チケット発売日に必死で電話をかけてゲットした、わたしにしては珍しく(?)
気合を入れて見た作品です。
久しぶりのミュージカルでした。
台風接近で、朝どしゃ降りの雨を見ながら「こんな日に限って…」と思ったのですが、
小降りになった時に家を出て、浜松町から四季劇場までの道もほとんど雨には降られず、
劇場入り口に着いてしばらくしてから、ザーっと降ってきました。
劇場を出たときは青空が見えていました。
ストーリー
父親が亡くなって、東京から母親の故郷である東北の山村に引っ越してきた勇太。
村の子どもたちになじめず、「ユタ」と呼ばれては毎日いじめられてばかりいる。
一人ぼっちで自信をなくした勇太に、村の老人が「座敷わらし」の話しをする。
満月の夜に、村の旧家の離れで座敷わらしに出会う勇太。
人として生きることを許されなかった座敷わらしたちの悲しみに触れ、
生きていることの意味や、自分の生を磨くことの大切さを知る勇太。
座敷わらしと一緒に過ごす夏の中で、勇太は体も心も強く成長してゆく。
夏が終わる頃、すっかり逞しくなった勇太は、いつしか村の子どもたちになじんでゆく。
そして、勇太に人間の友達ができたとき…座敷わらしたちは。
感想
このミュージカルの原作、三浦哲郎の「ユタとふしぎな仲間たち」を読んだのは
高校生の時ですが、泣きました。20歳になる頃までに、3回は読み返したんじゃないでしょうか。
そういう思い入れのある作品だったので、とても楽しみにしていました。
劇団四季のミュージカルを観るのは、実は高校生の時以来です。(「ユタ」は
何回かミュージカル化されているのですが、私は観るの初めて)
四季ファンの方に殴られるかもしれませんけれど、幕が開いてしばらくは
ミュージカル特有の間の取りかたというか、芝居がかったものの言い方(「今から唄うぞ」
「今から台詞言うぞ」みたいな感じ)と、今ひとつ時代設定と年齢設定の分からない登場人物の衣装
になじめませんでした…(リーゼントに短ランとかさ。小学生のはずなんだけど)
でも、数分で舞台の世界に引き込まれましたけれど。
子どもの頃の夏って、不思議な力が会ったような気がします。
日常の暮らしの他に、自分だけの世界というか、非日常の暮らしがあって、
その中で自分だけの友達と遊んでいたような記憶があります。
この作品で描かれる「座敷わらし」は、生まれてすぐに自分の親からその命を奪われた
子どもの霊魂です。(児童虐待などではありませんよ。飢饉の口減らしです。
親のほうも相当悲しかったに違いない)彼らは深い悲しみを背負いながらも無邪気に明るく
暮らしています。ユタは彼らが願ってやまない「生命」というものを持ちながら、
それを生かしきれずに消極的に生きているわけですが、座敷わらしたちは
それを妬むでもなく、あくまでも優しく、ユタの「生」を応援します。
悲しみを隠し持った人のやさしさって、たまらないですね、私、弱いです。
ユタ同様いじめられている「小夜ちゃん」の東北弁の美しさも印象に残りました。
あと、ユタの担任の先生もいい味だしてます。好きです。
「友達はいいもんだ」っていう、小学校のキャンプファイヤーや「6年生を送る会」
の定番の歌があるんですが、この作品のミュージカルナンバーだったのを初めて知りました。
(小学校などでは、当然?標準語で唄われますが、東北訛りで唄われてるのもいいものです)
全編を通して呪文のように使われている「ワダワダ アゲロジャ ガガイ(我だ我だ 開げろじゃ
母ィ)」という言葉があります。(原作では、座敷わらしの住処である大黒柱の入り口を
開く呪文だったかな)ついに母親に抱かれることなく死んでいった座敷わらしの、
憧れでも、悲しみでもある言葉ですが…
夕方、遊びから帰ってきた子どもの
「かーさん、ただいま。ぼくだよ、開けてよ。」
その言葉に応えて戸を開けてやることは、ささやかな日常の暮らしのひとつですが、
開けてやる母親がいることも、開けてもらえる子どもがいることも、大きな幸せなのかもしれません。
今日の評価
子どもがもう少し大きくなったら、また一緒に観たいですね。
あと、原作本をまた読みたくなりました。(新潮文庫から出てます)