食糧ビル
2つの人生を生きた建物

part 1(11月23日)
東京都江東区佐賀町に食糧ビルという、趣のある建物がある。この75年の歴史を持つ建物がその老朽化にともない、取壊されることとなった。その最後の展覧会となるEmotional Site 展(2002.11.16-11.24)に行ってきた。

1927年に建てられたこの鉄筋コンクリート3階の建物は建設当初、日本全国の米の価格を決定するほどの影響力を持つ東京廻米問屋の正米市場だったそうだ。1983年に小池一子氏によりこのビルの講堂が見い出され、佐賀町エキジビットスペースとして生まれ変わる。その後、小山登美夫、小柳敦子、佐谷周吾、那須太郎らがギャラリーをかまえ、若いアーティスト達の表現の場となっていた。 だから、このビルは、75年の間に2つの人生を生き、全く違う役割を果たしたのだ。

はじめの人生は新しい、目立つ建物として。当時この周辺では鉄筋コンクリート3階の建物(しかも搬入用EVもついていた)は珍しかった。中庭は市場として使用され、活気のある取り引きが行なわれた。また、市場が開かれない時は、近くの子供達の遊び場となっていた。また、3階にはビリヤード室、娯楽室、講堂、食堂があり、米業者達の社交の場となっていた。

次の人生は懐かしい雰囲気のある場所として。「ロフト的空間」を探していた小池氏は、雰囲気があるこの場所が、新しいアートを発信する場所としてぴったりだと感じた。60年前に最新だった建物は「古く、懐かしい場所」として、その時代時代の新しいアートと組み合わされた。

「古い建物」には「新しい建物」にはない良さがある。でも、ただ古ければいいという訳ではない。もちろん技術的に優れていることも重要だが、そうではなくても、「ちゃんと使われていた」ことがその良さをつくっているのではないか?と思う。うまく言えないけど。でもひとつ言えることは、この建物は小池氏に見い出されなければ、もっと前に使われなくなり、人々の記憶にこれほど残らなかっただろう。ということ。ものすごい混雑ぶりを見ての感想。


左上:中庭の側廊から 中上:中庭を見下ろす 右上:ビリヤード場だった場所
左下:講堂だった場所 中下:お米模様の装飾 右下:図面が展示されたカフェ

part 2(12月8日)
これで本当に最後となるお別れ会に行ってきた。

先日の「Emotional Site 展」が、アートスペースとしての食糧ビルに関わった人達のお別れ会だとしたら、今回のお別れ会は、昔からこのビルを知っている人達、つまり地元の人達のお別れ会で、佐賀町会の人達が中心となり、模擬店の出店、お神輿の展示、イベントなどが行なわれていた。

東京都無形文化財 深川力持睦会による「深川の力持ち」の演技は、1俵60kgもある米俵を使ってバランスをとる演技と、仰向けになった人のお腹の上につぎつぎと重いものを乗せていく演技で、正米市場だった時代が伺えるような、活気に溢れたものであった。

もうひとつのイベントは昔講堂だった場所での、小松勝さん、北村聡さんによる演奏。タンゴの調べがとても美しく、この場所が講堂としても質の高いものであったことがうかがわれた。

2回のお別れ会を終え、この75歳の、顔がとてもひろい食糧ビルは、やっとみんなにお別れの挨拶ができたようだ。


左上:5箱+米俵60キロを片手で 中上:お腹の上で餅つき 右上:総重量約800キロ
左下:肉まんの出店       中下:タンゴの演奏   右下:北村さんと小松さん 

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