

「あー、なんだか疲れちゃったなぁ・・・」
サマールに到着して数日が経ち、長旅の疲れとは別に私の中にフト湧き出た思い。
いつもの私なら新しい場所を開拓すべく積極的に歩き回り、地域の人々と接するのですが、この日はどうしてもそんな気になれずボーッと海を眺めながらインスタントコーヒを飲んで考え事をしていました。少々”鬱状態”?で様々な思いが心を駆け抜けていきました。
考えたらここ数ヶ月間、ずっと走りっぱなしだったから、疲れが出たのでしょうか。
それともこの数日サマールでこんな出来事と遭遇したからでしょうか。。。
早朝、雨の中、ベルが鳴ったのでドアを開けると、小さな子ども3人の手を引いて細い女性がドアの前に立っていました。この細い細い彼女はなんと、7人の子持ち。旦那は現在刑務所で服役中らしいです。今日も食べるお金がないからシスターに相談にやってきたとのことでした。シスターに言われて彼らのためにすぐにビスケットとジュースを用意しました。シスターLYDIAとGIGI(SHIFTボランティア)が彼女の話に熱心に耳を傾け、なにやら相談をしているようでした。彼女はまだ乳飲み子を抱えているため、家を離れて仕事に行くことができないとのこと。小学生の子どもが手伝える野菜の物売りの仕事をはじめたいとのことでした。こういったケースは大抵、本人がどうしたらいいか分からず支援してもらったお金を活用できずにまだ食べるお金がなく戻ってくるケースが多いようなので、今回はSHIFTユースの子が彼らの野菜売りを指導、フォローアップすることになったそうです。
修道院の一部でもあるチャペルには毎日ある老人がやってきます。GIGIはこの老人を見つけると椅子を出し、ビスケットとジュースを差し出し、一緒に座って話を聞いてあげます。このおばあちゃんは耳が遠くほとんど目が見えなくて、痴呆症の症状が見られ、同じ言葉を何度も繰り返している状態です。1週間、私が会う限りこの女性は同じ服を着ていました。日中はカタルマン市内に出て物乞いをしているそうです。GIGIはおばあちゃんに一食の食事ができるぐらいのお金を握らせ、「ゆっくりして行ってね」と声をかけていました。私も言葉全く分からないけど、おばあちゃんの手を握りながら繰り返される言葉にあいづちを打っていました。
ある日、Sr.Lydia,GIGIに連れられて近くに住む老婆を訪ねました。彼女は先週、長年連れ添った旦那様をなくしました。行ってみると3畳ほどの小さな家(ニパという葉で作られたネイティブハウス)にガリガリのおばあちゃんが板のベットに小さくなって座っていました。先週、この小さなベットに旦那様のご遺体がそのままで寝かされ、その横でこの老婆が付き添っていたそうです。シスターはその姿に涙が止まらなかったと言っていました。雨が降るとかなり気温が下がるため、寄付で集めらたジャケットとチョッキをおばあちゃんに手渡されました。彼女は“ここ数日雨が続き、家が水浸しになったため、砂を積んで水を止めたので今朝から体中が痛いのだ。。”と訴えていました。
Sacret Heart House は聖心会の支援によって非常に貧しいく住む場所がない人々に土地と家を提供しひとつのコミュニティーとして11家族が生活しています。それぞれの家はコミュニティーの人々皆で力を合わせて一軒ずつ建築jしていったそうです。中央には子供達の遊べるプレイグラウンドもあり、理想的なコミュニティーです。
そのコミュニティーを初代から支えてきたNanay DADA(DADAお母さん)が急に癲癇の発作を起し、その後病院で脳溢血を起し意識不明状態になりました。彼女はまだ50代前半です。私が到着した日からこのコミュニティーや現在開発中のSHIFT農場を案内してくださいました。私がここに訪れる度に温かく迎えてくれて一緒に歌い、踊り、笑った Nanay DaDaの突然の病に皆が騒然となりました。彼女の長年の友人でもあるSr.マリベルはありったけのお金を握り締めて病院に走りました。カタルマンにある唯一の小さな市民病院の救急処置室にNanay DaDaは意識不明で横たわっていました。旦那様は涙を流しながら“彼女は眠っているんだよ”という言葉に私も言葉を失い、ただ呆然とぐったり横たわるNanay DaDaを見つめていました。
一時はもうだめかもしれないと思われた彼女の病状でしたが、幸い、彼女は数日後意識を取り戻し、右半身が不随状態であるものの奇跡的な回復をし、現在も治療中です。
しかし、この時の薬代は一日7000ペソで、日本円で約1万4千円。 現地の通貨価値で、1ヶ月の教師の給料より高い金額です。もちろん今回、SHIFT基金を通して支援されましたが、到底彼女の家族が支払える金額ではありません。この支援がなければ彼女は今この世にいないでしょう。。。これからの治療代については現在SHIFT基金を通して様々な方に支援を頼んでいる状態です。Nanay DaDaは 4人の子どもを持ち、末っ子はまだ小学生です。家族としてもコミュニティーとしても彼女を失うことは非常に大きなロスとなり精神的にもとてもとても辛いことなのです。
人の命、誰とも比べることはできませんが、お金があるかないかで命の長さが変わるのも現実です。救える命も薬を買うお金がないために救えないのです。
コミュニティの住人の子どもの一人がトライシクル(バイクにサイドカーのついたもの)の車輪に足を巻き込まれ、足の甲にひどい怪我を負いました。事故から4日ほど経ってからSHIFTスタッフが彼女の事故に気付いた時には、彼女の足の甲は骨が見えた状態で膿み、非常に危険な状態だったそうです。スタッフによって病院にすぐに運ばれ、SHIFTの支援で5日ほど入院し治療の結果、足を切断することなく現在、回復に向かっています。病院代が支払えない人たちはそのままグアバの煮汁で消毒しながら最悪の状態になるまでどうしようもできないのが現状です。

(病院にて回復を喜ぶこSHIFTスタッフと家族)
座り込んでから2時間ぐらい経って、SHIFTでボランティをしているユースリーダの子たちが集まってきたのをきっかけにその妙なモノふけりを中断し、周辺を散歩ことにしました。
遠くに見ると美しいビーチでしたが、歩いてみると、なぜか人糞が。。“そうだ。。ここは人々の公共トイレだったね。。”とGIGI(SHIFTボランティア)から聞いた話を思い出しながら妙に納得して歩き続けました。
すると、なんと犬の死骸が仰向けに転がっているではありませんか!すでに異臭を放っていて、子供達がそれを不思議そうに眺めては砂をかけて遊んでいるのを見て、思わず「触ったらダメだよー!」と声をかけつつ、こちらもその無残な死骸にたまらずそれを避けて別の方向を歩いていきました。
するとこんどは浜辺に浮かぶパピー(犬の赤ちゃん)の死骸に出会い、私の鬱度はさらに追い討ちをかけられ“生きる”ことがあまりに辛いことを感じました。

(SHIFT農場にあるイエス様のご像)
サマール修道院にあるチャペル(お祈りの部屋)からはココナッツの木とその奥に広がる美しい海眺めることができます。私はまたこの妙なモノふけりがなんなのかを探るべく静かな時間をもって考えていました。
このサマールの人々の貧困の中での厳しい生活、こんなに辛い生活の中、彼らにとっての神様はどこにいるのでしょうか?彼らにとっての神様ってなんなんでしょう。こんなに辛いのに、彼らは非常に強い信仰を持っています。辛いからこそ、、、ともいえますが、私は神様に“なぜ人はこんなに異なるのですか?”と聞きたいのです。
サマールの田舎の貧しい人たちにとって神様は”苦しみの神”、イエスキリストがこの世で多くの苦しみを受け、十字架を背負って歩かれたように私達が貧しく苦しいのは良いことなのだと考える信仰があったようです。そのため人々は貧困の苦しみを受け入れているということなのです。
しかし、神様は決して人々の苦しみをお望みになっているのではないと思います。神様は非常に慈悲深く、愛に満ちた存在です。そして同時に人間に”自由に選択する権利”をお与えになりました。その自由さの中で私達は時に神様の意思に反して過ちを犯します。しかし、その過ちすらも、神様は私達が救いを求める以前に無条件の愛で許し、引き続き私達を愛し続けてくださっています。むしろ、その恵を拒否しているのは私達自身なのです。
(参考:10月9日Fr. Victor Salonga.SJ"biblical formations of the spirituality of the Sacred Heart."の講話の”許し”についてより)
ですからこの彼らの苦しみは決して神様のお望みではなく、人間の作り出した悲しい結末だということ。そして、神様の愛はこの目の前に広がる海のように広く大きく、自分は砂浜の砂一粒のように小さい存在であると思うのです。
このサマールの大自然は私達が神様の大きな愛に包まれているということ、また、砂粒のように小さな小さな私達だけれど、一人一人を大切に、心をかけてくださる方がいるのだということを教えてくれました。
この気付きによって私の妙なモノふけり、鬱状態は去り、SHIFTを通して神様がいかに救いの手を人々に差し伸べていらっしゃるかということを改めて見せてくれることになりました。
サマールは不思議な魅力のある場所です。今の私の頭に浮かぶのはサマールの人々の笑顔、子供達の笑い声です。彼らには生きる力が満ち溢れています。
どんなに辛くても悲しくても微笑むことを忘れず強く生きるこの人々に、私達日本人は学ぶことが沢山あるようですね。命ある限り生きることを止めてはいけないのです。日本人は経済発展は遂げたものの、生活の中で別の悩みや苦しみがあるのでしょうね。2004年7月に発表されたの自殺率の高さには驚きました。私が現在勉強してい大学院のクラスで”なぜ日本人は自殺するのか”と頻繁に質問を受けます。お金があって自分達よりずっといい暮らしをしているのに何が辛いのか、というのがこちらの方のご意見。これについては私なりの日本人としての回答がありますが、長くなるので別の機会にしましょう。ともあれ、私達人間はいろんな意味でとっても弱い存在なんですよね。でも、生きていくなかでどんなに苦しいことや辛いこと、またどうしようもない無気力に陥っても、神様がどんなときも共におられること、そしてあなたを大切に思っている人の存在を忘れないで欲しいと思います。
GIGIは分かち合いの中でこんなことを言っていました。
「生活の中で神様の存在が感じられなかったりしてもパニックを起しちゃだめよ。そういう時は神様にそのまま素直な思いを向ければいいんだよ。疑問がわいて混乱してもいいんだよ。それ以上混乱することないんだからさ。あはははー。
悲しいことって言うのは、悲しいのよ。苦しい時は苦しい。でもね、必ずその悲しみや苦しみは喜びに変わるときが来るんだよ。ほら、病院の心レンズを見てみたら波を打ってるでしょ。その波みたいに、良いときも悪いときがあるのが”生きてる”っていうことなんだよ。死んだら何にも反応ないんだからね。旅の中で山を越え、川を渡るように、人生どうしても通らなきゃいけない道があるのよね。その経験の中で神様とより対話し、親しくなり、一致に向かって生きていくことが私達クリスチャンとしての生き方なんだと思うわ」
私は今回、GIGIやシスター方の人々に対する深い思いやり、バイタリティー溢れる行動力に多くを学びました。彼女達の強い信仰心、神様への信頼が彼女達をあれだけ強くしているのだと思います。彼女達の祈りに心を合わせ、私も引き続き頑張りたいと思います。
(追加)
私がここに来る前にここ、カタルマン近くの村で妙な噂がたったそうな。
なんと、あの時計で有名な”SEIKO”会社のオーナがやってくるというのです。
エライ金持ちがくるというので噂はたちまち広がったそうな。
SAIKOとSEIKO.・・・あははー・・と今なら笑える話ですが、
現地ではかなり真実味をもったこの噂、
シスター達は私が誘拐されてはエライことになると
噂がウソであることを人々に伝えなくてはいけなかったらしい。
ご迷惑をかけました。あはは
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