「よじれた時間」
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十一
午後。
時山は小さな喫茶店で食事をとる。しかし、コーヒーしか喉を通らない。
「一体何なんだ。これからどうすれば良いんだ。
木下が僕の鞄を盗み、僕を陥れようとした。
そこまでは分かる。
だが、木下は死んだ。あの老人に殺された。そして、あの老人も死んだ。
そして……………、残ったのは僕が二人」
時山はポケットの銃に手を当てた。
「僕にはできない。人を、僕自身を殺すなんて。
どうすりゃいいんだ。
過去なんてやり直せなかったんだ。過去をやり直すなんて。
人生は二度とやり直せない……………。
……………あの老人は一体誰だったんだ。
あの老人の言ってることが本当なら、この世界が僕のパラレルワールドであるのと同様に、僕もあの老人のパラレルワールドによって生まれたのか……………。僕の出会った老人と、死んでしまった老人とは違うのか?。 もしあの老人がいなければこんな事にはならなかったのに……………。
いや待てよ、もしあの老人が生きていれば……………。
もしかしたら、僕が僕を殺さなくても良いかも知れない」
時山はコーヒーを置き、初めてサンドイッチに手を出した。
十二
悔いの残る出来事。やるせない気持ち。もし過去をやり直せたなら……………。
そんな思いが時山の足取りを重くさせる。彼はスクランブル交差点に立ち止まり、深くため息をついた。
散々な一日。最悪な一日。
彼女が去り、仕事ではトラブル。恐らく会社もクビになるだろう。
いそいそと歩く人の群れ。道路いっぱいにひしめき合い、うねりをあげる自動車群。 ふと西の空を見た。
ビルとビルの間を静かに静かに、大きな夕日が沈み行く。
「俺は今まで一体何をしていたのだろう」
彼には、この先人生をやり直す自信もなければ勇気もなかった。失った物が余りに多すぎたのだ。
時山はいっそ車道に飛び出したい衝動にかられた。
ふらふらと時山の足が出かかった途端、グッと何者かが彼の腕をつかんだ。
「死に急ぐ事なかれ」
顔中白い髭だらけの、薄汚れた老人の姿があった。「今朝の事です。何もかもが崩れてゆき、全てを失ったのです」
薄暗い部屋の中で時山は呟いた。老人はゆったりと自分の椅子に腰掛け、目を閉じて時山の話を聞いていた。
時山はうつむき、プロジェクトの事、彼女の事、木下の事、もう死んでしまいたいこと等すべて老人に話した。
「それならばわしについて来るのじゃ。時間を取り戻すために」
老人は部屋の襖を開け、不思議な洞窟へと時山を誘った。
「あなたは一体?」
「わしの名前か……………。
そうだなあ、時の迷い人といったところだな」
時山それ以上老人に尋ねようとはしなかった。正直、老人が何者かなんてどうでもよくなった。それは、その老人に対して、何か避けられない運命的なものを感じたためであった。
時山はその不思議な洞窟へ吸い込まれるように入って行った。
「ここは一体何処なのですか? 私はどこへ行くのですか?」
「ここは時間と空間の谷間じゃ。
自分の戻りたい時間を念じ給え。そして行くのじゃ」
老人はためらう時山を説きふせるように、この時間と空間の谷間の話をした。そうすれば過去をやり直せるのだと言った。
時山は恨めしい出来事の前に戻るように強く念じた。すると、体がトンネルの何処かへ吸い込まれるような感じがした。
そのスピードは次第に増してゆき、それと同時に意識が遠のいていった。