ホテルマンの日常






ドラマの「HOTEL」てありますね。オヤジの鬱病に苦しむ高嶋ファミリーの、弟の方がガンバってる。主人公が出世しすぎちゃったせいか、最近新シリーズ見ないな〜と思ったらこないだスペシャルやってましたけど。

あの舞台になってる「シェラトン」はどうやら、一般に「シティホテル」と呼ばれる中でも、特にハイグレードな辺りを想定しているようです。
「ヒルトントーキョーベイ」「ニッコートーキョー」「センチュリーハイアット」「第一イン天王洲」そんなカンジですね。相場といえばダブルベースで一人一泊16K〜といったところでしょうか。もちろん、「スイート」「スペシャルスイート」「ロイヤルエグゼクティヴスウィート」なんて、何が甘いのかよくわからないけど無闇に高い部屋も完備してて、ハリウッドスターなんかが泊まったり、それなりに華やかな世界なのでしょう。いや知らないけど。

そこまでいかない、文字通り出張や残業のサラリーマンを客層にするホテルを「ビジネスホテル」と称して、便宜上区別するワケです。
ビジネスホテルには勿論、「我が儘な客を装ってホテルの対応をチェックする、ホテルミシュランの調査員」なんて困ったお客様は、まず間違いなく登場しないんですが、それでもトラブルは日常的に起こります。



フロントに一本の電話がかかってきました。

ウチでは、部屋への電話も全て一旦フロントで受け、それぞれのお部屋へ取り次ぎます。基本的には、お泊まりのお客様のフルネームが一致すれば、特に何かチェックをするわけでもなく、部屋に繋いでしまいます。
その電話も、何の変哲もない外線コールでした。

「511号室の、高幡美千代(仮)をお願いします。私、母でございます」
「かしこまりました、ただいまお繋ぎいたします。少々お待ち下さいませ」

お母様からのお電話ですし、部屋番号、お名前共に正確です。すんなり繋いで問題ないケースですね。
ぷるるるるるる、かちゃっ。
「…はい?」
「外線よりお電話でございます、お繋ぎいたします」
「あ、はい」
ぴっ。はい、一丁あがり。


数分後、再び電話が鳴ります。今度は、副支配人がとりました。と、なにやら、様子が変です。

「……はあ、はい。なるほど……はい。そうですねえ、ええ。……ええ、ではあの、私どもの手違いかとも思われますので、はい。……お調べして、ええ。…後ほど。はい。いえいえ、申し訳ございませんです。はい。失礼いたします……」かちゃ。「お〜い」
「はい?」
「あのさ、今、511に外線繋いだ?」
「あ、はい。お母さんからの。繋ぎましたけど?」
「いやなんかね、そのお母さんから今電話あってさ。『娘の部屋に電話かけたら、男が出た!!』って大騒ぎしてるんだけど」
「……はあ? いやでもオレ、間違いなく511に繋ぎましたよ? 出たの男でしたけど。連れでしょ?」
「いやね、お母さんが言うには、姉妹二人で泊まってるはずなのに、っていうんだよ」
チェックインの際に記入して貰うカードにはしかし、男女の名前が書いてあります。
「…ははあ……こりゃ、アレですね。親に内緒で」
「どうも、そうみたいね〜うひひひ。まあアレだからさ、一応、部屋に確認とってみてよ」
「わっかりました〜」
で、フロントから再び511に電話します、が、今度はサスガに出ません。そりゃそうでしょう。彼氏、大失敗です。いまごろ、部屋でパニックです。
「出ませんけど、どうします?」
「ん〜〜〜万が一、ってコトもあるからねえ(←思ってない)部屋行く?」
「ラジャー♪行って来ま〜す♪」


511のドアをノックします。
しばらく応答がありません、が、こちらはおおかた事態を把握しているので、無論諦めません。

何度かノックを繰り返すと、ようやく
「………は、はい?」
気の弱そうな声です。完全にビビってますうわああああなんかカワイイ
「失礼いたします、フロントでございま〜す」

ようやく観念したのか、ドアが開いて、彼氏が顔を出しました。予想通り、気の弱そうな男の子です。ついでに言えば、いなかもん丸出しです。とりあえずドア開けるのにパンツいっちょはねえだろ。

「あのですね、先ほどこちらに、お電話をお繋ぎしたんですけれども……」
「すっ、すみません!!」いやそんな、いきなり謝られても。

「お母様の方からですね、男性が出られた、というコトで、ええ」

「あのですね、今ちょっと本人が出かけてて……あのすみません」

「えっと、失礼ですが、高幡様のお連れ様で、よろしいんですよね?」

「え、ええ……あの、いいんですけど……あの、ちょっと複雑な事情がありまして……」いや複雑でもねえだろ全然。つうかまず電話出ちゃダメだよキミ。

「………わかりますよね?」

「はあ」

「……あの、できましたら、この件はご内密に……お願いできませんか……」

もう、消え入りそうな声です。サディスティックな魂を、おもいっきりくすぐられます。
「そうですねえ…そう仰られましても……私どもで、お母様の方にご説明差し上げなければなりませんし」

こんな状況だったら、誰だってちょっとはイジめたくなります。泣きそうなんですもん、彼。

「お願いします!!そこをなんとか!!」

お願いばっかで、具体的なタクティクスは思いつかないようです。相当テンパってます彼。

しばらく考え込むフリなんか。いや、内心は笑いかみ殺すのに必死なんですけど。

「……かしこまりました。では、こちらでなんとか、良いように取りはからいますので」

「ホントですかっ!!ありがとうございます!!」

超喜んでるよ顔輝いたよ。

「助かります〜てっきり、彼女からの電話だと思って出ちゃったんですよ〜びっくりしましたよ〜」
聞いてねえから。


フロントに帰って報告です。

「やっぱりで〜す。彼氏、超気弱そうで〜す」

「ブハハハハハ(笑)ああそう、やっぱり(笑)こっちもさ、見てよこれ」

笑いながら副支配人が差し出したのは、611のお客様カードです。おお、女の子の名字と住所が一致。名前も微妙にカブってます。

「なるほど。妹の方もですか」


つまるところ、姉妹で上京しツインルームひとつに宿泊しているハズが、彼女ら、ツインルーム二部屋とって、それぞれ彼氏連れ込んでたワケです。で、お姉ちゃんの方の留守中に、一人部屋に残ってたボンクラの彼氏が、お母さんからの電話をとってしまったと。そりゃお母さんびっくりです。


「んで、ど〜します? ウチのミスってことにしてあげますか?」

「まあねえ。ヘンに事を荒立ててもねえ(笑)」

「了解で〜す」


その後、オレがメシ休憩の間に、このお姉ちゃん、フロントに怒鳴り込んできたそうです。きっと、彼氏の説明が要領を得なかったのでしょう。副支配人がゲラゲラ笑いながら教えてくれたトコロによると、


「部屋に電話繋いだんですかっ!!?」そりゃ繋ぎます普通

「このホテルはそんなコトするんですかっ!!」どんなホテルでもします
「どうしてくれるんですかっ!!」悪いのはアンタだ


焦りにブチ切れ、我を忘れてらっしゃるご様子。副支配人がこんこんと説得するウチ、自業自得の状況をようやく理解したらしく、彼氏同様、「ごめんなさい、お願いします」となるまで、それでも随分時間がかかった様です。

話を聞く限り、直情型で攻撃的な彼女と、ドン臭く弱気な彼氏の構図が妙にハマっててグウ。


そんなワケで、お母様の方には「フロントの者が、繋ぐ部屋を間違えた」というコトで、副支配人の方から説明を差し上げ、丁重にお詫びすることで事なきを得ました。サスガに、副支配人の肩書きを出されて、お母様も信用されたようです。

翌朝、「ホントに、いろいろ、お世話になりました。ありがとうございました」と、4つの頭を深々と下げて、二組のカップルはチェックアウトされて行きました。ホテルマン冥利。


結局、お母様を騙してるんですが、「外からの電話には、いないと言ってくれ」なんて、居留守の片棒もよく担ぎますし、フロントマンは社会通念上の道義云々よりも、お客様のご都合を最優先します。

どうぞ、なんなりとお申し付け下さいませ。











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