10月8日。





9月26日。



もう、うんざりです。


「P503is子ちゃん2」の不調はいつだったかお知らせいたしましたが、結局、失神アクメ症候群が完治することはなく、新たに「P503is子ちゃん3」との日々がスタートしていました。


ところがこの「3」。過去最悪のアバズレ。わずか一ヶ月ちょいで完全なサボタージュに入りやがりました。今流行りの、「無気力症候群」とでもいいましょうか。


着信はするものの、呼べど待てど声が聞こえません。


その人がオレに連絡をとりたがっている、ということはわかるのに、どうすることもできないジレンマ。中途半端に、ヒントめいた情報だけが与えられた場合のストレスは、恐ろしいモノがあります。


今ではなかなか見かけなくなった、コインが使える公衆電話を探して町中をかけずり回ること、3日。


限界ナリ。


シンプルで覚えやすかった番号への愛着をかなぐり捨て、関係者各位へのお知らせ及びメモリの移動に伴う膨大な手間を覚悟して、ニュー携帯を購入いたしました。



オレ「そうさ本来、王者の安寧よりも、挑戦者の気鋭こそオレには相応しいハズ!!さらば驕れるDoCoMo!!そしてこんにちはJ-PHONE!!」

J子「ようこそ写メールワールドへ」



というワケでふっふっふ。晴れてカメラ付き携帯をゲットです。これでオレもパパラッチ。町中で遭遇したおもしろ決定的瞬間や、芸能人のマル秘ドッキリスキャンダルなどをバシバシ激写して、ガンガンHPのネタに













ここで、9月26日の日記は終わっていました。今は、10月8日の夜です。

新しい携帯の扱いにはすっかり慣れましたが、初日に有頂天になって撮影した数枚のどうしようもないセルフポートレートを除き、カメラ機能は未使用です。






うっかりするとマジで忘れるよね、更新。








10月16日。



柔肌の あつき血汐に 触れもせで 寂しからずや 道を説く君





こんなコト囁かれたら、頭でっかちの理系野郎はひとたまりもないですね。
与謝野晶子は凄い、とオレも思います。



肌と肌との直接の接触は、あらゆるロジックを超越する可能性があるとは思うんですが、それで全てが解決するかっていうと、コトはそう単純ではないワケで。

寂しがりやの人間が究極的に求めるのは他者との同一化であり、そいつを肉体的、精神的なコミュニケーションという疑似行為に還元して、どうにか充足した気分になっているに過ぎないんですよ。その感情というか欲求に、「愛」なんて名前がついとる。なんでセックスがしたいかっつうとそういうことだったりして、愛する人と自分がつまるところ別の人間であるという事実に、オレらは本質的に耐えられないんじゃないかな、と。

裏を返せば、セックスしなくてもイイなら、それは愛ではない。
セックスしてもイイなら、それもやっぱり愛ではない。
セックスせずにはいられないなら、それが愛です。これは前提。



人間ってのは複雑にできてまして、さらにその上の階層において、「セックス」という行為自体を「疑似セックス」として行うことを考え出したりするわけです。いわゆる遊びのセックス、というヤツですが、その場合には、「セックスしたい」という欲望即ち「同一化したい」という欲望それ自体が「疑似」つまり、「同一化したいような気になりたい」という欲望にすり替わっているという構造があります。「擬態」は「娯楽」のひとつの要素なので、それはやっぱし楽しかったりするんですな。

1人の人間についてこういうパイ生地のような階層構造がイチイチ存在し、そいつらが寄り集まって「社会」というネットワークを形成するんですから、そりゃもう大変なモンですよ。「セックス」と「疑似セックス」と「疑似・疑似セックス」と、「疑似のn乗セックス」とが入り乱れて、それがさらに時間軸に従って延々と繰り返され、愛というモノの本質は幾何級数的に増大する層の一番下に、ますます厳重に覆い隠されていくという顛末。



セックスは全てです。
「全て」の中には、愛も、遊びも、精神も肉体も言葉も音楽もダンスも、一切合切が含まれています。
セックスは本能であり文明です。
世界はセックスでできています。
「全て」であるからこそ、万能ではありません。





というワケで、オナニーして寝ます。



テキストに追加。Republique読み方は、「ルピュブリック」。







11月15日。





10月24日。



デザイナーはあらゆるものをデザインします。

産業革命以降、一般にそうしたプロダクトデザインが、消費社会の歴史を推進する原動力の一部として確かに作用してきました。

もちろん、「椅子」もそのひとつです。

椅子を始めとする家具は、こと西洋において、建築と身体とのインターフェースに存在する端末と言うことができ、身体に直接接続し、生活を構成する要素として、多くのデザイナーがそのデザインに熱心な興味と情熱を注いできたワケです。

数限りなく産み出されてきたデザインの中に、ごくたまに「名作」と呼ばれるモノが混じっていて、それらは語り継がれるべき伝説となり、スタンダードとして歴史にその存在を刻んでいます。



新宿のパークタワーに、そうしたマスターピースが集結している、というので行ってきました。



この展示会の素晴らしいところは、指をくわえて眺めるだけでなく、実際に座って、その塩梅を確かめることができる、というところ。ハナシには聞いていたがホンモノを見たことがない名作の数々を、実際に体験できるチャンスに心も躍りm













ここで、10月24日の日記は終わっていました。今は、11月15日の夜です。





……椅子?ナニそれ?






まあ、アレですよ。今ちょっと、言語野の調子が悪いんでね。



ファンの皆様ゴメンなさい。









12月19日。



え〜。ま、分析しますと、ですね。

「マジで忙しかった」が5。

「カウンターがあまりにも回らないのに少しフテった」が0.5。

「単に飽きてきた」が1。

「マジで忘れてた」が3.5。



以上が、3ヶ月近くにわたって、本格的な更新が行われなかった理由のうちわけです。

それでも懲りずに見てくれている、二名の方々のために、最近の近況をまとめてご報告。



11月は、順番が回ってきたゼミの準備をしつつ、教習所(二回目)に通っていました。

それぞれがそれなりに重さのあるノルマが並行し、バイトと学校が重なるともう更新どころではありません。

「学校(8:30〜9:30)→教習所(10:55〜12:45)→学校(13:30〜17:30)→教習所(19:10〜20:00)」

「教習所(8:55〜15:40)→バイト(18:00〜翌8:00)→教習所(10:55〜12:45)」

思い出すだけで心拍数が上がるほどの過密スケジュールに追いまくられた一ヶ月間でした。

お陰様で、一切の滞り無く教習所のカリキュラムは修了しまして、卒業検定の当日(12/3)、合格したその足でゼミも無事こなすことができました。

その翌日には本試験の方も合格いたしまして、三年ぶりの運転免許と共に、束の間の平穏を獲得したわけであります。

で、今月に入ってからは、といいますと。

今週の日曜に、オレは塾講師デビューをします。

パンツマニアでハードMの熱血塾長に、夜ごと研修という名の飲み会に連れ回され、学校教育と親の存在意義について語り明かしてはグルグルの状態で帰宅し、ゲロ吐きまくりの日々。

いよいよデビューを前に、期待と不安で胸をいっぱいにしていたら、テメェのHPのタイトルまで忘れてました。
ブックマークのタイトルを見て、「あれ? これはなんのHPだっけな」と一瞬思ったのはナイショです。



ま、面白いこともいろいろあったんですが、それはおいおい、テキストの方にでも書きます。

とりあえずは、子供相手にネタも増えると思うので、日記だけでも復活させようかと。




それにしても、この年になると、時の経つのがホントウに早いですね。



…え!!勝俣結婚したの!?








12月21日。



ヒサビサに、自宅でゆっくりテレビを見ました。

つうか、ヒドかったな〜今年も。スマップとさんまのヤツ。毎年グズグズですが、今年は特に。

もういい加減、生で番組作るのヤメたらどうスかね。

生ならではのハプニングとか、いらないしね今更。女だらけの水泳大会じゃあるまいし。ありゃ録画か。

つうか、作る側の人もそこまで計算して、「生っぽく見える」ような予定調和を「演出」して欲しいスね。



「虚構」を売り物にする場合、受け手側をいかにうまくダマくらかすか、ということに意識的であるべきです。

段取りの悪い醜態をダラダラと見せられるくらいなら、ガチンコファイトクラブの方が千倍マシと言うモノ。

出来不出来はともかく、そこには面白いモノをつくりだそうという意識が垣間見えるからです。




小説や映画の作り手は、虚構を成立させるために凄まじい苦労をします。

そこに描かれる世界観即ち「ウソ」は、徹底的に緻密なリアリティの上にのみ立脚し得るからです。

タレントの能力に期待するようなチンケなリアルではなく、きちんと作り上げられたリアリティを見たい。







もうね。

その後の「ア〜ユ〜レディ」。








深キョンのかわいいことといったらもう!




だから、そういうコトなんだよ。














Back to Log index


Back to Home