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昨夜からの頭痛のせいか、今朝は悪夢に起こされて、気分も悪い。 学校へ行くには行ったが、途中で抜け出した。 それからボンヤリと街をさまよって、夕刻になって、かなり遠くまで来てしまっていることに気付いて、そろそろと引き返した。 あまり来ることのない所だから道に迷ってしまったらしい。 すっかり暗くなってから、帰途に就いたような心持ちのある余裕ができた。 気晴らしにしては遠過ぎる散歩であった。 それでも頭痛は一向、冷める気配がない。 風邪にしては、セキもクシャミも出てこないし、徹夜した憶えもない。 原因不明の頭痛だ。 今朝の悪夢の内容は憶えていないが、悪夢であったろうことは分かる。 土曜日の夜にしては静かであった。 目に見えるのは星ばかりである。 山裾から続く星々は、頭上を越えて反対側の海上へと、横手の街からは民家の屋根に尽きるように広がり瞬いている。 この無数の星々が輝く夜空を、美しいという言葉では足らないくらいに思った。 しばらく立ち止まって見上げているうちに頭痛が冷めていくようだ。 いや、それは冷めていくのではなく、意識が薄れてくるのだと思い直した。 「ああ」 体が軽くなってきて、夜空に吸い込まれる。 そんな幻覚を感じて、意識が全く失われて、倒れそうになったが、なんとか持ち堪えた。 前より頭が痛くなったみたいだ。 それほどまでに美しい夜空ではない。 なんだか一瞬の間に長い夢を見ていたような気さえする。 もう一度見上げてみようと思ったが、今度こそ頭が「空」になって倒れてしまいそうな気もしたので止しておいた。 頭が「空」になって、頭痛が冷めるのはいい。 でも、もしそのまま気を失い切って、倒れてしまうと、朝になって新聞に氏名と年齢、それから顔写真が載ったうえに、見出しには「路上で凍死!?」なぞと書かれては困る。 それでも、命を賭けて見る価値があるというような思いが心からなくならない。 生れて今までに、これほど悩んだことはない。 いやあったとしてもこれに比べればつまらないものであったにちがいない。 全てを失っても構わないと思う程に価値のある夜空とそこにある星々を見たことがあっただろうか。 今日特別幸福に見舞われた訳でもないし、今まで不幸で今夜開き直った訳でもない。 それなのに、なぜそれほどまでに思わされるのだろうか。 しばらく歩くとトンネルに入った。 いつも通るトンネルだ。 あまり長いものではなかったし、それでも電灯は点けてあったし、何も不自然な所は見当たらなかった。 それにもかかわらず、不思議と空恐ろしくなって足速に歩いた。 何気なく後を向くと真っ暗で、さっきまでは電灯が橙に点いていたのに、今は消えてしまっている。 思わず駆け出していたが、いつもより出口が遠いような気がする。 走りながら思った。 外に出れば、さっきの星々に照らされた明るい道があるではないか。 そして、そこに行くと怖くなくなると思いもした。 トンネルを抜け出て視線を上げると、再び先程の幻覚に見舞われて倒れそうになった。 何の心構えもしていなかったので、しまったと思うが先か、幻覚から逃れようと必死に走った。 前を向いて走っているだけで、星々は視界にあるではないか。 命を賭けて見る価値なぞもうどうでもいい、いやそんな事は忘れて、見上げた事を一瞬悔やんだ。 その時、生まれて初めて、その視界の広い事、その視野にある星々の多い事、そしていくら必死になって走ったところでその星々から逃げることは愚か追い着くことさえできない事に気付き、この上も無く後悔した。 同じ所をぐるぐると廻っているようないらつきの中で、最高の逃げ道を見付けた。 至極簡単、目を閉じることであった。 そうすれば、この美しくも恐ろしい夜空に吸い込まれ、死を覚悟しなければならないという幻覚を無視できるのだ。 一度立ち止まり、下を向いて目を閉じてはみたものの、何か満されていないという不安が、走ることを続けさせた。 しばらくの間はそれで耐えることもできたが、やはり当然の如くつまづいてしまった。 暗闇の中で、つまづいたまま痛みだけを感じることに専念した。 しかし、どこが痛いのだか自分でも分からぬほど、そして全身の痛みを覚え始めた頃、立てない事に気付いた。 このまま眠ってしまおうかと思った瞬間、何かほほに冷たい粒を感じた。 「雪」それを幾つか数えてふと思った。 「路上で凍死!?」雪が降るならそれもあろうと思った。 それならと思って寝そべったまま仰向けになると、最後に憎らしくも惜しい星々を見てやろう思った。 しかし、思いは無く、空にはたった一つの星も見ることができなかった。 そのかわり、天から降る白い粉が、それを白だと思わせるだけで、先程の星々よりも多く、これこそ無数と言えようばかりが、自分の身に着き、そして地に着くまで舞っている。 「ああ」 これもいいものだ、そう思って目を閉じた。 もうじき二月になろう夜のこと・・・。 まぶたを越えて明るいので目をあけてみると、天井が見える。 ベッドの中に居るのを全身で感じる。 見慣れた天井、それに馴れた寝心地。 そして、ようやく、今日が土曜日であることを思い出した。 |