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第12回 JALAN-JALAN - Emerald Hill から Cairnhill まで
Orchard の裏道散歩


エメラルド・ヒル今回のJalanは、またまた都心へと戻り、Orchard Road の昔の姿を求め、Orchard の裏道、Emerald Hillから、Cairn Hillを散歩します。Emerald Hill も、Cairn Hillも、19世紀半ばにはナツメグや胡椒などのスパイスやマンゴーなどの果樹が植えられた荘園だったところ。まさに、Orchard (果樹園) の名前の元になった地帯なのでございます。
現在はショッピング・センターが立込み、人々で賑わうオーチャードから一歩、エメラルド・ヒルに入り込むと、いつのまにかそこは昔のテラス・ハウスが並ぶ静かな一角に。この静かな一角をさらに、奥へ奥へと進んでいくことといたしましょう。













19世紀中ごろには、ここ一帯だけでなくスコッツからタングリンにかけて、
荘園が広がっていたのが、19世紀後半にはやがて裕福な植民地官僚や雇われ欧米人、
華僑やアラブ人の金持ちが住む住宅がポツポツと建てられていったようです。
特にこのエメラルド・ヒルのテラス・ハウスは、広東省潮州出身のお金持ちの華僑や
nyonyaの人たちが多く住んでいたそうです。
今残るこのテラス・ハウス群は、1902年から1930年ごろに建てられたもので、
現在では歴史的建築物として保存が義務付けられてます。
観光地ではなく、住宅群として基本的に建物の持ち主に保存が任されたせいか、
ここはチャイナタウンと違って実によい状態で昔の建物たちが保存されています。



エメラルド・ヒルの賃貸中の家


ここのテラス群は、外観はそのままに残し、内装を現代風にして
オフィスや住宅用に改築し、賃貸されてます。
ここの家のように、通りのあちこちのテラス・ハウスに"RENT"の札がかかっておりました。
この家は、BONがこの日、勝手に「住むぞ、ここに!」と決めた家です。ただし、お金があったらの話ですが・・・・







ここも、エメラルド・ヒルの奥にあった家。たとえ前庭は狭くても、木の配し方でこんなに素敵になるという一例。家は、おそらく奥深いつくりになっていて、意外に中は広いでしょう。
つくづく思うけど、昔の建物の方が、現代建築よりも住む人に優しいように思うのはなぜだろうが。うーん、ここにも住んでみたいものです。オーチャードにも徒歩5分以内だし・・・

ここから、ケーンヒル・サークルへの抜け道は目の前です。


















Cairnhillにでた途端、環境は一変。高速道路CTEの出口となっているせいか、
車の往来は激しく、コンドミニアムが立て並ぶ間にはさらに新たなコンドを建てる工事が賑やかに進んでいます。


Cairnhill の名前の元になったのは一般的に、1840年ころから、ここ一帯の荘園の持ち主だった
スコットランド人のCarnieさんの名前からとられたと言われてます。
ちなみに、Emerald Hill の荘園の持ち主だったのは、日本人には飲み屋の名前として馴染み深いCuppage さん。
その当時には、ここら一帯には4000人本以上のナツメグの木が植えられていたとか・・・
現在コンドミニアムがひしめくこの風景からは、想像もできない光景ですね。






No42 Cairnhill Rd.

コンドの谷間に残る貴重なこのお屋敷、No.42 Cairnhill Rd. は
20世紀初頭にゴムで財を成した華僑のTan Kah Keeが1920年に建てたものだそうです。
今は目の前には車が次々にせわしくなくとおり、隣にはコンドの建築現場と、
気の毒なことに住環境としては難アリです。







Cairnhill Rd.



このケーンヒル・ロードを進めば、またかつては荘園だっというスコット・ロードにぶつかります。
右手にはこうした昔ながらテラス・ハウスが残っているものの、左手にはびっしりと美しいとは言いがたいマンションやコンドミニアムが並びます。
現代と過去が同居する一角と言えば聞こえはいいけど・・・効率と町並みを両立させた街づくりというものは、難しいものです。

でも、オーチャードにはのんびりした時代を思い起こす建物が、皆無となってしまった今、ここはかつてのオーチャードのたたずまいを少しでも残す貴重な場所と言えるのでしょう。


[30 Mar. 2002]


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