タイトル
月刊TOWNNET
1999年3月号

 NO2    陶芸はリズム運動

 リズムという言葉は音楽用語である。
ワルツは3拍子で行進曲は4拍子、どなたもご存じであろう。
そんなリズムに乗ると歩くのも踊るのも快適であり楽しくなる。
音楽のようなはっきりとしたリズムでなくとも、「生活のリズム」といった言い方もある。
 
 私は若い頃テレビの番組制作に携わっていた。
色々な番組を制作したがゴルフ番組を担当したこともある。
当時の一流プロたちのゴルフを間近かに見る機会もしばしばであった。
彼らの一打一打をよく観察すると面白いことに気づいた。
バックからクラブを抜きとるところから始まって打ち終わるまでの間、その仕種は決まって同じである。だから費やす時間も殆ど同じである。
どう打つべきかを考えるのはその前のしごと。決心がついたら同じリズムでスウィングする。それがプロである。身体の緊張、精神の集中はこのリズムの中に安定するのである。野球やテニスでも同じである。投球しようとするピッチャ−もサ−ブをするプレイヤ−もその仕種はいつも一緒である。
たまにそれが狂うと最初からやり直す。再びリズムを感じるためである。

 これは陶芸にも言えることである。
陶芸の場合、大別してふたつの種類の作り方がある。
ひとつはいわゆる一点もの、花入れや茶陶のようにこの世にたった一つの器を作ることであり、もうひとつは日常食器などに代表される組み物を作る方法である。
とりわけリズムが必要なのは組み物の場合である。同じものを10個も20個も並べようとしたらリズムなしには適わない。
轆轤を始めてしばらくすると、誰でも同じものを少なくとも二つは作りたくなる。夫婦湯呑み、茶碗の類である。このレベルにまできた生徒さんには、こう聞くことにしている。
「二個目はどういう風に作ろうとしている・・?」
「一個目を目の前において、それを真似ようとしています」。
大抵はこんな返事が返ってくる。何を真似ようとしているかと言えば、それは姿形である。だから一寸づつ指を使って挽きあげたり、膨らませたり、すぼめたりしている。随分と長い時間をかけて真似ようとしながら、結局姿も寸法もかけ離れたものになってしまう。
一個目を真似るのはよいとして、しかし、それは姿形ではないのである。
一個目を作った時の手順と手数でなければならない。それがリズムなのだ。
一個目に30秒を費やしたのなら二個目も同じである。
似せるために10分もかけて挽いたら同じものになるはずもない。
二個目を一個目に似せるのではなく、二個目をあらためて一個目のつもりで挽くと結果的に似たものになる。それがコツである。
前回、芯だしは中心を探すのではなく、求心力を利用して土が勝手に中心に据わるのを待つと書いたのと同じで、似せるのではなく似るのである。

 少し整理しながら棒挽きといってひとつの大きな土塊から同じものを何個も作るコツを、基本的な湯呑みの場合で書いてみよう。
縦長の富士山みたいな形で土を轆轤の中央にすえたところから始まる。
先ずは一個目に使う土の量を決める。二個目以下同じ量でなければ同じものができる筈もないのは当然であるから、これは大事である。
初心者は大抵適当な土玉で始めてしまう。だからしっぴきで切り取り、秤で計ってみると重さがまちまちである。ここでまず同じものができないことがわかる。
私の場合、土塊の天辺、つまり富士山の頂上の広場みたいな部分の直径を、そこにあてがった親指の長さにする。次ぎに、頂上から裾野に向かう斜面の角度を人さし指を使って一定にする。とんがった富士山だったり、平べったい富士山だったりでは土の量が変わってしまうのは言うまでもない。
それができたら、左手の指を隙き間のないように閉じて頂上から斜面にあてがい、三本目の指、薬指に僅かに力を入れて筋目をつける。土は回転してるのだから簡単に天辺と平行な筋がつく。その姿は市販のプリンみたいな形になる筈である。そして、もしここで切り離したら、私の場合250グラムの土玉になるのである。二個目以下、同じ仕種をする必要があるのは言うまでもなかろう。
さて、いよいよ穴をあけて造形に入る。
そこで手順と手数を決めることになる。挽きあげるために使う手数は5回である。
一回目、 親指を使って穴をあけ臼みたいにする。
二回目、 しっぴきで切り離す際の目安になる筋目(さっきの薬指の線であるが)と見込み(器の内側)の底との関係を最適にするため右手の中指で底土をえぐるように器の外側にあてがった左手人指し指との間で挟み込むようにして多少挽きあげる。これで底ができたことになる。
三回目、作りたい湯呑みの高さを決めるための挽きあげにかかる。
右親指、人指し指を左手甲に添えるようにして両手の一体感を作り、器の外、内側から挟んで挽きあげる。そして、器の内側に差し入れた右中指一本分の高さになるようにする。ほぼ9センチになるはずである。土は焼成すると収縮するから気持ちこれより高くする場合もある。
四回目、ここまでは湯呑みというよりは小さな土管のような姿なので、ここから造形にかかる。どんな姿の湯呑みにしたいのか予め決めてあるので、一気にその形になるよう膨らませたり、すぼめたりする。
一手で決めるという覚悟が必要である。ためらいながら何度も土に触れるのはよくない。寸法も狂うが、器としての力強さも失うことが多いからである。これで四回である。
ではあとの一回が何かと言えば、もし四回のどこかで違うなと感じたら一回だけは余分にさわってもよいというスペアである。無理に使う必要はないが、この予備が僅かに緊張をゆるめ、リラックスをもたらすと思っている。

 この手順と手数を揃えようと心がけて挽くと、組み物らしい雰囲気が漂ってくる。途中で休憩などしてそのリズムに狂いを感じるようになれば相当なリズム感が生まれたと言っていい。まるで音楽を演奏するように緊張の中に心地よいリズムを感じて同じ器が並ぶのを見るのも陶芸の楽しさである。
夫婦茶碗などを友人にプレゼントすると、それだけで上達を認めてもらえるに違いない。