「よじれた時間」

Page 06


九時過ぎ。
 「敏夫、鞄は確かに持ってきたぜ」
 飛行場の見える小さな公園。
 ポロシャツの大男が、ブランコに腰掛けた男の後ろから声をかけた。
 ロンドン行きの飛行機が飛び立つのが見える。
 「ハハハ、とうとうやったか。これで時山もおしまいだ」
 ブランコの男は振り返った。
 「誰がおしまいなんだ、木下」
 そこには大男の背中に銃を押し当てた、時山の姿があった。
 「ど、どうしてここに」
 「それはこっちが言いたい」
 「ハハハ、どうやら気づいたようだな。しかし、もう遅い」
 木下は人差指を上に向けた。
 「もうあのとおり、飛行機は行ってしまった。じたばたしても無駄だよ、君は失敗したのさ」
 「木下、何故おまえは僕の邪魔をする」
木下は鼻で笑った。構わず時山は続ける。
 「僕が何をしたというんだ。僕が君に迷惑でもかけたか。
 どうして僕の邪魔をするんだ」
 木下の表情が次第にこわばってきた。そしてブランコから立ち上がった。
「笑わすな!
 俺はおまえが許せない。
 何がプロジェクトだ。
おまえなどにそんなことはさせない、俺とおまえとは人間の出来が違うんだ……………」
「何を言ってるんだ」
 「俺はおまえが気に入らない。
 おまえの顔を見てるだけでも腹が立つんだ。 おまえは俺よりも劣った人間だからな」
 「僕が君のプライドを傷つけたとでも言うのか。
 もしそうだとしても……………」
 時山はやりきれない表情をした。
 「黙れ、俺はおまえなんかに負けない。どんな事もおまえに劣りはしないんだ」
 時山は呆れたようにうなだれた。
 その時、大男がとっさに振り返り、時山の手首をつかんだ。時山は銃を男に向けようとするが、銃口は空を切るのみ。
「ハハハ、その男はおまえの腕の一本や二本、簡単に折ってしまうさ。
 時山、君の人生ももうおしまいだな。
 ハハハ。お別れついでに一つ教えてやろう。 俺は結婚するんだ。
 ……………山元すみれさんとな」
 (こいつだったんだ。すみれさんの許嫁は。木下が僕をこんな目に合わす本当の理由が分かった。
 木下は僕とすみれさんの事を知ったのだ。そして、すみれさんは木下に何の興味もないことも)
 時山の頭にかっと血が登った。
 腕をふりほどこうとするが、大男に掴まれてどうすることもできない。
 「今日、おまえは彼女と会う約束してたらしいが、そのことはちゃんと伝えといたよ、彼女の両親に。もう、君の前にすみれさんが現れることはないだろう」
 (こ、殺す)
時山のそんな気持ちとは裏腹に、銃口は時山の方へ向いてくる。
 もう腕に力が入らない。
 時山は突然もう一方の自分の事を思い出した。
 (今ごろ僕は警察に盗難届を出して、途方に暮れているところだ。
 もう手遅れだ。何もかも)
 大男の顔がニヤリとした。
(過去をやり直すことなんて出来ないんだ) 時山の顔は諦めの表情に変わった。
駆け足が近づいてくる。
「うぎゃー!」
時山と大男はその声の方を向いた。
 腹から血を吹き出しながら、木下が倒れた。
 側にはナイフを持った老人が立っている。
 (あの老人だ!)
時山は驚きの余り声が出ない。
老人は大男の方へナイフを突き刺す。男は時山の手を離し、老人の首を締める。
数秒後、二人はぐったりと崩れるように倒れた。老人は時山の方を向いて優しく微笑み、口を開いた。
 「お、おまえさんががどんな未来からきたのかは知らないが……………わしはおまえさんが人生をやり直せたらと思っておるのじゃ。
 おまえさんがここにいるのも元をただせば、わしの作ったパラレルワールドのせいじゃからな」
 時山は、突然の出来事にうろたえている。 「過去に、いや、未来かもしれん。
 ……………わしは時間を越えられる洞窟を見つけたんじゃ」
 時山はなんの事かさっぱり分からない。彼に出来ることは、ただこの老人の言葉を聞くだけだった。
 「わ、わしは過去をやり直したかった。
 ……………いや自分の人生をすっかり変えてしまった、あの瞬間を見ておきたかったのじゃ」
 そう言ってにっこりと笑った。
 「わ、わしが逝く前にこの事は聞いといておくれ。
 ……………人が過去に一度、戻るということは……………新しいパラレルワールドを、もう一つ作るという事なのじゃ。
 ……………ある年寄りが未来から来て……………じ、自分の人生の、あ、過ちの瞬間を、もう一度見ようとしたのじゃ。
 そして……………そ、その老人はおまえさんに出会った。
 この時、おまえさんは既に……………その老人の、パ、パラレルワールドの中にいたんじゃ。
 そして、その老人に似た、こ、このわしは、おまえさんのパラレルワールドにおるのじゃ……………。
 ……………パラレルワールドは過去じゃないんじゃ。……………人生は二度繰返せんのじゃ……………」
 老人はゆっくり目を閉じた。
 時山はじっと老人の顔を見つめた。
 (一体どういうことなんだ)
 街頭にざわめきが聞こえた。
 時山はふと我に返り、慌ててその場を立ち去った。
 鞄を忘れて。



Page05     Page07