2007年1月1日
お正月はおせちではじまる、なんて一般は、僕には通じない。
その昔、「おせちもいいけどカレーもね」と言う、レトルト製品のCMがあった。
その通りだ、おせちもいいけど、カレーの方が断然いいに決まっている。
昨日の晩ご飯には、なんとかカレーを食べる事ができた。
今朝も今朝とてカレーを食べたいところだが、おせちだ、ぞうにだのと出されては、カレーをぬくめてくれとは言えない。

実は、正月にはじめて口にするものは、とうの昔から決まっている。

父と僕と、午前5時に起きて、母手作りの煮しめと鏡餅と生米とお神酒とカキノエを持参して、えべっさんへ参る。
「カキノエ」とは、魚やイカの干物の事である。
「えべっさん」とは、いわゆる、えびす神社の事である。
神社と言っても、小さな小さなお社があるだけである。
えびす様と言ったら、七福神の1人で、うんたらとかんたらの神様で、大漁祈願に参るのである。
ウチの実家は漁師なもんで、これが伝統のようにして、有史以前から行われている。

僕は、もっぱら神も仏も御用なしなので、神頼みで漁を願うのはどうかと思う。
かと言って、実力云々で魚が捕れるのなら、努力が金になる安い話だ。
僕としては、大漁はともかく、両親の海上での無事を祈るだけである。
当然、大漁なれば、大金持ちになって、悠々楽々に余生を過ごす事もできよう。

さて、えべっさんにて、煮しめだのなんだのかんだのを供えて、両手を合わせる。
島中の漁師がそうしておとずれるものだから、えべっさんの小さな社は、煮しめで埋まり、お神酒の香りで酔い気を誘う。
えべっさんも、満腹天国、酒気帯び運転だ。
誰がやってるのかは知らないが、管理人のような者が、いい加減のところで、供え物を下げる。
下げる寸前は、煮しめのピラミッドさながらで、社に供えると言うよりも、煮しめに煮しめを供えてる図だ。
はじめてこれを見るものは、残飯の山にしか見えないだろう。
今日は、しばらく前に下げたようで、社に供える事ができた。

えべっさんに参った後、今度は、ウチの漁船へ行って、ブリッジにまつってある神だなに参る。
ここへも、少しの煮しめをテショウに盛って、お神酒と一緒に供える。
「テショウ」とは、方言で、小皿と言うか、小さな取り皿の事を言う。
両手を合わせた後、供えた煮しめとお神酒をいただく。
これが、年のはじめに最初に口にするものである。

結局、お気に入りのカレーは、晩ご飯までおあずけとなった。