メタボリズム?
ー中銀カプセルタワーとヒルサイドテラスー
今日、偶然にも中銀カプセルタワーと代官山ヒルサイドテラスの2つを見たので、感じたことをメモしておこうと思う。
中銀カプセルタワー
(黒川紀章 1972年)
住居カプセルの集合体。シャワー、キッチン、ベッド等が内蔵されている2.3m×3.8m×2.1mのユニットが、エレベータ、階段を含む2本のコアの周辺に取り付いている。
代官山ヒルサイドテラス
(槙文彦 1969年ー92年)
6期に渡り段階的に計画された集合住宅+店舗・ギャラリ−などの複合建築。現在では旧山手通りを挟む形で街区が形成されており、にぎわいを見せている。
この2作品、ほぼ同時期につくられ(つくられはじめ)、どちらも「メタボリズムグループ」に属していた建築家である。2作品ともメタボリズムの思想を受け継いでいると思うが、そのアプローチに違いがある。
まず、中銀カプセルタワーは当時のメタボリズムグループが考えていたシステムが実現可能であるということを示した点で、すごいと思う。今も尚、その明解なコンセプトやパワーが伝わってきて、わくわくさせられるのだが、それは1つのプロトタイプであり、他の建築家に与えた影響は大きいとしても、それ自身は25年前と何も変わらない。
一方で、代官山ヒルサイドテラスの第1期の建物は、当時、カプセルタワーほど斬新なものではなかったと思う。しかし、周囲の環境の変化への対応が新しい建物をつくっていくことでなされていき、おそらくヒルサイドテラスも周囲に影響を与え続けていたのではないだろうか。新旧の建物が街区を形成することにより、初期の建物もにぎわいを共有することができ、色あせない。
形態という観点からは、よりメタボリズム的なのは中銀カプセルタワーだと思う。この建物は、100%プレファブリケーションの「生活ユニット」が「設備ユニット」にジョイントするという、メタボリズムの思想に即した明解な構造を持っているからだ。しかし、「メタボリズム的思考」という観点からは、代官山ヒルサイドテラスのように、多少は形を変えながらも使われていくもののほうが、よりぴったりするような気がする。

中銀カプセルタワー