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プロレスとの「なれそめ」
きっかけは初代タイガーマスク(佐山聡)だった。当時、ビデオがなかった我が家において、その動きを理解するのはまるで不可能、「強くて、カッコイイ!」・・・それはまさしく俺のヒーローだった。しかし、人気絶頂のまま突然引退してしまう。思い込みの激しい(?)俺は原作と同じく、「二代目は俺だ!」と心に固く誓うも、あっけない二代目タイガー(三沢光晴)登場により夢破れる(←アホやね)。
それからはそれほどな熱烈なファンでもなかったが、テレビはよく見ていた。どちらかというと、昔からS・ハンセン&B・ブロディ、ザ・ロードウォリアーズ、A・ブッチャー&タイガー・ジェット・シンと迫力外人の多くいた全日が好きだった。それは単純にわかりやすかったからだと思う。新日本の中継は、古館アナの実況は確かに上手ではあったが、レスラー同士の人間関係(要するにアングル)が複雑過ぎて、それを理解するのが面倒くさかったし、UWFブームは、私の住んでるところが地方過ぎて、よく伝わらなかったというの一因だ(笑)。その後、J・鶴田vs天龍源一郎の「鶴龍対決」から完璧な全日ファンになった。大きな男同士の闘いは、とても熱く華があり、思えばこの頃が一番プロレスに対して心躍らせていたように思う。
それから超世代闘争〜四天王プロレス〜、そして現在のノア・ZERO−ONE・WJの誕生に至るまで俺のプロレス熱は現在まで続いている。ちなみに「みちのく」や、「大阪」、「闘龍門」の中小団体や女子プロレスも、もちろん好きである。
プロレス雑誌
最初は週刊プロレスを買っていたが、当時の名物編集長体制下で、あまりにも記事が主観的すぎて(今思えば、面白かったかもしれないが)、当時中学生の私は、記事の内容がさっぱり理解出来なかったので週刊ゴングに移る。それから長く週刊ゴングが続いたが、全日びいきの私にとって、記事が新日寄り(SWS設立後はそっち寄り)だったのと、方向性がただ単に、週刊プロレスの真逆で主体性が無いと思ったので、週刊プロレスに戻る。
馬場さん
俺は馬場さんを心の底から尊敬している。初めて心に残るようになったのは「世界最強タッグ」での「馬場・R木村組vs天龍・ハンセン組」の試合だった。馬場・木村と全盛期を過ぎた二人が、当時最強の天龍・ハンセン対して見せた戦いぶりが俺の胸を熱くしたからである。そのときから、クイズ番組等で馬場さんを見かけるにつれ、馬場さんの存在を意識するようになった。やはり惹かれた一番の理由はその人間性である。世の中を斜に構えていた感のある俺にとって、その存在は一種の光明ですらあった(いや、マジで)。おおげさでなく「信頼・信用」が現代においても立派な重みを持っていることを知ったのである。
今でも馬場さんは、俺がふと判断に迷ったとき、「馬場さんならどうするだろうか」といった、ある種の指針的役割を担っている(もちろん俺は馬場さんと違って、クソみたいな人間なのだけど)。タレントの関根勤さんは「馬場さんは男の教科書」と仰ったが、俺の中では「人間の教科書」なのである。だから他人が馬場さんを呼び捨てにしたり、軽んじてたりするのを耳にすると、「お前何様じゃー!」と殴ってあげたくなる(笑)。
ちなみに俺は馬場さんが亡くなられたとき、お葬式に一般参列したのだが、周りは比較的若い年齢層だった。レスラー「G・馬場」の、全盛時を知らない世代がたくさん集まっているというのはどういうことであろう。俺と同じように、その人間味に惹かれたからであろうか。いずれにせよ俺の中で馬場さんは永遠に生き続けるのである。
その他
| 好きなレスラー | (まあ基本的にみんな好きなんだけど)G・馬場、J・鶴田、前田日明、三沢光晴、蝶野正洋、川田利明、小橋建太、高山善廣、秋山準、桜庭和志、D・松本、B・中野、A・コング、D・関西・・・ |
| 印象に残って いる試合 |
◎J・鶴田vs天龍源一郎(どの試合も良かった) ◎三沢光晴vs小橋健太 (定番だが、生で見ただけに、一番は大阪府立の三冠戦) ◎蝶野正洋vsR・ルード(第2回G1クライマックス決勝) ◎A・コングvsD・関西(初対決だったかな) |