陶芸雑感

               第7話

技術的な話が続いた。そこで今回は少し周辺の話題について触れてみようと思う。
前にも書いたことだが、昨年前までの私の本業は病院の事務長だった。(平成11年現在)
本業の傍ら寸暇を惜しんで轆轤を挽いていた頃、陶芸を本職にしたらさぞや思う存分やりたいことが出来るに違いないと思い描いていた。
先ずは挽きたいだけ挽くこと・・、釉薬の調合比率を克明に記録してのテストテストピ−ス作り・・、個展や展覧会巡り・・、器の表面に描く様々な草花紋のためのスケッチ・・、数えればきりがないのだが、実際には殆ど思うようになってはいない。

 正式に教室を始めて半年になろうとしている。
週に三日の教室日はてんてこ舞いである。マンツ−マン方式を標榜しているだけに、今日始めたばかりの人、既に轆轤を挽き始めて肝心なところにさしかかって入る人、焼成のための釉掛けをしようとしている人・・、指示や指導はひとりひとりで違う。助手がいるわけではないから、
「ちょっと待って・・・、」と言いながら工房を動き回る。
手持ちぶさたにさせないためには手際が何より大切である。
病院時代の知恵で生徒ひとりひとりにカルテを用意して、先週までの記録をとってできるだけスム−ズに作業ができるようにはしてある。月謝を払って貴重な時間を通ってくるのだから、可能な限り短時間で上手にしてあげたい、が私の信条である。

 教室の一日が終わるとヘトヘトではあるが、棚に置かれた生徒さんの作品が日に日に形になってゆくのを見て癒される。しかし、教室の壁に張り巡らされた四段の棚があっという間にいっぱいになってゆくのを見るのは恐怖でもある。24時間の焼成を何回やれば片づくのかが頭をめぐる。
これを書いている今も本焼きの最中であるが、これ以外にもうひと窯分の巣焼きが残っていて、来週も焼かねばならない。
それに加えて、棚には素焼き一回分の作品が乾燥を待っている。
素焼き一回分は本焼き二、三回分に相当するから・・・と考えると、器が夢にまで追いかけてくる羽目になるのである。
最初の頃は生徒さんの作品半分、私の作品半分で焼成できたのだが、今ではそうもゆかない。従って、私の作品はそれだけでもうひと窯焼かなければならず、なかなか日の目を見ないことになる。
時々、ピアノの先生が羨ましくなる。音は消えて残らない。乾燥のための棚も不要なら、其れを管理する手間もいらない筈である。
教室日の三日間はそれにかかりっきり、それ以外の日、月、火と金曜日が自分の時間であるが、大抵はその月曜日に焼成をすることになる。
となると、日曜日に窯詰め、月曜から火曜にかけて22-3時間の徹夜焼成をすることになる。火を止めた火曜日は、月に一、二度の割合で笠間、益子に出向き土や材料を仕入れたり、ギャラリ−を覗いて勉強することで費やす。
あっという間の三日間である。
自分の作品を挽くのは窯焚きの日が主で、あとは教室が終わってからの深夜ということになる。しかし、考えようによっては、限られているからこそ集中して制作出来るような気もする。

 今夜もそうなのだが、誰もいない日中に窯を焚きながら50センチを越える大皿を四枚挽いた。土だけでも50キロくらい使ったことになる。かなりの重労働であるが、適度の緊張と集中のあとの心地よさを味わってもいる。
秋の出品を目指しての作品であり、いつ焼けるのかこころもとないが、陶芸に一夜漬けは不可能なので、出来るときに準備しておかねばならない。
コンペティションに挑むことは自分自身への励みでもある。
入選するしないにかかわらず、目指すことが力になってゆく。

 先日も、かねて親しい笠間の陶芸家小林政美さんの作品が入選していることもあって、第十五回日本陶芸展を見た。
折りにふれて作品持参で窯を訪ね、気さくに批評をしてくださる小林さんの作品は目に馴染みがあるのだが、ライフワ−クにもなっている風穴シリ−ズのオブジェはこの展覧会でも三度目かの入選でしっかりと「私の世界」を示している。
更に、昨年工房の別室に通されて今までの受賞作品を惜しげもなく手にとって見せてくださった会津本郷の名門窯、宗像利浩さんの利鉢の重厚感も見事であった。

 小林さんにしても宗像さんにしても、その窯場を訪ねると凛とした空気が漂っている。そこにしばらくいるだけで沸々とした気が身に染みいる思いがする。お二人とも実に気さくで、気取らないお人柄であるが、そのこととは別にやきものへの本気が実に美しくも、爽やかである。
前衛に位置する小林さんに研ぎすまされた感性が、そして名門を背負う宗像さんには歴史に裏付けられた伝統の重さがしっかりと根付いているのだが、そのどちらでもない私が目指すものへの困惑、それを探しての旅は果てしないようにも思える。
幾つかのヒントが頭jの中を揺れている。試行錯誤を友として寸暇を惜しむ作陶の日々を重ねるしかあるまい。幸いなことはそれを楽しむくらいの齢であることかもしれない。
  
 さて、窯は攻めに入り、健気にも息を荒げて頑張っている。
しばらくはその窯の傍にいてやることにしよう・・・。

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