2008年12月31日
いよいよ、豊島大橋を渡って帰る日がきた。

案の定、バスは豊島よりも先の先の方まで延長されていた。
とは言え、もともと、豊浜大橋ができた頃から、豊島より先の橋のかかっている所へは、バスが通っていた。
ので、延長と言うよりも、ほんま、つながった、だけ。

まあ、僕は、豊浜中学校、で降りるから、先の事はどうでもいい。

よりなにより、豊島大橋と豊浜大橋、ってまぎらわしいわ。

豊島大橋から見える、瀬戸内海の絶景よ。
瀬戸大橋やしまなみ海道とは、またちょっと違った風景さね。
子供の頃に、豊島から水平に見ていた見慣れた島々が、下に下に、上から上から、見えるわけだ。

写真に撮らないところがいい。
ぜひ見にきてもらいたいものだ。

なんて、うれげに、バスから写真を撮ってるのを、他の乗客に見られるのがイヤなだけだ。
※うれげ:うれしげの意で、とくに、うかれて馬鹿っぽく見える場合に使うけなし言葉。
の前に、カメラの準備をしている内に、さっさと橋を渡ってしまったので撮れなかった。
って、撮る気なんかさらさらなかった。

ところで、時刻表がインターネットで見れる。
 ↑クリック。
のに、で、た、ら、め。
インターネットで調べて見る人のためにホームページにして載せているものなのに、インターネットで調べて見てみたら、で、た、ら、め、だったらどうよ。
まあ、バスなんて、時刻表通りにこないのが当たり前。

前の、大浦までのバスの時もそうだったけど、必ず、遅れて運行される。
平日、休日、帰省のシーズンに関係なく、毎回、必ず、ぴったり遅れて運行される。
どう言う事か。
毎回、遅れる時刻がぴったりなのだ。
おかしかろう。
それならそれで、時刻表を、遅らせたものに改めるべきだと思うが、どうじゃろうか。

バスセンターから、2時間ちょっとで到着した。

家に帰ると、マザーズ・カリー、が待っている。
たらふく食べた。

のんびりと、いつになくテレビなど見てくつろぐ、我が家。
そこへ。
親がどこかからみかんをもらってきた。
それを持ってあがるようにと、父親が僕を呼ぶ。

荷車が家の前までこれればいいのだが、それはそこ、島なもんで、浜辺を除く民家のほとんどは、山の傾斜に密集して建っている。
そんな所へは自動車では入れない。
荷車も無理だ。
なもんで、荷車が入ってこれるところまで、荷物を運び、そこからは、人間がかかえなければならない。
家までは、坂道だの、がんげだのが、細く続くばかりだ。
ウチだと、50メートルほどだろうか、半分はがんげだ。

下の道まで降りてみると、荷車へみかん箱が3つほど積んである。
うがっ!
聞いてなーい。

とりあえず、1箱をかかえて家まで持ってあがって、倉庫へ収める。
あと、2往復?

1箱15キログラム、とか、父親が言っていた。
数字で言われてもよくわからん。
かかえてみてもよくわからん。

2往復するのもなんなんで、2箱いっぺんに持ってあがる事にした。
2箱重ねてかかえようとしたが、1度にかかえるのは、ちょっと無理のようだ。
ひとまず1箱かかえてから、父親に言って、その上に残りの1箱をのせてもらった。

その時、父親には、その1箱をかかえるのさえも、重くてたまらなかったようだ。
僕がかかえている箱の上へは、ちと高さがあったのもあるが、年のせいか、父親の体力のなくなっているのを知って、ちょっとさえん気がした。
腕の太さは、僕の倍ぐらいあるのに、かつてのたくましい父親も、だんだんと弱ってくるのだな。

2箱かかえて、ひょいひょいとがんげをのぼり行くと、近所のおばさんが僕を見て、「わいら、あのしょしゃあ見いや」と叫んでいた。
※しょしゃあ:姿、格好の意。
よほど、僕の細身が、そんなに重げな物をかかえているのを見て、どうにか思ったようだ。
ほめられているのか、けなされているのか、よくわからん。
とにかく、尋常ではない、と言う言われようだ。

別に、軽々とかかえていたわけではない。
かと言って、重そうにかかえていたわけでもない。
見た目は、ごく普通にかかえていただけだ。

いや、待てよ。
もしかすると、この寒いのに、裸足に下駄で、シャツは胸をあけて腕まくり、の寒げな格好を見て言ったのか。
にしても、尋常ではないな。

って、下駄でバランスのよくない事ったらないわ。

あれ?
今、こう書いていて、その2箱をどこへやったか思い出せないでいる。
倉庫へ入れた記憶がない。
どこか途中でほおくったのか。
※ほおくる:投げる、投げ捨てるの意。
1箱15キログラムとして、合計30キログラムの物をかかえると、僕の記憶はふっとぶらしい。
はっは。
情けない。

見た目は普通にかかえていたが、さぞかし無我夢中のがむしゃらに全力を出してかかえていたのだろうよ。

ちょっと息継ぎせんでおったら、脳に酸素がいかんくて、覚えれんとか。