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消えゆくシンガポールの古い街角散歩。たぶん3〜6年先にはなくなっているだろうと思う町々の一角を、少しずつ紹介していきます。[by BON]
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第9回 JALAN-JALAN - CHINATOWN第2弾―新旧中華街を歩く

サムスイおばさん達の彫刻―URAの前で

 第9回ジャランジャランは、チャイナタウン第2弾、開発中のチャイナタウンを歩きます。
 昔の面影を捜し求めつつ、新たな開発の波が押し寄せるチャイナタウンをめぐるジャランジャラン(散歩)。

マックスウェルマーケット横のURAビルが今回のjalanのスタート地点です。
ここには、シンガポールを造ったパイオニア、サムスイの女性建築労働者の像がかざってあります。 中国の山水地方から海を越えて渡ってきたこの女性たちは、男の労働者たちにまざって、細腕で土砂を運び土木作業に従事し、数々の建物や道路などの建築を支えてきたのでありました。20数年前までは、赤い布の帽子に伝統的な青い作業着を着た女性たちを建築現場で見かけたものですが、現在はバングラデシュやミャンマーなどの新たな外国人労働者に完全にとって代わってます。

この像の向こうに見えるのが、B級グルメ推奨のマックスウェル・フードコートです。














シンガポール一汚いと言われたマックスウェル・フードコートも今年、半年間にわたる回収工事を終え
再オープン。外装はファンキーな色に塗り替えられ、内装はピカピカとなったマックスウェル。
でも、昔のテナントもそのまま残り、同じ値段で同じ味を提供してくれています。




挙げドーナツのお店
名店の多い、マックスウェルですがその中でも安さと味で毎日長蛇の列が絶えないのがここ、揚げ餡子ドーナツのお店。
揚げたて手作りドーナツが7個で1ドルという破格の安さにひかれ、この日も大量注文の人の列が・・・・
ドーナツをこねてこねているうちに、腰が台の形にひんまがってしまったという感じに爺さまと手伝いの姉さん1人では、当然大量注文を
さばききれず、客もサイバシを持ってドーナツ揚げの手伝いをするってーのがこのお店の暗黙のオキテ。
待っている時間と自分の労働奉仕の手間と爺さまの曲がった腰をおもいやると、7個の注文ではもったいなくなるのですが、
このお菓子は揚げたてじゃないと美味しくないので、7個だけ買って頬張りながら散歩を続けることといたしましょう。







フードコートをでると、左手にはジンリキシャ(人力車)ステーションがみえます。


   
人力車ステーション  

戦前までは人力車、そして戦後は自転車版の人力車(アダ・ベチャ)の駅というか集合地点だった
このビルには現在ではレストランとカラオケ・パブが営業してます。



 








さて、それでは屋台街が復活したスミス・ストリートに向かいます。
開発しすぎてゴーストタウンになってしまったチャイナタウンを再び賑やかな町にしようと、2001年11月に20年ぶりに
屋台街がこのスミス・ストリートに復活。
昔の屋台街に比べたら百倍きれいな環境で復活した路上の屋台街。今のところ、連日地元客でにぎわってます。
屋台街が将来もローカル客で賑わう限り、復活屋台街も成功したといえるのでしょう。

 
下の写真はスミス・ストリートにある古い京劇オペラ・ハウスの2階から屋台街を写したもの。
オペラハウスからスミス・ストリートを見る  

 この19世紀に建てられたオペラハウスは最近修復され、今では台湾の宗教団体の管理下にあります。
今では特別の催しものがない限り、京劇は上演されないとのこと。とても素敵な木造の劇場なのに、もったいない。
中は自由に見学ができるので、この手の古い建物が好きな人は要チェックです。











そして、トレンガヌ・ストリートに入ります。
ここは金子光晴の戦前の紀行文にもあるように、娼婦宿もあった通り。娼婦宿だけでなく、路上の食べ物屋や露天商と
その客で人があふれかえった通りは今ではこの通り観光客対応の店ばかり。
中国正月前のときだけ、正月の飾りや乾燥肉などの露天が並び、昔の熱気が復活しますが、普段はとっても
静かな静かな通りとなっちまいました。



トレンガヌ・ストリート



今回は、新しく改装されたところばかりをばかりを巡ったジャラン・ジャラン。
開発先行のあまり人間がいなくなってしまったチャイナタウン。この町をみていると、観光だけを目的にした街開発の難しさが
よくわかります。まず地元の人を惹きつける町でなければ、観光客も来ないんだよねと、昔のチャイナ・タウンをこよなく愛する
私は言いたい!たしかに、昔のチャイナ・タウンは汚かったけど、今の100倍は魅力があったですよ。

でも、スミス・ストリートの復活した屋台街がこれからも地元の人々に愛され続け、スミス・ストリートだけでなく他の
通りにも屋台街が復活すれば昔の賑わいが戻るのでは・・・とほのかな期待を抱きつつ
今回のジャラン・ジャランはこれにて終了です。




 [Dec 1 2001]






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Created by Bon in Apr. 2001
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