Jalan
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消えゆくシンガポールの古い街角散歩。たぶん3〜6年先にはなくなっているだろうと思う町々の一角を、少しずつ紹介していきます。[by BON]
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第6回 JALAN-JALAN -
下町・加東 KATONGを歩く

カトン・ラクサ有名店が並ぶショップハウス



Jalan-Jalan 第6回目の今回は、めずらしくシンガポールのイーストコーストにあるカトン(加東)に遠征してきました。
考えてみれば、これまでの散歩は家と会社から30分以内のとこばかり。
出不精の自分のケツを叩いて、ひさびさにカトンに行きました。ここは、政府の開発の手もあまり伸びておらず、下町情緒がよく残っていて、マレーシアの田舎町かと見まごうほどです。

さて、ジャランジャランはカトン・ラクサの有名店が並ぶショップハウスから、スタートです。










イーストコースト・ロードから、Joo Chiat Roadに入りショップハウスが
続く道をプラプラと歩きます。
1920年代のショップハウスがよく保全されている町には、昔からの雑貨屋や料理屋
が残るほか、アンティークショップもちらほら。
でも、Joo Chiat といえば、1970年代から夜の町としても有名で、カラオケパブも
軒をつらねております。つい、最近もこうしたパブで働く不法滞在の外国人のお姉さんたちが
一斉逮捕されたとニュースにでておりました。同じ通りにはお姉さんたちも使うのであろう
安ホテルも並んでます。



警察所跡

この建物は、1920年ごろに建てられた警察署の跡
写真ではみえにくいけど、屋根の上部にある浮き彫りがなかなか素敵です。






 夜にはにぎわいをみせるであろうJoo Chiat も、昼間は静かなもの。
 この日はやたらと暑かったので、ぶらぶら歩くのもなかなか難行苦行。
 
 
  ジューチャットのショップハウス

Joo Chiatというのは、カトン王と言われたチャイニーズのお金持ちのジュー・チャットさん
の名前からとられたものだそうです。ジュー・チャットさんがプランテーションだったこの土地一帯を
買って、ショップハウス群をたてて売り出したのがこの町の起こりなのだそうだ。
 カトンには、今も素敵な植民地時代風のお屋敷がちらほらと残っていることからわかるように、
この一帯は以前はお屋敷が続くお金持ちの住宅街。でも、その中でJoo Chiat Road
は貧乏人が住む通りだったと公民館のホームページに書いてありました。
そのせいか、この通りには庶民の香りが今も充満しております。
 




 カトン・ベーカリー


Joo Chiatを出て、またイーストコースト・ロードに戻ってきました。
今回のジャランジャランの終点かつ目的地は、カトンといえばここ、赤い建物が目印の
「カトン・ベーカリー」です。
ここのパンを買いに、お金持ちが店の前にベンツやらBMWを置いて大量買いをしていくほどの
人気店でございます。
 



 カトン・ベーカリー

カトン・ベーカリーの中に一歩入ると、そこは1950年か60年代の世界。入り口には、なぜか古い体重計
ガタピシとしたガラスケースには、昔と同じレシピでつくりつづけたであろうパンがならび、それを
これまたアンティークな爺様が売っております。店の奥には、昔ながらの甘いKOPIをすすりながら、
カヤトーストをパクつく客が見えます。
この時が止まったような空間もまもなく、永遠になくなってしまう日が近づいています。今まで、抑えられていた
ショップハウスの家賃も近々、市価なみに引き上げられることが決まっていて、こうした古くからのお店は
高い家賃には対応できず、廃業してしまうのだそうだ。
 弱肉強食の競争社会シンガポールで、このような時代に逆らった世界が生き残るのはますます厳しくなっているようです。
 [Aug 2001]






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Created by Bon in Apr. 2001
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