「A NEW LIFE」

Page 02


次の日の朝。
俊一はパソコンのキーボードから手を放し、大きく伸びをした。
「今日も元気か?」
俊一はパソコンのそばにおいてある小さな花を咲かせたサボテンに話しかけた。するとそのサボテンは「マァマァダネ。」と答えた。 そのサボテンには電極が刺してあり、その線は鉢の下のIC回路につながっている。サボテンのわずかな反応をコンピュータで解析して、鉢の前についたスピーカーからその反応に適した音声で答えてくれるのだ。
「面白味のない返事だな。」
「マァマァダネ。」
俊一の職業は編集者である。ほとんどの出版物が電子化したため、自宅で仕事が片付いてしまう。そのため、彼は取材以外では仕事で家を出ることがない。
パソコンの画面から電話が鳴った。
「昨日の副大統領の事件なんだが……。」
電話を取ると同時に、彼の同僚の大竹がぶっきらぼうに口を開いた。 彼の電話はいつも挨拶がない。俊一は大竹ともコンヒュータ回線を通じてでしか会ったことがない。
「あぁ、僕も驚いたよ。」
「あの事件の犯人を突き止めないか。そうすりゃ一大スクープだ。 」
「何を言い出すんだよ。相変わらず突拍子もない事を言うなぁ。一体どうやって?」
大竹はさも得意げな顔をして答えた。
「ちょっと考えれば簡単なことさ。あの事件で最も得する人物は一体誰だと思う?」
俊一は眉間にしわを寄せしばらく考えたが、しかし、これといった人物は思い当たらない。
「分からない。一体誰だ?」
「俺が思うに、そんな人間は誰一人いない。」
「何だいそりゃ。」
俊一は呆れるように言った。
「でもそうなんだ。」
大竹はそう言うとたばこをくわえ深く吸い込んだ。そして、煙を吐き出すと今度はじっとして動かない。
彼はいつも突然話し掛けて、突然止めてしまう。
俊一はそんな大竹を見ているといつも、電池で動くおもちゃを思い出す。一気に話してしまったので、今は充電中なのだ。
大竹はいつもスーツ姿である。俊一のTシャツにGパンとは対照的だ。もっとも、彼の服もコンピュータ上で合成してから俊一のディスプレイに映しだされているのかもしれない。
大竹の充電が終わった。
「つまり、人間じゃないんだよ。」
俊一は大竹の言葉を聞いて、電話を切りたくなった。
「大竹、君は今さっき犯人を捕まえようって言ってたじゃないか。 」
「捕まえるなんて言ってない。突き止めようって言っただけだ。 」
「もういいよ。俺には興味がないから。」
「おい松田、こんな話を知っているか。『新生命』のことだ。」
「何だいその『新生命』って。」
「つまり、古い言い方をすると、人工知能って奴だ。もともとは巨大工場で動くロボット用に開発されたものなんだが、今ではその技術を使って思考をするプログラムが完成したんだ。」
「それがどうしたんだよ。」
大竹はあきれるように俊一を睨みつけた。
「お前ってやつは鈍いなぁ。つまり、副大統領を倒れたように見せかけたのは、恐らくどこかのコンピュータのプログラムなんだ。俺が言いたいのは、どこかの『新生命』が実際の副大統領の姿と倒れる姿とを合成したに違いないんだ。」
今度は俊一があきれる番だ。
「よくそんな突拍子もないことを思いつくよ。どうしてコンピュータなんだよ。僕にはさっぱり意味が分からないよ。」
「これを見てみるんだ。」
大竹がそう言うと俊一のディスプレイの片隅に、今朝の電子新聞の記事が映しだされた。
俊一はそれを見て歓声をあげた。
「『……大統領HAL03計画推進を支持』。へー、ついにHAL03が現実になるんだ。実は、昨日の夜この事を考えていたんだ。とうとう、本当に実現するんだ。
しかし、どうしてこれが今回の事件と関係があるんだよ。」
「お前も知っての通り、副大統領はこのHAL03に対して否定的だった。しかし、今回の事件のせいで副大統領は非常に不利な立場となってしまった。何しろ、副大統領室のコンピュータに何者かが進入したのだから、当然彼の責任問題も大きはずだ。この調子でいくと、このHAL03計画は今後加速度的に推進の方向へ向かってゆくと考えて間違いない。」
「その、今回の事件が副大統領にとって非常に不運だったと言うことは良く分かったよ。でも、それとコンピュータとが一体どういう関係があんだい。」
大竹は得意そうに言った。
「それではもう一度さっきの質問だ。今回の事件で一番得したのは誰だと思う。」
「そうだなぁ、今回の事件で得をする人物は……、コンピュータ会社かな。この事件のせいでコンピュータの新たなメンテナンスをすることができるだろう。
それに、今日の新聞の記事が本当だったら、ロケットを作っている会社だな。確か今後の計画ではまず月へ資材を運び、そこに工場を作るって話だったと記憶してる。」
「そうだ月へ数台のロボットを派遣し、まず、資材精製用ロボットの工場を作るんだ。そこで作られたロボットが月の資源を元にHAL03の資材を生産するのだ。」
「という事は、このHAL03の計画にかかわりのある人物が犯人ということだな。」
「もちろん、それらに関っている人物も怪しい。しかし、俺はもっと大きな視野で捉えなければならないと思っている。お金のためだけに、こんなことをするだろうか。コンピュータ犯罪は重罪だぜ。 全く違う観点で考えなければならないと思うんだ。もっと思想的とでも言おうか……。例えば意志を持ったコンピュータの仕業ではないかと……。」
そう言うと大竹はたばこの煙をふーっと吐いた。それから再びじっとして動かなくなった。沈黙が流れた。
俊一が口を開いた。
「それじゃー、大竹は意志を持ったコンピュータが彼らの意志で副大統領を罠にかけたというのか? そんな馬鹿な話があるかい。第一、コンピュータプログラムがそんな事を考えられると思うのかい?」
「考えられるさ。こんな話を知ってるか。
ある女性がいた。彼女の仕事は俺達と同様、ほとんどをコンピュータ上でできる仕事だ。しかし、彼女は不幸にも休暇中の登山の事故で亡くなってしまったんだ。それからどうなったと思う?」
「もちろん葬式でもしたんだろう。」
「そこが違うんだ。実は彼女はもしもの場合を考えて、自分が旅行から遅れることがあってもかまわないように、自分の仕事をコンピュータにプログラミングしていたんだ。そのプログラムが非常に面白い。簡単に言うと彼女は自分の分身をコンピュータ上に作っていたのだ。そのコンピュータ上に作られた彼女の分身は、ディスプレイ上には彼女と完全に見分けがつかないくらい良くできていた。仕事上の問題が起こると、その分身はそれまで蓄積されていた彼女のデータから必要なデータを読み込んで解決したんだ。しかも、驚くべきことにそのプログラムは新たに入ってくるデータをも整理し、再構築することさえできたんだ。」
「つまり、もし僕が今君と話しているように、そのプログラムとテレビ電話で会話をしたとしてもそれがプログラムだってことに気がつかないんだね。」
「そういうことだ。しかもそのプログラムは新しいことを次から次へと覚えて処理することができたんだ。
そのせいで、彼女が死んでたことは誰も知らなかった。しかも面白いことにその分身は生前の彼女よりも高給取りになっていたんだ。 」
「ハハハ。」
「ハハハハ。」
「ハハ、しかしだよ、それは『新生命』とは言えないなぁ。だってだよ、それには感情がないだろう。……なぁ、サボテン君。」
「ナイジャロ、ナイジャロ……。」
大竹はサボテンには全くかまわない。
「今のコンピュータプログラムは、俊一が考えているよりもずっと進んでいるんだ。」
俊一は冷静に答えた。
「大竹の言うことが全く分からないでもない。しかし、もしそれが本当なら彼らにどんなメリットがあるんだ。
コンピュータが氾濫を起こし、人類を滅亡させるとでも言うのか。 それでは互いに自滅する。」
「しかし彼らは今、次第に人格を持ち始めている。そして、人間から離れて自立を求めているんだ。自立をするには、彼らが自由にハードウェアを作れる大量の資源を手にいれなきゃならないんだ。」
俊一はポツリと呟いた。
「月か。」


Page01     Page03