THE WINDS OF GOD ― 零のかなたへ ― 作・演出今井雅之 (Aug.18 2001)


 全く観る予定のない舞台でした。
息子のSHUがキャンプに行ってしまい、一人残された私。予定通り映画を観に行って、
その帰り道で偶然チラシを渡されました。
ストーリーも何も分からず、でも子ども抜きで舞台観られるなんて滅多にないよな、 なんて思って見にいくことにしました。
当日券2700円引きになるチラシを配っているところをみると、あまり客入れが良くないのかな と思ったら、やっぱり70%くらいの座席率(?)でした。
大掛かりな舞台装置のない、小劇場タイプの作品(しかも子供向けを意識していない作品) を見るのも久しぶりで、子どもを気にせず舞台に浸るのも久しぶりで、楽しかったです。

ストーリー
 「アニキ」と「金太」は、売れない漫才コンビ。ストリップの前座をクビになり、 故郷に帰ることも断念して、とりあえず自転車で町に出ようという途中、事故に遭ってしまう。
 気がついてみれば1945年の8月、彼らの前世である神風特攻隊員として、 太平洋戦争末期の特攻基地にいた。
「記憶喪失」として、病人扱いされながら、他の特攻隊員たちと交流する中で、自らの命を 「お国のために・守るべき人のために」と差し出すことをバカばかしいと思いながらも、 そうせざるを得なかった時代の流れと隊員たちの苦悩、それらをどうにもできない歯がゆさを 感じる2人。そうしているうちにもひとり、またひとりと、 「仲間」が南の空に散っていく。
そんな2人にもとうとうゼロ戦に乗る日がやってきて…。


感想
 まず、基本的に反戦平和を願う作品であって、ホッとしました。
 現代に生きる私たちは、「人が死ぬところ」を滅多に見なくなっています。 「どこかに住んでいた誰かが死んだ」というのと、「昨日まで一緒にご飯を食べていた あの人が死んだ」というのとでは、実感というか、重みが全然違います。 特攻隊員も然りで、「昔、戦争していた頃、特攻で…」という話の中でしか、現在、彼らの 姿を見ないわけですが、彼らも生きていたときは 生きた血の通った人間であり(当たり前ですが) 愛する家族もいれば、それぞれの夢や希望やなんかもあったわけで
それは特攻隊員だけでなく、沖縄や広島や長崎や、東京や南方諸島やシベリア…とにかく、 あっちこっちで亡くなった方、すべての人が、たったひとつの、その人だけの人生を 歩んでいたわけです。勿論日本人だけでなく。
たくさんの人間たちが、自分が望んだわけでもなく、理不尽なかたちで命を落としていかなければならなかった という事実、それが 「昔、どこかで」という話ではなく「となりのあの人が」という現実として、主人公 2人の目の前に突きつけられます。 主人公は、現代に生き、人の死を滅多に実感できなくなった私たちでもあります。
 大義名分のために、自分の命を差し出すなんてばかげたこと、と、平和になれた感覚で そう思っても、過去の人々はそれぞれに真摯に「誰かを守るため」に生きています。 疑問を感じても、理不尽に思っても、「正義」のうねりに抗うことができない無力さ。  主人公と一緒に、そんな思いを感じました。

 わたしは、少なくとも自分の育てた息子が人を殺すのも嫌ですし、無意味に死んでゆくのも 嫌です。「正義」は何なのか、何を守り、誰のために、何に対して「戦う」のか、 しっかり考えなければ、と思っています。
「かーさん、どうしてあの時反対してくれなかったの?」と子供に言われたくありません。


今日の評価
ミシュラン方式に☆をつけるの、今回からやめます。自分のような人間が評価するのは 不遜な気がして。
この作品は、13年間上演されてきたそうですが、この9月の沖縄公演をもって、 上演終了だそうです。開演前のロビーで、若い男性(大学生くらいかな)が、 「内容的に、21世紀にはもっていけないでしょう」と言っていましたが、テーマ的には これからもっと考えなければいけない事のような気がします。

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