2003年の日記
12月25日
イブとクリスマスは久々の連休だった。ええ、もちろん『シングル』ベルです(涙)。おかげで日記も連チャンです。しかし、普段連休がないにも関わらず、こんなときにくれるなんて、会社の俺に対する思いやりか?当てつけか?(笑)。・・・まあ家の都合で多忙といえば、多忙なのだが。
来年こそは恋人と甘い雰囲気を味わいたいものだ。いや、味わってやる!
今日は限られた実家滞在時間で久しぶりにバイクに乗った。バッテリーが弱ってたため、キックスタートで約30分もかかってしまった。一体何千回蹴ったことだろう(笑)。しかも乗ってみると非常に寒く、我慢大会だった。基本的に俺は冬のライダーになるほどの強い根性は持ち合わせていない。しかし、バイクが
「俺は動けるんだよ!スロットル回せよ!」
と訴えてるようで、2時間乗りつづけてしまった。おかげでお腹のエンジンも「キュイ〜ン」だったぜ!(爆)
でもいいね、バイクは。ちょいと元気をもらった。明日も仕事頑張ろう!
12月24日
メリー・クリスマス!お〜いサンタさん、プレゼントくれ〜!
可愛くて、優しくて、性格の良い女の子希望!(爆)
・・・さてさて、最近『おいしいお酒』を飲んでないことに気付いた。単に、俺にめでたい出来事がないのがその理由なのだが、かと言って、それを飲めるきっかけが見つからない。ちょっとキザに言えば、「自分に酔いしれる」機会がないということか。う〜む、それには何か目標を成し遂げたり、何か人生で大きなモノを掴まねばなるまいか。趣味・仕事・資格・・・う〜む、ちと考えてみるか。
そういや夢ほどではないが、バンド組みたいぞ。誰かいませんか〜?
12月19日
まだ一部ではあるが、前々から気になっていた部屋の壁紙を変えてみた。顔に似合わず(ほっとけ!)俺はインテリア関係には割と関心があって、「一人暮らしの部屋づくり」といった類の雑誌や、通信販売のカタログを見ては日々研究している。・・・とはいえ部屋はO型の部屋らしく、それなりに散らかっているのだが(笑)。過去にはTV台も自作したこともあり、もちろん既製品とは出来が違い過ぎるのだが、手作りの適度な変形・変色も人間味があるというか心を和ませてくれる。
しかしインテリア雑誌とかを読むと、その載っている人達のアイデアに素直に驚かされる。要するに「創造」というか、発想力の豊かさに感心させられる。俺自身、「真似る技術」はそれなりかもしれないが、新しいことを開拓したりするのが非常に不得手なので、その思いも人一倍だ。
「創造とは先人の剽窃である」(字合ってるか知らず)
とう言葉があり、要は「全ての創造はモノマネ(パクリ)なのだ」という意味だったと思うが、俺はそうは思わない。発見・創造といった能力があるからこそ、人は刺激を受け、成長していくのだろう。俺にもそんな力が欲しいなと思う。
12月16日
と、いうわけで、また一つ歳を重ねてしまいました。しかし忙しい一年だったなあ。恐らく来年もこんな調子だろうな。このHPも開始から3ヶ月が経とうとしてます。色々更新する気はあるが、時間がない。特に格闘技関係、置き去りです(笑)。
今日は個人的な話。
『信念』と書けば大げさで堅苦しいが、誰しもその類のモノは持っているだろう。時として、それによって良いことが起こったり、反対に苦悩する日々を数えなければいけないこともあるだろう。
そんな(信念らしき)モノは一応こんな俺にもあるのだが、ここに来て一度見直すべきときが来た。もちろん180度方向転換する気も全くないし、仮にそうしようとしても、そうならないことも承知している。今、俺が考えているのは「俺はなんなんだ!」と、いう問題(笑)。俗に言う『自我の確立』などとは違い、もっと俯瞰して客観的に自分を見ていこう、ということ。具体的には表現が難しいが、今まで俺がしてこなかったことである。さて、どうなることやら。
12月10日
思うこと。
世の中の行く末は本当に暗いと思う。環境問題であるとか、人権問題であるとか、福祉問題であるとかキリがない。そんなとき、大事なのは「一人一人が問題を真剣に考えること」という意見がある。そりゃ確かに。もっともだ。しかしそれは当たり前のことだし、果たしてそれで本当に良くなっていけるのか、と思う。
凄い情けない考え方だと思われると思うが、俺はそれに対して、突出した天才、それこそ救世主的な人物が出てこないと無理なような気がする。例えば昔の諸葛亮孔明のような人並み外れた才能を持った人材が。
そんなことを考えたのはイラクへの自衛隊派遣についての報道を見たときだ。巷で「派遣反対!」と運動している人達を見かける。そりゃそうだ、ご苦労様です、と思う。しかし、じゃあその代案としてどうすべきなのだろうか?
戦争なんて誰もが反対だ。わかりきってる。ただ、向こうは薬品不足、電気、下水道の未修理、食糧不足は深刻だ。それを見逃すのも人間としてどうかと思うし、まさか、国が一般の薬屋さん等を派遣するわけにはいかまい。しかし、自衛隊を派遣すれば、その軍隊的な性質から、日本という国の関係から、生命の危険を伴ってしまうのは否定できない。さあ、どうするのか?俺ごときは全く結論が出せない。
と、ちょっと考えてるうちに一つ思ったのはこういった問題でも、諸葛亮みたく、見る人が見ればなんてことなく解決するような気がしたのだ。部分部分でなく、もっと高い次元で物事を処理できるというか・・・。
・・・と、以上ただの感想文なのだが、結論的には他力本願なのだ。そういや五木寛之氏が『他力』という本を書いてたなあ。残念ながら、いつの世も凡人とはこんなものよ。
12月6日
「『批判』はいいが『否定』はきついなあ」と思う。
小林秀雄によれば「『批判』とは物事に価値を与えること」らしい。ってことになると『否定』とは物事に存在価値を与えないということか。ベクトルの考え方でいうと、『批判』はある一定の方向を示すことが出来ても、『否定』は出来ないということになる。これって怖いなあ。
人生において、自分を批判することはある種正解だろう。前向きに、建設的に生きることにもつながるだろうし、盲目的な「独り善がり」にならなくてすむ。しかし、否定的に生きると、そこからは本当に何も生まれてこない。強いて言えばマイナスのベクトルが発生するぐらいのものだ。これがシンドイんだよなあ。俺自身、過去には何度か自己否定したこともあった。しかし、今はそれなりに年輪を重ねただけあって(笑)、そういうこともなくなったけど。ただ、『批判』することもなくなってきているような気がする。別にストイックに生きる気もないが、「今が良ければそれでいい」という考えも無い。要は『振り子』かもしれんなあと思う。陽と陰、適度にバランスを取らねばならない。それをどう振らすかは自分次第。人生って難しいな。難しいからこそ、面白いのか?
・・・と、ウンチクを述べたのは今日自分を否定されたような、ちょっとした出来事があったからだ。今、非常に落ち着いた、清々した気持ちになっている(注:『晴ればれ』ではない)。何か「心のやっかみ」が取れたようなそんな気分。カッコ良く言えば(良くねーか:笑)、ようやく一からのスタートラインに立つことが出来たような(笑)。さてさて、これからアクセルをどうするのか、自分のアタマに期待はないが、自身の行動には興味がある(笑)。
12月3日
今年も今月で終わり。一年って早いねえ〜。家に帰ったのも久々なら、HPを更新するのも久しぶりだ。でも、疲れ気味なので今日は一言作文。
4年ぶりくらいに新幹線(500系・700系・レールスター)に乗った。久しぶりに見る新幹線はカッコ良かった。ちなみに初めての『のぞみ』だった。そして、乗り物を見てワクワクするという、童心にかえるような気持ちを感じた。
そんな情緒(?)も手伝ってか、駅弁を買った。基本的に俺は駅弁は好きではない。理由は一つ、「冷めてる」から。でも、上手かった。そして高かった(笑)。
一つ確信したこと。俺は、「どこかへ行く」ことよりも、「乗り物(JR・バス・飛行機問わず)に乗る」ことが好きなのだということ。例えば、昼の窓ガラスからは流れ行く風景を見ながら、「ここら辺の人はどういう生活を送っているのだろう」とか「もし、ここで生まれ育っていたら、どんな人生を歩んでいたのだろう」とか考えたり、夜での窓ガラスでは、自分の姿と向かいあうことになるため、人生を色々と考えたりすることが好きなのだ。そして「これこそが『旅行』でなく『旅』なのだ」と自分に酔いしれる(笑)。・・・まあありきたりな考えだと思うけど。
あと、生まれて初めて『チンチン電車』に乗った。なんか嬉しかった。
最後にまたも確信したこと。長時間の乗車は腰に悪いということだ。皆さん適度なご休憩を(笑)
11月22日
今日の日記は長いぞ(笑)。この間、こんなことがあった。
職場の某窓口で働いていたときに、年齢は三十過ぎくらいの女性が来て、
「昨日、〇〇さん(社員)に話をしてたモノをもらいに来たんだけど。」と言われ、
「少々お待ちください」と探してみると確かにそれらしいモノがある。
「こちらですか?」と尋ねると「そうだ」と言う。しかしそのモノを渡すには、代金を頂かなくてはいけない。
「それでは〇〇円になります。」と言うと、
「なんで?昨日話をしたら『変更だからお金は要らない』と言われたけど。」と言われたので、
「では前にお買い求めいただいたモノと交換になりますのでそれをお見せ下さい。」と返すと、
「それは無い。ただ、お金は要らないと言われた。」と言う。
「前のモノをお持ちいただかないと無理ですよ」と答えると、
「だから要らないと言われたって言ってるじゃない!」と机を叩いて怒り出し、それからやりとりが延々と始まった。俺は、そのお客の話している内容が、こちらの常識(あくまで仕事の中での)から『ありえない』ことだったので意思を通じ合うことがなかった。すると途中で、「ちょっと待ってステーィヴ!」と外国人を連れてきた。どうもその外人さん用のモノだったらしく、その場でその人に英語で説明を始めた。英語の発音、早さ、流暢さから察するに恐らくその女性客は『帰国子女』であると考える。そのあと、やっぱり納得がいかないらしく、俺に怒りをぶつけてくる。こっちは仕事上『怒る』ことを禁じられているが、そのまくし立て方が、何度もテーブルを叩いて威圧しては、洋画でよく見られる『OH!NO!』な肩をすくめては首を横に振るオーバーリアクションで
「What a foolish man you are!」・・・(「なんてアホな人なの?」←<注>英語合ってるか知らず:笑)
と「まるでこのアホではお話にならないわ」みたいな態度をとってきたので、人を馬鹿にすることは嫌い(かつ、馬鹿にされることはもっと嫌い:笑)な俺にある考えが浮かんだ・・・「コイツに恥をかかせてやろう!」と(爆)。
「ですから、お客様の言われてることは当方の常識では考えられないことなんですぅ〜」
「だから先ほどから何度も、しつこいほど、これでもかと申し上げてるじゃございませんか、そんなことはありえないし、出来ないんですぅ〜」
「あまり自分の権利ばかりを主張されますと他のお客様のご迷惑になりますし困るんですぅ〜」等々。そして「列車が発車するから」と強引に討論を終了させた。
敬語を混ぜ合わせながら皮肉たっぷりに小馬鹿にしてやったぜ(笑)。
「胴長短足・一重まぶた」の『生粋の日本人』をなめんじゃねえぞ!(笑)
・・・で終われば良かったのだが、ことの真実はうちの社員のミスと共に、その客の勘違いだった。う〜ん、微妙(笑)。
・・・で文章はこれで終わらないのがこの日記が俺の日記たるところで、これから能書きタイム。
ただ一つ凄いなと思ったことは、「やはりあっちの人間は自分の権利はしつこいほど要求する」ということだ。確かにお金が絡んでいるものの、話が噛み合わず、意思の疎通がはかれてないのに、これだけ自分の意見を言えたら大したものだとも思った。
今、従来の護送船団方式(つまり、日本的な国などのサポートを受けながら互いに共存繁栄していくやり方)がバブルの崩壊と急激な国際化によって通用しなくなり、リストラや倒産などの『DEAD OR ALIVE』の西洋式の競争社会になっていかざるをえないらしく、実際裁判の件数の増加に見られるように確実にそうなっていってるらしい。つまり、これからは「NO」と言える自我の確立が必要になるわけだ(よく知らんけどそんな感じ)。
・・・しかし、こんなんでいちいち訴えられたら嫌だし疲れるなあ。俺はやっぱり日本式をお勧めします(笑)。
11月19日
「きっと君は来ない〜 一人きりのクリスマス〜(♪)」
と、いうわけで一人身には寒波より厳しい時期がやってきました(笑)。
いやね、でも俺はクリスマスが好きなのだ。街全体の雰囲気がお祭りムードになっていくのも好きだし、その、例えばロウソクが部屋を灯す様子が幻想的にも思えるからね(こうみえて俺はロマンチスト:笑)。「きよしこの夜」「ジングルベル」などのクリスマスソングも大好きで俺の疲れた心身を癒してくれるというのもある(笑)。俺の卒園した幼稚園がキリスト教系だったせいなのかもしれないが、クリスマスは『神聖で特別なもの』としての感覚があるのだ。
そういえばクリスマスと言えば、昔は『ドリフターズのクリスマス』をTVで毎年やっていたのを覚えている。根っからのドリフ大好き人間にはその一味違ったドリフもまた特別だった。
そんなこんなではや十数年。そんな思い入れあるクリスマスも今は「どうせ今ごろヤってんだろな」という卑猥な発想がメインである(爆)。
・・・いいさ、どうせオイラは汚れた獣さ(笑)。
11月18日
『安楽死』について思いだすことがある。
俺の好きなマンガ『死神くん』の「老人の幸せ」という話である。ある老夫婦が、これから死にゆくお爺さんに、お婆さんが選んだ最後の願いは『安楽死』だったということ。そして死んだあと、「よかったね。生きる苦しみから解放されて・・・」といったセリフだ。
今の、この高齢化社会で、老後の生活不安というのは頻繁に言われているが、そのこと以上に「老いて生きること」というのはどれだけ大変なのだろうか?と考えさせられた。ここで言っていることは一般的な「老人が幸せかどうか」ではなく、日常生活において生きる・・・例えば「歩く」「買い物に行く」といった何気ないことや、体力的に落ちていきつつあるときに「ガン」「糖尿病」といった成人病と向きあわなければいけないことがどれだけ大変なのかとうことだ。
自らの判断での『安楽死』は『自身の生の放棄』と言ってよい。人間が知的生物だからとかいう論議の類は置いといて、生物的にありえないことを選ぶその理由、社会的背景、対策を深く考えていくことも大事かもしれんな〜と思った。
・・・こんなまとめ方するつもりじゃなかったのになあ〜。日があいたからか変な文章になった(笑)。まあええわー。
11月13日
このページはどこまで長くなるのだろう?(笑)。まあ、いずれ編集しようかな。
昨日のニュースで『安楽死』について特集していた。ヨーロッパの一部の国では既に合法化されているらしい。その番組の内容は、安楽死する老婦人が前日にお別れパーティを開いていたり、病気に悩まされている母親が夫や子供たちの前で安楽死することを決め、その当日までの本人と家族の様子が報じられていた。そこで述べられていたインタビューでは、「人間として人間らしく、威厳を持ったままの状態で死にたい」という考えや、「闘病にこれ以上耐えれない」などの意見で安楽死するに至った経緯が述べられており、また「彼女は彼女らしい選択をし、生き方をした。それを感じて我々もハッピーだった」と寂しそうではあるが決断を肯定的に語る老婦人の友人や、闘病で苦しんでいる姿を見続けているために、安楽死をすることを聞いて何も言えず、ただ涙を流す小学生高学年〜中学生くらいの子供たちの姿があった。俺は、日本ではまだ想像しがたい光景に、映画でも見てるような非現実感を感じ、また何か恐ろしいものを見ているような感覚をもった。それについて明確な意見があるわけではないので適当なことを言えないが、難しい問題であることは間違いない。
うちの祖母はガンで亡くなったのだが、闘病をしている姿を見続け、その病気によって変貌した最後の姿を見たとき、思わず「お疲れ様でした」と思ったことを覚えている。身内なら「苦しんでいる姿を見たくないし、早く楽にしてあげたい」と思う心理はわかるし、病気になった本人なら「迷惑はかけたくない」と思うかもしれない。が、世の中に「生きたくても生きれない」人の多いこと、不運にも交通事故で亡くなってしまった人の方が自殺者より少ないことを考えると複雑な気分になる。
さて、ここで感想を述べようと思いきや、本日は時間がないので続きはまたの機会に。
11月9日
加湿器を某中古ショップで1200円で買って、電源を入れて、
「オッシャー!大丈夫だ。正常に動く!」と安心してたところ、部屋を離れてしばらくして帰ってくると、室内が『カビ臭く』なってた(爆)。臭くて息苦しいんだよ!どうしてくれるんだ!これじゃ『加カビ器』じゃねーか!
・・・皆さんも『安物買いの銭失い』には注意しましょう(笑)
車のサイドミラーが壊れたので修理に出した。ついでだからパワーウインドウの調子が悪かったのでそれもお願いしたら、二つで約3万円になってしまった。超貧乏な俺は迷ったが、対応した店員の接客の態度に感心してお願いした。あまり俺の住んでいる地方では、お店の人の対応に怒ることはあっても関心することはなかったので珍しい出来事だった(・・・まあ、怒ると言っても大声で怒鳴ったりはせず、小バカにした皮肉を言うぐらいだが)。
「『モノを売る』という事は、例えるなら『エスキモー人に氷を売る』ことだ」
と聞いたことがあるが、言葉どおりの意味じゃないにせよ、それを思い出した。
いずれにせよ金がない。次の給料日まであと・・・「はぁ〜」(笑)
11月2日
限られた実家滞在時間(約120分)でこの日記を書いています(爆)。
とはいえ、特別面白いネタはないのだが(さらに爆)。
しかし最近の女子高生はスカート短いなあ(笑)。俺自身『脚フェチ』でもないから気付きはしなかったが、自分らの高校生時代の女子高生の脚より、今の彼女らの脚のほうが綺麗になってる気がする。やっぱ『見られる』ということを意識して、それなりの努力でもしてるんだろうか?
『見られる』という点で自分を考えた。遥か昔の思春期時代は(爆)、髪型だとか服装だとかに多少なりとも気をつかってはいたが、今はそういうことも無くなった。人生を転がり続ける俺は(笑)、自分と向かい合うことに億劫になってるのだろうか?。昔ほど自分に自信は無いしね(かといってそれほど満々だったわけではないが)。ただ、諦めの悪い『変な意地』は常にあって、度々俺を悩ますのだが(笑)。
そういえば、当時の俺は(今でもだが)「カッコ悪いことに対する『カッコ良さ』」に憧れてた。口で説明するのは難しいが、アイドル系の「世間的なカッコ良さ」でなく、「(周りから)「カッコ悪い」と言われても「我関せず」で自分の行き方・考え方に筋が通ってる状態」とでもいうのか。例えたら『両津勘吉』(こち亀)みたいな存在か。振り返ると、俺の人生は「カッコ悪いことに対する『カッコ悪さ』」そのまんまだったような気がする(笑)。いや、別に自虐的になってるわけではないよ。これからは『男のフェロモン』出していこう!という一種の出師表(決意表明)だ。オッチャンはやるで〜!(笑)
そう言えば女子高生で思い出したが、この間お笑い芸人コンビ『ドランクドラゴン』の塚地(デカイほう)の女装に良く似た、『本物』の女子高生を見た(マジで!)。・・・なんだか見てはいけないものを見た感じがして、妙に切なくなった(笑)
10月28日
と、いうわけで、残念ながら阪神は日本一を逃してしまいました。せっかく世間を『虎騒ぎ』にした割には不完全燃焼の終わり方で残念。でもまあよくやっ・・・いや、やっぱ悔しい(笑)
昨日、ゲームのマクロスをしていると書いたが、不覚にも感動のあまり、泣いてしまうところであった(笑)。きっと俺のこのアニメに対する想いが、心の中の「暖かい部分」に納められてんだろうな・・・とクサイことを言ったりする俺(笑)。
TV「あいのり」を見た。場所はブータン。何でもこの国は、世界で唯一近代化を放棄しているらしい。「国民所得」より、「国民幸福」を基準に国が成り立っていた。俺の頭では言葉で説明しずらいが、「近代化」より「伝統文化保持」とでも言うべきか。どの国民の顔も凄く幸せそうで、なんでも犯罪率は日本の1/1000なのだそうだ(多分)。日本にはかつてより安全神話があるが、そんなモノは色褪せてしまうレベルだ。
そこでふと思った。将来、石油が無くなった世界はひょっとしてこのような形になるのではないだろうか?と。おそらくその時終焉を迎えるであろう資本主義経済は、このような形を目指すのではないか、いや目指さざるを得ないのはでないかと。
俺の尊敬する、ある先生が「人間は『生産』なんて出来ない。出来るのは『加工』だけだ。」と仰っていたが、資源がなくなったら世の中どうなるんでしょうな?
しかし需要が文化を生んできたとしたら、それは人類の歴史に反比例し、有り得ないわけで、人間なら別の形を新たに作っていけるのではないかという微かな期待もある。
・・・だってゲームしたいし、音楽も聞きたいし、テレビも見たいもんね(笑)。
以上、オチ無し!
10月27日
今、久々の休みにPS2のゲーム「マクロス」をやっている。このソフトに限ったことではないが、最近のゲームはグラフィックがとても綺麗だし、内容も深い。『ファミコン』の「ドンキーコング」からTVゲームとの付き合いが始まった俺としては、あまりの進化の早さに恐れ入る。昔は「ドラゴンクエスト」などでクリアしたときに、なんとも言われぬ感動と達成感を受けたものだが、今はそれらと比較にならない、まるっきり映画のようなシーンが待ち受けている。でもたまに昔のゲームをすると、心がとても落ち着いて、歴史を感じさせること以上に面白いんだけどね。今の子供がドンキーコングをしたところで「子供だまし」としか思うまい(笑)。
ふと思ったのだが、恐らくこういったゲームを作ったのは、小さい頃「ドラクエ」などで影響を受けた人たちであろう。後を継ぐように進化・発展させていってるわけだが、人生プランがコロコロ変わる俺は(しかも暗転:笑)、そういう子供からの夢を一心に叶えた人達を見ると、素直に尊敬し、嫉妬してしまう。ちなみに俺の最初の夢は大工だった。それから二転三転、四転五転してここにある。歳を取るにつれて昔ほど夢を見れなくなってしまった。今の夢はなんだろう?それがはっきりしたものであっても、昔ほどの無邪気な夢ではあるまい。しかし「大人になる」ということは単に「現実を見ること」と同義でないと願いたい。
10月21日
やっと鼻水がおさまってきつつある。近くの中古品店で加湿器が500円で売っていた。買おうかどうか決めかねているウルトラ貧乏な俺(笑)。
先日、仕事場の某窓口で働いているとき、なぜかあるオバサンが入ってきたとたん他の窓口の上司が「スラ〜」っと席を外していった。それで俺が担当したのだが、接客中にいきなり大声で
「早くしてください!」
「何をボーっとしてるんですか!」
「状況を見て判断してください!」
「あなたじゃ駄目です。他の人に変わってください!」
とキレはじめ、挙句の果てに
「あなたみたいな人がいると、世の中の人が迷惑なんです!」
と人生まで『ダメだし』された(笑)。俺は(そんな悪かったかなあと)戸惑いつつも「はー、すいません」と他のお客さんの前で平謝りするばかりだった。その客が去り一段落すると、席を外した上司が帰ってきたので、
「今、中年の女性客にメチャクチャ怒られましたわあ」と言うと、
「あー、あの人はいつものことだから気にするな。」と言われ、
「あー!それで引っ込んだんですね!(笑)」と聞くと、
「いやあ、なぜか急に眼鏡が曇ってなあ、拭きに行ってたんだ(笑)」と言われた。ヒドイや!(笑)
しかし結果的にそのオバサンに対する怒りも、上司の、『状況を良く把握した、臨機応変で適切な対応』の面白さが打ち消してくれた(笑)。とても勉強になりました。次回から俺もそうしよ!(笑)
・・・そういやこの前は化粧してセーラー服を着た、初老の『おじさん(短髪)』が来たなあ(笑)。始めビビったが、話をすると、とても丁寧な人だったので「まあ、人生色々あるわな」と思ってたら、しばらくして赤の「ワンレン・ボディコン」の服装で舞い戻ってきた(爆)。・・・いやはや、人生とは複雑怪奇なり。
10月18日
この間、不正〇車を一日で3件も見つけてしまった。
「お天道様が見逃しても、俺の目は見逃さねぇぜ!」なんて言う気もないが、その3人の内訳は大人1人、に高校生2人。特に悪意があると判断する程度でもなかった為、注意だけで終わったが、そこで考えた。その人達は「ふつう」のそれらだった為、注意で終わったけれど、仮に「ふつうじゃない系」だったらどうしただろうか?と。恐らく「わざとだな!ちょと来なさい!」と判断したのではないか、と。
やはり先入観というのは恐ろしいもので行動を左右させる。初めて会う人と付き合うとき、「短所でなく、長所から総合的に見ていくべきだ」と思ってはみても、現実の俺はそんな出来た人間ではない。「好き嫌い」はハッキリしてるし、一度決めたら「トコトン」だからアクセルはあってもブレーキは無い。一度先入観で植え付けられた固定概念はなかなか変わらない。思えばそうして人生を無駄にしてきたのかなあ〜。
10月15日
最近、欠かさず見るテレビは『行列の出来る法律相談所』(日本テレビ系)だ。
知識的な内容というよりも、島田紳介氏の絶妙な話術に惹かれて見ている。やっぱりこの人は凄い。前にも「サルでもわかる〜」というやや堅めの番組をしていたが、難しいことを大衆にわかり易く、掘り下げていく知識もたいしたもんだし、それを笑いにもって行く技術と頭の回転力は本当に恐れ入る。また、少なくともこの番組では持ち前の辛口トークで相手の個性を最大限に「生かし」てるから、何の嫌味もなく思い切り笑える為、終わってみれば紳介氏の偉大さが余韻として強く残る。いやはや、天才だと思う。
この番組で他に思うことは、弁護士の結論が分かれるということ。その理由説明を聞くと、さすがに「先生」と名のつくだけあって、もっともらしいことを言われている。どっちが正解というわけでもないのだが、「所詮、法律も人間が作ったもんなんだなあ」と司法に対して、どこか頼りなく感じられる一方で、「様々な尺度で、物事の本質を見抜いていこうとする姿勢が大事なんだなあ」と勉強させられる。
どうしても日常生活においては、例えば「良い・悪い」「明るい・暗い」という、明解な二元対立論で物事を判断しやすいのだが、なかなかどうして「モノ・コト」の本質とはそんな簡単なものではない。あの人は「良い人、悪い人」なんて言えれたものじゃなく、一人の人間が「良くも悪くも」なるから話はややこしいのである。とはいえ人間は、そういった先入観や固定観念から逃れることは出来ない。そんな人間が「本質」について考える意味は何だろう。そもそも「本質」とは言葉で説明しきれるものなのだろうか?
10月14日
というわけで、治りかけの風邪を無理をした為に、ぶり返して悪化させてしまったバカな俺です(笑)。
鼻水が滝のように流れ、時にはアーチ状の長い吊り橋を形成しています(汚くてスマンのう!)
さて、衆議院が解散しましたな。選挙に行って思うのは「俺の一票って軽いよなあ」ということ。「軽い」にも色々あるますわな。全体数に対するわずか一票という、「俺なんぞ投票しようが、しまいが政局に変化はない」という考えの軽さ。政党員でも組合員でもない俺は「誰に入れようが大差ない」という考えと、それにより結果的に字相や人相といったその場の雰囲気で決めてしまう軽率さ。税金を払ってれば無意識に出る選挙権利に対する軽さ。選挙終了後、「所詮はそんな軽い形で作られたものだ」という考えや「知名度のあるタレントが当選してしまう」という結果に対する軽さ。
人に言わせると、多数決というのは本来「(結果的に)数が多ければ勝ち」といったモノではなく、本質は「(未来的に)最もベター、ベストはどれだと考えるか?」というモノらしい。
無学な俺はそんなこと意識したことないのだが、そんなんなら選挙制度から勉強しないといけないのかな。もちろん中選挙区とか小選挙区とか比例区ということでなく、選挙の本質を考えるということだよ。
解散、総選挙だとか盛り上がっている報道を見て一層、選挙と距離があくのは俺だけか。
・・・「そんなら勉強して一票に真剣に投票したらいい」なんて一問一答式にもっともらしいこと言わんといてや。
それにしても我は無知よのう。政治にオリジナルな意見を持つ知識すらないよ。
10月9日
いやあ、久々の我が家である。
かといって今更感動もないが・・・日帰りだし(爆)。しかし、おかげでレンタルビデオを延滞してしまったではないか。まだ見てねーよ!見れねーよ!(けど『まとも』なビデオでよかった。『アダルト』なら延滞は恥ずかしいもんね:笑)
最近冷え込んできたのう。仕事上、朝五時起きが続くんで、なかなか布団から出られない。俺は風呂に朝・夕と二回入る(朝は頭を起こし髭を剃るためで、夜は一日終了のご褒美に)のだが、朝風呂は寒くて体が温まらない為、ついつい長湯になってしまい、遅刻しそうになる。最初に言っておくが俺は冬より夏のほうが好きだ。汗をかくことが好きだし、厚着が嫌いだからだ。今年買ったバイクもこれからあまり乗れないし・・・。でもまあスノーボードを始めてから冬もいいなあと思えるようになった。大好きなホットコーヒーの季節だしね。
しかし、季節の移り変わりに一喜一憂しているようじゃあ、もう「オッサン」なのだろうか?
10月3日
風邪をひいて頭が痛い。ガキの頃から気管系が弱い俺はよく風邪をひく。ただ、頭が痛いのは初めてだ。頭はボーっとして重たいし、言葉のロレツも回らないし、立ちくらみはするし・・・まったく早く治んないもんかね。
さっきまでこれまでの日記を読み返してみた。う〜む、我ながら文才の無さに辟易してしまう。自分に対しての文章なら構わぬが、他人様の目に入ることを意識すると、その内容の未熟度さに申し訳なくなってくる(←もちろんウソ、実際はそんな謙虚な奴ではない)。
そもそも一番更新しやすいだろうと、当たり前のように「日記」のページを作ったのだが、今もって方向性がハッキリしない。
「今日、NテレビのOアナウンサーに会いました。美人でした。」
なんて一日の出来事書いたどころで人は興味ないだろうし、仮に評論調に私論を述べたとしても、それを的確に伝える賢い頭も時間も持っていない。愚痴なんか言う気もサラサラないしね。
う〜む難しい。ただ今、いい歳こいて日記の書き方を勉強中です(笑)。
9月30日
はやいもので、今日で9月も終わりである。最近、時の流れが異様に早いんだよなあ。そうやって『華の二十代』は終わっていくのだろうか?(『華』どころか『カビ』だけど)。
先日、俺の住む地方で、今のトップアイドルであろう、松〇あや(通称:あ〇や)嬢のコンサートがあった。俺自身、彼女についてそんな詳しくないのだが、こんなことがあった。
足の不自由なおばさん(70歳前)が職場(内緒)に来られたので、ちょうどその時、たまたま勤務が終わったときだった俺は、ことのおまけに荷物をもって上(場所も秘密)まで一緒にあがっていったのだが、そのおばさんから「今日は松〇あやさんのコンサートに行ってきましてなあ、とても楽しかったですわあ。」と話されたので、「あー、そうですか。それは良かったですね〜。会場の雰囲気は盛り上がってましたか?」と、ごく自然な受け答えをしたのだが、それから20分、延々と松〇トークが始まった(笑)。
なんでもそのおばさんは、まだ彼女が売れてないときからの筋金入りのファンで、その当時、直接東京までCD買って握手会まで行かれたそうな。そのときに「鳥取から来ました。是非いらしてください」「はい。私は姫路なので、是非行きます・・・。」等の会話を交わしたらしい。
俺自身、そんな興味のある話ではないのだが、そのおばさんが、何歳も年下の松〇のことを「あ〇さん」だとか、「あの方は・・・」と呼び、話し方も穏やかでとても人の良さそうな方だったのと、まるで自分の夢のように明るい笑顔で話されたのが理由で、最後まで付き合って聞いていた。話を聞いていると、「へ〜、松〇凄いなあ〜」とちょっと尊敬してきてしまった(笑)。うちの40前の上司が「あー、今日あ〇や行きたかったなあ〜」というセリフは半分ジョークかと笑って聞いていたのだが、そのおばさんの話をきくうちに彼女に対して「+」のイメージが植えられたみたいだ。
あ、オチを期待してます?無いんだけどなあ。強いて言えば、「言葉っていうのは言う人によって伝わり方が違うんだなあ」ぐらいでまとめといて下さい(誤解のないよう言うが、上司もとてもいい人です)。セールスや宗教の勧誘する人、その中身よりあなたが見られてますよということだ(まあ、偉そうに書くまでもないことやね)。
〜追伸〜
俺の休みの日に島〇ひとみ嬢が来たらしい。ショック!
9月29日
HPを作ったいきさつは更新履歴で述べたとおりだが、なぜ題名に『(仮題)』がついているのか説明させていただく。
数年前、このHPのタイトルは『These Days』の予定だった。当時で一番新しいBON JOVIのアルバム名がそうだったからだ。それがいたずらに時が流れ、ニューアルバム『CRUSH』が誕生!おのずとこのHPタイトルも『CRUSH』となる(笑)。
ところが、それから「またまた」いたずらに時が流れ、ニューアルバム『BOUNCE』誕生!やはりHPのタイトルも、それに変更となる(笑)。
そして、「また・また・また」いたずらに時が流れていた最中、突発的な『不採用の怒り』が後押してこのHPが誕生した(笑)。この題名は、そのときの無駄遣いの怒りから作られたのである(笑)。
と、まあこんな流れがあったのだが、とりあえず今回は「アップロードすること」が目的だったので、題名はどーでも良かったのだ。つまり、「突発的に付けた名前がアップしてる」ということで『(仮題)』なのです(笑)。
しかし、このタイトルも「俺らしいかな」と思うし、当面これで行きます。
ちなみに、今の仕事場は本当に尊敬できる上司たちで環境も良い。
確かに仕事はすごく厳しいけど、毎日が充実してます。
俺を「蹴って」くれたところの人事、本当にありがとう!感謝してます。
・・・ただ名前は覚えてるよ。特に暗い夜道は気をつけてね(爆)
9月27日
意外とHPの更新ってだるいもんだな(爆)。と、最初の更新で飽きてどうする俺!(笑)
・・・とはいえ、この日記というのは苦手じゃのう。そんなセンチメンタルな男じゃないし、照れくさいもんなあ。でもまあ今日は頑張ってみるか!
今月から英会話学校に行っている。趣味と実益を兼ねて・・・といいたいとこだが、別に英語は趣味ではない。ただ、出来たら「俺、かっこええんちゃうん?」的な勢いだった。すると、いきなり役に立った。
私の住んでるとこは、超田舎だから外国人の数なんてたかがしれてるのだが、それでも仕事場は街の中心地だけあって、外国人の姿がよく見うけられる。
先日、20代前半の旅行中の女性が辞書をなくしたとやって来た。
「〇×□△・・・」いきなりのマシンガントーク!一瞬たじろぐが、
「What's the matter with you?」と(非常に)数少ない知識で対応。
・・・すると、不思議なことに会話になるんだな。
「色は?」「形は?」「ここに友達がいるの?」「連絡先書いて」・・・などなど。最後に「Have a good travel!」と決め台詞!すると「Thank you!」と言って笑顔で去って行った。やるじゃん!俺(爆)。やってみるもんだね、臆さずに。
中学校英語が出来たら日常は大丈夫だと聞いたが、曲りなりではあるけれども、なんとかなったみたいだ。自慢じゃないが、たまにBBCなど向こうのニュース聞いてもさっぱりわからん。それどころか、どこかアフリカやアマゾンの少数民族の言葉に聞こえてくる(笑)。そんな俺でもなんとか意思が通じ合えたのは、ボディ・ランゲージもあろうが、知ってる言葉で、あらかじめ予想できる返答を言わせたこと、偉そうに言えば、(結果的に)相手の発言を操ったことがよかったと思う。
まあ、これでちょっとは勉強してやろうかと思った出来事だった(笑)。
9月21日
俺のことを知ってる人も、知らない人も、改めましてこんにちは。これから、いつまで続くか知らないけど、どうぞ宜しく(笑)。
ところで、最初の日記って、何を書けばよいのだろう?そもそも、俺は日記など書いたことがない。女の子と交換日記した淡い記憶なんてもちろん無い(笑)。そういや、夏休みの宿題の絵日記は書いた記憶があるぞ。・・・とはいえ、8月31日に一日で仕上げるのが常だったから、厳密に言うと『日記』ではないのだが。
まあ、よい。これからいろいろとぼやいていこうと思う。日記というより、コラムっぽくなると思うから、ご意見・ご感想があれば遠慮なくどうぞ。