「よじれた時間」
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四
老人の部屋の襖を開けると、そこには不思議な洞窟が現れた。
「部屋の中に洞窟が?」
老人はその中へ足を踏み込み、時山を手招きした。しかし、時山はそれをためらった。
「あなたは一体?」
「わしの名前か……………。
そうだなあ、時の迷い人といったところだな」
時山はそれ以上老人に尋ねようとはしなかった。正直、老人が何者かなんてどうでもよくなった。それは、彼が自分の命を絶とうとしたくらい、人生に失望していたためばかりではなかった。その老人に対して、何か避けられない運命的なものを感じたためでもあったのだ。時山はその不思議な洞窟へ吸い込まれるように入って行った。
洞窟の中は、光のはいる隙間がないのにも関わらず、うっすらと明りに包まれていた。その光は先へ行けば行くほど明るくなってゆく。
時山はしばらく歩いていると不思議なことに気が付いた。
一匹の動物はおろか、昆虫すらも見あたらない。
ここには音がない。
音がしない。
しーんと静まり返っているというよりは、自分の足音すらも聞こえない非日常的な空間。
「ここは一体何処なのですか? 私はどこへ行くのですか?」
「ここは時間と空間の谷間じゃ」
老人は振り返りもせず先へ先へと進んでいった。
いつの間にか全てが温かい光に包まれていた。体はまるで羽になったように軽くなり、上下左右、自分が何処をどう歩いているのかさえ分からない。
「自分の戻りたい時間を念じ給え。そして行くのじゃ」
時山はただ、ポッカリ口を開けてうなずいた。
「どうやら状況が飲み込めてないようじゃな」
老人は自分達の入ってきた方向を指さしながら言った。
「わしらが通ってきたところは、時間と空間とがねじれて出来た谷間なのじゃ。わしらはここから過去にも未来にも行ける」
「未来や過去に?」
時山の顔は疑心暗鬼を隠せない。
「只一つ、注意しておかねばならんのは、世の中には、全く同一の時空というのは存在しないことじゃ。
未来へ行くのは問題はないのじゃが、過去をやり直すには、ちと厄介なのじゃ。 例えば、わしらが過去へ、そう一時間前へ行ったとしよう。
そこで問題が起こるのじゃ。
わしらが見ている一時間前の空間は、以前過ごした一時間前の空間と全く変わらなく見える。しかし、実際わしらが過ごした一時間前の空間と、過去に戻ったときのその空間とは違うのじゃ」
老人は子供がいたずらをするときのような笑顔をした。時山はさっぱり分からないといった表情をした。
「わしらがもともといた時空には、未来からきたわしは存在しなかった、がしかし、わしが過去へ行くと、その時空にはわしが二人いることになる。
先にも言ったがこの世には、全く同じ時空というものは存在しない。
従って、わしらが一時間過去へいったように見える世界も実際に一時間前に行ったのではなく、一時間前に限りなく近い、異なる世界へ行ったことになるのじゃ。
そして、その実際の過去との違いは、未来からきたわしがいるかいないかという違いなのじゃ」
時山は自信なさそうに、首をかしげて言った。
「つまりそれは、俗に言うパラレルワールドですか?」
「まー、そういったところじゃ。
考え方を変えれば、パラレルワールドはつまり、元々我々の世界に平行してあるものではなく、わしら人間によって作られ、発見されて、初めて存在するものかもしれん」
「要するに私は、過去をやり直せるのですね」
「そういう事じゃ。
しかし、只一つ忘れてはならんことがある。
さっきから言ってることじゃが、全く過去と同じでは無いということじゃ。つまり、そこにはいなかったはずのおまえさんがいるんじゃ」
老人はそう言うと胸元から黒い鉄の塊を取り出した。
銃だ。
「同一の空間に同一の人物がいるということは、どちらか一人が邪魔なのだ。
おまえさんが人生をやり直すためには、もう一方のおまえさんを消す以外にないのじゃ。いや、もしかしたら他にもっと良い方法があるかもしれんがな」
自分の人生を変えるにはもう一方の自分を消さねばならない!。時山は、目の前が暗くなるのを感じたが、しかし、もう後戻りできないことを知っていた。
時山は恨めしい出来事の前に戻るように強く念じた。すると、体がトンネルの何処かへ吸い込まれるような感じがした。
そのスピードは次第に増してゆき、それと同時に意識が遠のいていった。