事があった。
 それは、自分が彼の弱点になっていないか。
 関係ないと言えばないが、しかし彼の中のもう1人が、傷ついた彼女の存在を知って、黙っているかどうかの保証がなかった。それだけではないが、とにかく彼の事が心配で。
 きっと家に帰ったら、たくさん仕事が残ってるんだろうけど・・・などと心配しながらも、彼女は急いで家に帰った。




















 家に着き、恐る恐るノブに手を触れる。





―――開いている、





 不審に思いながらノブを回すと、そこには大量の赤が零れていた。





「っ・・・・・?!」





 彼女は一瞬身じろぎ、しかしまさかと思いながらその血痕を辿る。
 そうして行き着いたのは、予想通り、彼の部屋。
 問答無用でドアを開けると、顔面蒼白で倒れている家主の姿があった。





「ニ・・・ニヒト様っ!!!!」





 彼女は倒れている彼に駆け寄ると、すぐに治癒の呪文を唱えだす。すると、彼がふっと、目を開けた。





「あ・・・azusa殿・・・・・・」
「喋らないで下さい!貴方がどういうお体かは存じてますが、このままじゃ・・・」
「ご無事で・・・何より・・・・・・」





 そこまでいうと、彼は再び目を閉じた。慌てて脈を取り、彼がただ眠っただけというのを確認すると、少し安堵して治癒を続ける。
 そうしながらも、満身創痍の彼を見る。





「あ・・・腕・・・・・・」





 彼自身の呪いによる、驚異的な回復力により、先刻傷付けられて離れてしまった腕は、自然とくっついてきていた。それを見て、戦いの壮絶さを思い知る。





「・・・私が、莫迦だったわ・・・私がアルシャーク様を欲したから・・・アルシャーク様は紛れもなく、此処に存在するというのに・・・・・・」





 そうして彼女は、魔力を更に高める。病み上がりの身体に無茶は承知だった。
 しかし、何としてでも彼の事を、助けたかった。




















「・・・・・・りあ・・・・・・」
「・・・・・・ん・・・・・・」
「・・・・・・ゅりあ・・・・・・」
「・・・・・・あ、ニヒト様・・・・・・」
「・・・・・・アーシュリア・・・・・・」
「・・・えっ・・・・・・」





 彼女はいつの間にか、意識を失っていた。その為治癒も中断し、慌てて彼を見ると、彼の腕は元に戻り、傷も少しは癒えているようだった。それに安堵して、再び目を閉じようとしたその時、初めて彼が彼女の手を握り締めていた事に気がつく。そして同時に、うわ言のように誰かの名前を呟いていた。





「まさか・・・ニヒト様の奥様・・・・・・?」





 彼女はそう思いながら、再び緩やかに治癒を開始する。同時に、色々な事が頭の中を駆け巡る。
 このまま、治癒を続けていいのか、このアーシュリアという女性は、彼を迎えに着たのではないか、などと。
 もし、彼にお迎えがきているのであれば、それを止めていいのだろうか。また、それを止める術はあるのだろうか。
自分自身が瀕死で、もし、彼にその手を差し伸べられたなら、誰かに行く手を阻まれる事を快く思うだろうか。彼の手を取る事が、自分自身にとっては至福であり、望んでいた事なのではないのだろうか。





―――愛しい人と一緒に居たい気持ちは、誰でも同じ。でも、それでも・・・





 自分の為に瀕死の重傷を負った人間を、例え普通では持ち得ぬ感情を抱いていなかったとしても見捨てられる人間など、少なくともこの場には存在しない。





「ニヒト様の奥様であっても、こうする事がお二人を更に辛い思いにさせる結果になるとしても、私には見過ごす事など出来ません・・・」





 少女は、祈った。


 こうなってしまった事は、迷いのある自分の心への、報い。そして彼が召されたとしても、それは彼女の弱い心が導き出した結末である。
 しかしそれらは、必ずしもあってはならない最悪の結果。


 少女は、祈った。


 彼の回復と、幸福と、全ての決着を。




















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