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少年はその地の果てを知らなかった。 ただ、空というフタの下で、かすかに曲って見える大地と、ゆがんで見えるその先と、誰彼と言わず共に生きているだけであった。 時折、ゆがんで見えるその先には、小さく山脈や町が見えもした。 そうでなければ、地平線の囲いの中で、空とにらみあうだけであった。 そうして時には、曇る雨雲の下で、我テントの中にいて、キゲンを悪くするのであった。 また時には、果てしなく一直線な二本の鉄棒としきりなく鉄棒の下にしかれた大きな横板をそばに見たり、はなれてそこを走る箱を見たりもした。 そして大牛の群れが鉄棒をクロスするのさへ見た。 それは、ごくまれであった。 少年は歳にして十。 背はさほどない。 色はこげ茶に似ていた。 麻の織を着けていた。 卵な輪郭と、つぶらな瞳は黒く、それでもきりりとマユをそえて、結んだ唇はほど開く機会は少ないと見えて小さい。 頬は橙みて綿の様。 整えたことのないような黒髪にそえて、頬と同じく耳があった。 首からは鳴りそうもない角笛をぶらさげ、時にくわえた。 片手には常に絵を描くための長めの石か、マキを持っていた。 少年がそこで遊ぶのは、地面に絵を描くか、父に作ってもらったブーメランぐらいなものであった。 そのブーメランは、背にさしてあったが、未だに慣れぬのか、抜くことは久しく、父といてすすめられた時だけである。 それとも、ふと思い出したように投げることもあるが、そのたびに追うハメになるのだ。 よく見ると両足に、ヒモの両端に小石をしばったものを、皮の上から巻いている。 少年はそれを動物に向けたことはなく、時にそばにある木の枝に向けて遊ぶのだ。 そこを父に見られて、相手が動く物でないと意味がないぞ、と説されたことが幾度かあった。 ブーメランよりはおもしろいらしい。 少年は夜半目覚めて用を足す時、こわくていつもテントのそばにするものだから、毎々朝になるとしかられた。 そうしておいては、寝るに水を飲むのだ。 それで、水は大切だ、そうも飲むなと、二重の罪に罰せられるのだ。 少年は時にいやになるが、翌朝には忘れて無し良しとするのである。 少年は父に日の会う度にこう言われる。 私のように心身共に雄々しくなれ。 確かに少年の父は、体はたくましいし、見るからに気も強そうである。 無理なら心身共にとは言わぬ、どちらか一方でもかまわぬから強くなれ。 そうとも言った。 少年は父に用のあるごとく父に働いた。 しかし、ドレイではない。 用のない時は一人遊んだ。 時には父にかくれて、木の根で眠り涙したこともある。 少年はいつか母に言った事がある。 いつかあの箱に乗って町に行って立派になってやる。 母は言った。 父にそんな事を言うんじゃないよ。 父が聞こうものなら、置いていかれるよ。 少年はもとより父に言う気なぞない。 しかし、かくすのはきらいな質だから、母にだけそっと言ったのである。 置いていかれる、というのは、一つの罰である。 罰の中でも一番重く、つまりは死を意味するのだ。 夜、寝ている間に、彼だけを置いて皆はどこかへ行ってしまうというのである。 朝、目覚めてみると誰もいない。 そして、食うものもない。 広い荒原を探しまわるわけにはゆかない。 運がよければ、他人にひろわれるだろうがそれでもみはなされることもあり、ただあとをついていくだけ、そしてあげくのはて、そうはならずとも死んでしまうのである。 幼き頃から一番おそろしいものを警告されて育っているから、それだけはよしてもらいたい。 未だそうした親がいたかは知らない。 とことん運が悪ければ、置かれた夜のうちにケモノに食われてしまうぞと言われれば、子供はたいてい泣き出すのだ。 そういう訳ではないが、父にはないしょにしている、少年の決心、きっとあの地平線を越えて、遠くへ行ってやる、という気持ちを、心にしまっているのである。 少年はその地平線の向こうに行って、何があるのか知りたかった。 父は時に言った。 あの先では、機械をつめこんだ社会があって、その中で人間達はいがみあい、にくしみあっている。 そして、父がそこへ行ったことがあるのではなくて、父の父、つまり少年の祖父にそう言われて来たことも語った。 また、少年の祖父も行ったことはないと聞かされていた。 そうして少年は、実際のところを確かめてみたいがため、尚地平線の見えぬ所に行きたいのである。 いつの頃からと言わず、少年はそう考えていたのである。 数年後、少年の父は死んだ。 死ぬ間際に父は言った。 私も昔は地の果てを見に行きたいと思った。 しかし、夢に終った。 決して、地平線の向こうに行ってはならぬ。 少年の父は、夢を以って偏見を教えたのである。 いつか少年は大人になった。 そして子供をもった。 夕陽を頬に、地平線を指して言った。 自分のように強くなれ。 |