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| お正月はおせちではじまる、なんて一般は、僕には通じない。
その昔、「おせちもいいけどカレーもね」と言う、レトルト製品のCMがあった。 その通りだ、おせちもいいけど、カレーの方が断然いいに決まっている。 昨日の晩ご飯には、なんとかカレーを食べる事ができた。 今朝も今朝とてカレーを食べたいところだが、おせちだ、ぞうにだのと出されては、カレーをぬくめてくれとは言えない。 実は、正月にはじめて口にするものは、とうの昔から決まっている。 父と僕と、午前5時に起きて、母手作りの煮しめと鏡餅と生米とお神酒とカキノエを持参して、えべっさんへ参る。 「カキノエ」とは、魚やイカの干物の事である。 「えべっさん」とは、いわゆる、えびす神社の事である。 神社と言っても、小さな小さなお社があるだけである。 えびす様と言ったら、七福神の1人で、うんたらとかんたらの神様で、大漁祈願に参るのである。 ウチの実家は漁師なもんで、これが伝統のようにして、有史以前から行われている。 僕は、もっぱら神も仏も御用なしなので、神頼みで漁を願うのはどうかと思う。 かと言って、実力云々で魚が捕れるのなら、努力が金になる安い話だ。 僕としては、大漁はともかく、両親の海上での無事を祈るだけである。 当然、大漁なれば、大金持ちになって、悠々楽々に余生を過ごす事もできよう。 さて、えべっさんにて、煮しめだのなんだのかんだのを供えて、両手を合わせる。 島中の漁師がそうしておとずれるものだから、えべっさんの小さな社は、煮しめで埋まり、お神酒の香りで酔い気を誘う。 えべっさんも、満腹天国、酒気帯び運転だ。 誰がやってるのかは知らないが、管理人のような者が、いい加減のところで、供え物を下げる。 下げる寸前は、煮しめのピラミッドさながらで、社に供えると言うよりも、煮しめに煮しめを供えてる図だ。 はじめてこれを見るものは、残飯の山にしか見えないだろう。 今日は、しばらく前に下げたようで、社に供える事ができた。 えべっさんに参った後、今度は、ウチの漁船へ行って、ブリッジにまつってある神だなに参る。 ここへも、少しの煮しめをテショウに盛って、お神酒と一緒に供える。 「テショウ」とは、方言で、小皿と言うか、小さな取り皿の事を言う。 両手を合わせた後、供えた煮しめとお神酒をいただく。 これが、年のはじめに最初に口にするものである。 結局、お気に入りのカレーは、晩ご飯までおあずけとなった。 |