vol.2
ー大停電の日ー

先週の木曜日、夕方の4時ごろだったと思う。 僕は学校で授業を受けてた。 急に電気が弱くなって、室内が真っ暗に。 「あ、停電だ」なんて軽く思っていたけど、 窓から見ると、ほかのビルも真っ暗。

外に出てみると、信号もついてない状態で、イエローキャブやバスが クラクションを鳴らしながら、行き交っている。 大勢の人たちが”どうしたんだ?”って顔で立ち止まってる。 でも、そんなに混乱にはなってない。

僕はその足でグランドセントラルステーションへ。 真っ暗な駅構内の中では、警察官や軍人がライトを照らしている。 非常ベルがなり続いているお店の前で、 困惑顔で立ちすくんでいる従業員がいたり、 すぐに店じまいをしている人もいる。

観光客と思われる人たちは、大きな窓から太陽の光がさしている 中央コンコースですわりこんだり、駅員に話を聞いたりしていた。 地下鉄も止まってしまっていることを確認。 真っ暗だから、ホームまでなんてとてもたどり着けそうにないしね。

学校が入っているビルに戻った僕は、入り口でクラスメート数人と遭遇。 彼らもカバンをおきっぱなしで外の様子を見に出てきたんだけど、 もう中には入れてもらえないんだそうだ。 「カバンの中に財布がはいってんのになぁ」って思いながら、 しばらくそこでべっちゃくっていると、ほかの生徒がカバンを持って出てきてくれ た。 ”助かった。これで水や食料を買える。”と一安心。

ビルの中にいても、何も状況がわからないので、友人と二人でコリアンタウンの 友達がバイトしているであろうデリ(コンビニのようなもの)へ。 コリアンタウンでは、店先で食料を売り出していた。 さすがアジア人というべきか、すばやい対応だと感心した。 道中、車のラジオを聞き入っている人だかりを何回も見た。 その中の一人に聞いてみた。 「マンハッタンだけが停電なの?」 「違うよ、他の州もそうだし、カナダも停電みたいだよ。」 ”こりゃ、大変だ。復旧まで時間がかかるのかも。”と少し心配した。

デリでバイトしていた友人もどうしていいのかわからないみたいだった。 でも、彼は店からあまり離れられないんだそうだ。

一緒にコリアンタウンまで行った学校の友人の家へ行く。 彼のアパートメントの隣のHotelでは、玄関先に情報を大きな紙に書いてだしてい た。 「これはテロじゃない。」「復旧は夜中の12時ごろ」なんてことが書かれてあった。

デリで買ってきた弁当を友人の家で食べ、 しばらくしてから、自宅へ帰ることにした。 Manhattanから自宅のあるBrooklynのGreenPointまでは 直線距離では、そんなに遠くないのだけど、 EastRiverを渡るため、QueensBoroBridgeまで行かなければならない。 「けっこう歩くな」と思いつつ、主要な道路を見ると大混雑。 バスも「これ以上乗せられません。」なんて表示しているくらい人が乗ってる。 イエローキャブなんか乗ったらいくらとられるかわからないので、 やっぱり歩いていくことにした。

30stから5thAvenue沿いに北上。 QueensBoroBridgeは57st。 途中、真っ暗なデリが、ロウソクをともしながら営業してたので、 インスタントカメラと水を購入。

42stで右折して、グランドセントラルステーションの前を通ると、 大勢の人たちが地面に座り込んでる。 そんな様子をカメラで撮りながら、3rdAvenueへ。 あたりはもう真っ暗になってた。 それでも、僕と同じようにひたすら歩いて帰路につく大勢の人たちがいる。

歩いていると、道端でビールを飲みながら話している人たちを発見。 その人たちの後ろにはBarがろうそくの灯で営業してした。 僕も早速ビールを購入。いつもはもっと高いんだろうけど、 そのときはは2ドルでボトルのビールが買えた。

この日ばかりは屋外でビールを飲んでも誰もとがめる人がいないみたいだ。 (法律で屋外での飲酒は禁じられている。)

一休みしたあと、QueensBoroBrigdeを目指しまた歩き出す。

あいかわらす車道は大混雑の上、クラクションが鳴りやまない。 自家発電のビルの中ではロビーに人が集まって休んでいた。 発光ダイオードのスティック(よくお祭りなんかで売ってるあれ)がひとつ10ドル で売られてる。

やっとQueensBoroBridgeの入り口に到着。 でも、なんだか騒がしい。 消防車が何台も来ている。 その先には炎上した車だ。 先を急ぎすぎて壁に激突したみたいだ。 (ちなみにあちこちで火事があったようです。) しょうがない、他の入り口へ。 4車線あるうち、2車線が歩行者用になってた。

懐中電灯を持ってる人の明かりを便りに、 大勢の人たちと橋を渡る。 車道では、荷台に何人も乗せながら走っているトラックもいた。 そうそう、Manhattanの街中では、 歩行者と車の運転手のこんな会話をよく見た。 「どこまで行くんだ?」 「Harlemの〇〇丁目。」 「同じ方面だ。乗ってきな。」

バスで走ると2,3分で渡りきるQueensBoroBridgeも 歩くとかなり距離がある。 途中、妊婦さんがダンナさんと休憩してたけど、大丈夫だったかな?

僕の後ろを歩いてるアメリカ人男性が 「みんな携帯電話を照らそう!」なんて大声で叫んでた。 こんなときは携帯電話の液晶画面も立派な懐中電灯だもんね。

真っ暗なManhattanを横目にひたすら歩きつづけ、 やっとQueens側へ。 ここからは大勢の人の流れと離れて、僕は一人Brooklyn方面へ。

大きな交差点では、警察官が信号のかわりに交通整理をしていた。 警察官の横に立つと、彼は僕に「Well done」って声をかけてくれたから、 敬礼で返事をした。

30stを出てから約2時間。 やっと自宅に到着。でも真っ暗。 とりあえず、以前購入したアロマキャンドルに火を灯してシャワーを浴びる。 そのあとは”もう寝るしかないかな”なんて思ったけど、 外で一服することに。

アパートの前の道端でタバコを吹かしてたら一台のタクシーが停まった。 中から誰かが出てきたけど、暗くてわかんない。 すると、中から出てきた背の高い男性は僕のアパートの前にきて、大声で 「Hayato---------!!!!」っと叫んでる。 「似たような名前があるもんだなぁ」なんて思ってると、 やっぱり「Hayato-----------!!!」ってまた叫んでる。 「へっ?」って思いながらも、きっと僕のことだと思い、 「僕がHayatoだけど」って言うと、 その男性は、こっちにきて「Oh!Hayato!」って大喜び。 暗くてよくわかんなかったけど、彼は僕のルームメイトの友人のチェコ人。 久しぶりの再会だったんだけど、お互い顔は覚えてた。 よくよく話を聞くと、僕のルームメイトがアパートのカギを忘れてきたらしい。 で、「彼はどこにいるの?」って聞くと、道の反対側にいた。 お互いの無事を確認できたことを喜びあって、部屋の中へ。 すると彼らは「飲みに行こう!」だって。 「どこへ行くんだ?」って思ったけど、部屋にいても真っ暗なので、ついていくこと に。

アパートの近くに最近できたばかりのBarが営業していた。 店内は大勢の人でにぎわってる。 明かりはたくさんのロウロク。 そこのお店は生ビールを出してたけど、そのあと行ったお店はボトルのビールだけで 営業していた。

大停電だってのに、たらふくビールを飲んだ僕らはアパートに帰ってきて、 部屋は暑くて寝れそうにないから屋上で寝ることに。

屋上は風が吹いていて、気持ちよかったけど、 さすがに明け方は寒くて、ルームメイトを残したまま部屋で寝てました。

次の日の夕方、4時ごろ。 僕の住む地域の電力がやっと復旧しました。 なかなか経験できないことを経験しました。

復旧後に知ったのですが、各所でいろんな助け合いの様子が見て取れたようです。 冷静さを失わないどころか、逆に真っ暗なNYを楽しんじゃってるNYerには脱帽です ね。

心配してくれた皆さん、ありがとうございました。
hayato
08/20/2003

写真左:部屋から見えるいつもの夜景・写真右:停電の日の写真

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