抜けるような青空の下







男と、女。
まったく、出会いと別れの間には、全てが詰まっている。






予備校に通うには、坂を登らなければならなかった。

浪人生活も2年目、全く同じ予備校で、全く同じカリキュラムを受講していたオレには、前年のリフレインに過ぎない授業内容も講師のギャグも退屈極まりなく(例外はあったが)、気に入った講師の授業だけ出席して、マンガ喫茶にシケ込む日々を送っていた。



その日も、そのフローを忠実に踏襲しようとしていたオレは、抜けるような青空から駅へと下る坂道の途中にいた。そこで、いつもの風景に異質な集団が入り込んでいるところに出くわしたのだ。



忙しそうに動き回る人々、カメラ、ガンマイク、モニター、ディレクターズ・チェア。テレビのロケ隊だ。
オレは一瞬の躊躇もなく、ガードレールに座り込んで見物することに決めた。
なんせ、予備校とマンガ喫茶と自宅を往復するだけの、単調極まりない生活である。そんな他愛もない遭遇さえ、充分にハプニングだった。

見物を始めてほどなく、オレはそれがドラマの撮影であるな、と洞察した。監督らしき人物が、椅子にふんぞって偉そうにしていたからである。
となるとその辺でやたら忙しそうに動き回っているのが、加勢大周のドラマで有名なADという連中か。カメラさん、音声さん、おお、ストップウォッチを下げた女の人もいる。あの四角くてデカい箱を担いでいるのはメイクさんだ。なるほどハナシに聞いた通りだ。ふむふむ。今はどうやら、いわゆる「カメリハ」というヤツの最中であるらしいぞ。人垣の向こうでは、誰かタレントが、演技とか目線とかの確認をしているのだな。誰だろう。話の種にできるようなヤツだといいんだが。なんてコトを考えながら、時の経つことしばし。「それじゃ本番いきま〜す」という声と共に、撮影スタッフ以外の人間がささっと引き、真ん中にいたのは瀬戸朝香だった。



正直、オレは瞠目し一瞬我を忘れた。やっぱ芸能人は違う。
実のところそれまで、瀬戸朝香のことをそれほどの美人だとは思っていなかった。スタイルはともかく、顔の造作的にはむしろもうひとつ、つうか凡人レベルだろ、とさえ思っていたのだが、そんな失礼な認識は、一瞬で消し飛ばされた。



でてるよ。確実にオーラでてるよ。
これに比べたら、「東大理系スーパー」の女なんて、チョビヒゲをつけているようなものだ。



そのカットはどうやら、瀬戸朝香の自転車が倒されたところから始まるようだった。倒れた自転車を引き起こし、「あっぶないなあ、もう」と一言。それだけの短いカットだ。



今思えば、その時既に、オレと朝香の恋は始まっていた、と言える。

テイクが何度か重なる間の要所要所で、必ずちらりとオレの方に視線を向ける朝香。
オレが視線に込めて送るエールを感じ、オレだけが気づくように小さく頷いて応える朝香。
監督からのオッケーが出た瞬間、一番最初にオレに向けられた、改心の演技に輝く笑顔を、オレは忘れない。



その日のそこでの撮影は、それで最後だった。
朝香は「お疲れさまでした」とスタッフに声を掛け、真っ直ぐにオレの方に向かって歩いてきた。オレはガードレールから立ち上がると両腕を広げ、朝香がそこに飛び込んでくるのを待ちかまえた。朝香の歩調がだんだん早くなり、小走りになる。



思えば、その時既に、オレと朝香の恋は終わっていた、と言える。

朝香はオレを捨て、背後のロケバスの中に消えていった。
横を駆け抜けた朝香の残り香が、一瞬、その空間を染め、すぐに消えた。

オレは、終わった恋の後味に苦い笑いを浮かべ、踵を返し、その場を後にした。






男と、女。
まったく、出会いと別れの間には、全てが詰まっている。










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