「よじれた時間」
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十
九時過ぎ。
「敏夫、鞄は確かに持ってきたぜ」
飛行場の見える小さな公園。
ポロシャツの大男が、ブランコに腰掛けた男の後ろから声をかけた。
ロンドン行きの飛行機が飛び立つのが見える。
「ハハハ、とうとうやったか。これで時山もおしまいだ」
ブランコの男は振り返った。
「誰がおしまいなんだ、木下」
そこには大男の背中に銃を押し当てた、時山の姿があった。
「ど、どうしてここに」
「それはこっちが言いたい」
「ハハハ、どうやら気づいたようだな。しかし、もう遅い」
木下は人差指を上に向けた。
「もうあのとおり、飛行機は行ってしまった。じたばたしても無駄だよ、君は失敗したのさ」
「木下、何故おまえは僕の邪魔をする」
木下は鼻で笑った。構わず時山は続ける。
「僕が何をしたというんだ。僕が君に迷惑でもかけたか。
どうして僕の邪魔をするんだ」
木下の表情が次第にこわばってきた。そしてブランコから立ち上がった。
「笑わすな!
俺はおまえが許せない。
何がプロジェクトだ。
おまえなどにそんなことはさせない、俺とおまえとは人間の出来が違うんだ……………」
「何を言ってるんだ」
「俺はおまえが気に入らない。
おまえの顔を見てるだけでも腹が立つんだ。 おまえは俺よりも劣った人間だからな」
「僕が君のプライドを傷つけたとでも言うのか。
もしそうだとしても……………」
時山はやりきれない表情をした。
「黙れ、俺はおまえなんかに負けない。どんな事もおまえに劣りはしないんだ」
時山は呆れたようにうなだれた。
その時、大男がとっさに振り返り、時山の手首をつかんだ。時山は銃を男に向けようとするが、銃口は空を切るのみ。
「ハハハ、その男はおまえの腕の一本や二本、簡単に折ってしまうさ。
時山、君の人生ももうおしまいだな。
ハハハ。お別れついでに一つ教えてやろう。 俺は結婚するんだ。
……………山元すみれさんとな」
(こいつだったんだ。すみれさんの許嫁は。木下が僕をこんな目に合わす本当の理由が分かった。
木下は僕とすみれさんの事を知ったのだ。そして、すみれさんは木下に何の興味もないことも)
時山の頭にかっと血が登った。
腕をふりほどこうとするが、大男に掴まれてどうすることもできない。
「今日、おまえは彼女と会う約束してたらしいが、そのことはちゃんと伝えといたよ、彼女の両親に。もう、君の前にすみれさんが現れることはないだろう」
(こ、殺す)
時山のそんな気持ちとは裏腹に、銃口は時山の方へ向いてくる。
もう腕に力が入らない。
時山は突然もう一方の自分の事を思い出した。
(今ごろ僕は警察に盗難届を出して、途方に暮れているところだ。
もう手遅れだ。何もかも)
大男の顔がニヤリとした。
(過去をやり直すことなんて出来ないんだ) 時山の顔は諦めの表情に変わった。
駆け足が近づいてくる。
「うぎゃー!」
時山と大男はその声の方を向いた。
腹から血を吹き出しながら、木下が倒れた。
側にはナイフを持った老人が立っている。
(あの老人だ!)
時山は驚きの余り声が出ない。
老人は大男の方へナイフを突き刺す。男は時山の手を離し、老人の首を締める。
数秒後、二人はぐったりと崩れるように倒れた。老人は時山の方を向いて優しく微笑み、口を開いた。
「お、おまえさんががどんな未来からきたのかは知らないが……………わしはおまえさんが人生をやり直せたらと思っておるのじゃ。
おまえさんがここにいるのも元をただせば、わしの作ったパラレルワールドのせいじゃからな」
時山は、突然の出来事にうろたえている。 「過去に、いや、未来かもしれん。
……………わしは時間を越えられる洞窟を見つけたんじゃ」
時山はなんの事かさっぱり分からない。彼に出来ることは、ただこの老人の言葉を聞くだけだった。
「わ、わしは過去をやり直したかった。
……………いや自分の人生をすっかり変えてしまった、あの瞬間を見ておきたかったのじゃ」
そう言ってにっこりと笑った。
「わ、わしが逝く前にこの事は聞いといておくれ。
……………人が過去に一度、戻るということは……………新しいパラレルワールドを、もう一つ作るという事なのじゃ。
……………ある年寄りが未来から来て……………じ、自分の人生の、あ、過ちの瞬間を、もう一度見ようとしたのじゃ。
そして……………そ、その老人はおまえさんに出会った。
この時、おまえさんは既に……………その老人の、パ、パラレルワールドの中にいたんじゃ。
そして、その老人に似た、こ、このわしは、おまえさんのパラレルワールドにおるのじゃ……………。
……………パラレルワールドは過去じゃないんじゃ。……………人生は二度繰返せんのじゃ……………」
老人はゆっくり目を閉じた。
時山はじっと老人の顔を見つめた。
(一体どういうことなんだ)
街頭にざわめきが聞こえた。
時山はふと我に返り、慌ててその場を立ち去った。
鞄を忘れて。