
陶芸を始めて暫くする間に殆どの人が味わう幾つかの感動がある。
思いつくままに書いてみると、
初めて触れる粘土が思いの外手触りが良く気持ちの良いこと。
とても適わぬと思っていた轆轤で、初めて器らしきものが挽けたとき。
最初に作った器が作品になって窯から出てきたとき。
生まれてはじめての作品が,釉薬の光沢に包まれて焼きあがったときの感動は忘れることはできないに違いない。
私にも覚えがある。それは湯呑みのつもりで作ったぐい呑みもどきの小さな作品で、今でも捨てずに残してある。これが出発だったのだという感慨があるからである。
今回は焼成について書いてみよう。
陶芸が絵画などと根本的に違うのは、人知の及ばぬ「火」をくぐらねばならないことである。
どんなにうまく挽けたと思ってみても、窯の火は無情であり、弱点を許しはしない。
亀裂が入ってみたり、思いがけない釉の発色に失望したりもする。
その繰り返しの日々を「焼き一生」と古人は言ったに違いない。
思えば遥かなる道である。
手捻りであれ、轆轤であれ、挽きあげられた器は、季節にもよるが概ね1週間か十日で自然乾燥する。
この間に蒸発した水分は25%くらいで、これを収縮水という。
粘土に粘りを与え、形を作るために必要な水分のことである。
乾燥が終わった器を素焼きすることになるが、充分乾いた筈であっても、空気中にある水分と同じ程度には湿っていて、2−5%である。
これを被膜水という。水分についてだけ言えば、収縮水や被膜水とは別に素地土や釉薬に含まれる鉱物と化学的に結合した結晶水という水分が残っている。
素焼きの窯で熱を加えてゆくと、300度くらいまでに被膜水が蒸発し、
350度から600度くらいまでに結晶水も蒸発することになる。
この間の温度推移に無理をすると、器は割れてしまうことがある。
卵を抱く鶏のように、ゆっくりと丁寧に加熱してゆく必要があが、とりわけビギナーの作品は土に無理がかかっていることが多いから、私の場合、ここまでに8−9時間をかける。
600度までに水分だけでなく、土に含まれる有機物なども分解、焼失されてゆく。後の本焼きを綺麗に仕上げるために大切な過程である。
従って手抜きは許されない。
750度から800度で素焼きを終わらせるが、これ以下だと必要な焼き締まりが得られず、これ以上だと通水性を失い釉薬が乗りづらくなるからである。私の場合12時間ほどの作業になる。
24時間近くをかける本焼きに比べれば半分ほどの作業であるから、案外に楽な仕事と思っているのだが、一日8時間勤務の会社勤めと比較すれば一日分以上の仕事なわけで、素焼き、本焼きを合わせて年間50回もの窯焚きをするのは結構重労働でもある。
さて、素焼きを終えると、備前焼きに代表される無釉の焼き締めを除けば、釉薬をかけて本焼きをすることになる。
焼成の方法は、基本的には2種類ある。
酸化焼成と還元焼成である。どう違うのかを説明するのは、実際に窯を焚いたことのない方には解かりにくいことかもしれない。
極く簡単に言えば、酸化焼成は窯に充分な酸素を供給(空気を送りこむ)して完全燃焼させることである。その結果、土や釉薬が含む金属鉱物が炎の酸素と結合して酸化物に変わることである。
還元焼成はその反対で、空気の供給を押さえることで、その還元炎が金属鉱物から酸素を奪い還元させて発色を引っ張ることである。
具体的に言えば、銅は発色剤として伝統的に使われているが、酸化で焼くと緑色になり、還元では赤く呈色する。織部の緑が前者で、辰砂の赤が後者である。
では実際に酸化と還元をどんな風に操作するのかにふれてみよう。
落ち葉などでする焚き火を例に話すと、こんもりと盛り上げた落ち葉の底を持ち上げるようにして火をつけると、下から空気が入り、勢いよく燃えはじめる。暫くは大きな炎が見える。この時が酸化焼成である。
落ち葉の隙間に空気が沢山あるからよく燃える。
さらに上から落ち葉を継ぎ足すと、炎が消えモクモクと煙が出る。
大きな炎は見えないが燻すように燃える。この状態が還元焼成である。燃えかすの灰と上からの落ち葉が空気の流れを塞ぎ、完全燃焼を妨げているのである。その証拠に棒切れなどで下から空気穴を作ってやると勢いづいて燃えはじめる。
つまり、煙突を作って内部の空気の流通をよくしてやったことになる。
一般的には、物を燃すという作業は完全燃焼させることだから、最も燃えやすい状態になるよう煙突を作る。この煙突の長さが適当でないと物は充分には燃えない。
陶芸の窯の原理も同じである。窯を設置する場合、充分な完全燃焼が得られるように適当な長さの煙突を用意する。酸化焼成のためである。還元焼成する時は、この煙突を操作して空気の引きを悪くすることになる。そのためにダンパーとドラフトという穴が用意されている。
小さなレンガの板を入れたり抜いたりすればよい。
ダンパーは流れる空気の速さを変えずに流れる量を変える仕組みであり、ドラフトは煙突を短くしたのと同じ結果を発揮して、空気の流速を変えることができる。
24時間の焼成の間に、ダンパーとドラフトを操作して還元焼成に導いてゆくが、このタイミングと昇温の推移が焼きあがりに大きな影響を持ち、どれが正しいと言いきれない難しさを秘めている。
焼成が一生の課題である所以だ。
焼成については次回でもふれよう・・。
