手話通訳 しゅわつうやく
手話を習得している、聞こえない人のための通訳手段です。
本人の耳と声の変わりに手話を使って通訳します。
自分の考えを入れたりしてはいけません。
通訳者は守秘義務があります。
はじめたきっかけは・・・
近所付き合いがあまりにも楽しく、朝から夜までべったり遊んでいたけれど、別の所に自分の居場所が欲しくなって、何かないか探していた所に、「手話教室全10回受講無料(笑)」と広報に載っていたので行く事にしました。
講師の「とっこちゃん」がとても素的な人で、この人ともっと話がしたい・・・と 友達になり、日常会話はいつの間にか話せるようになっていました。
そんな年に、手話通訳派遣制度ができ、登録しました。
大型バイクの教習・買い物・病院・会議・講演会いろんな通訳をしました。
なかでも、「妊娠したみたい」の頃からの診察・マタニティスイミング・定期健診・出産・病院・保育園の入園・参観・運動会・卒園式・入学式など・・・7年間その子の成長に関われた事が一番の思い出かなぁ。
もっと、ずっと見守り続けていきたかったな〜。
椎名誠や楠田恵理子の講演会で通訳の後サインをもらえた事も(笑)
私が手話を始めた頃は まだブームではありませんでした。
始めて少したった頃に、「星の金貨」が始まりました。
あの頃はまだ字幕もついておらず、手話が出てくるドラマなのに、聞こえが不自由な方はテレビを見てもわからなかったのです。
そこで、友達と、セリフ起こしをはじめました。
ビデオに撮って、セリフを書き起こし、聞こえが不自由なの友達に渡していました。
それが評判になり・・・友達の友達・・・と輪が広がりました。
著作権の事なんてその頃考えてなかったな〜。
愛してると言ってくれ ぴゅあ 他にも いっぱい字幕起こしをしました。
町や市に陳情に行って、放送局とか 聾協をまきこんで ドラマの字幕付け運動も始まりました。
今は結構 字幕放送 増えてきましたよね。
リアルタイムで同じ情報を得られるのは とても嬉しい事です。
友達と、昨日見た? の会話が できるのですから。
手話ブームとともに、資格資格 と言われるようになりました。
責任を持って通訳をするためには 自己研鑽も必要。
そのためには、全通研にも入って、勉強して 資格を取って・・・。
望まれる事はわかるけれども・・・・
そこまでの気力はありませんでした。
手話が少しわかるおばさんで良い・・・
手話ができる事と 通訳ができる事は 違います。
でも、ひとりでも多くの人が 手話を少しでも使えると、聞こえの不自由な方の不便は少し 緩和されます。
全ての人が 通訳者になる 必要はないと思います。
詭弁かなぁ(笑)
転勤で引っ越して、手話を続けるかどうか迷いました。
「引っ越しても手話は続けてね。 」というとっこちゃんの声が・・・
地元の手話サークルに行っては見たけれども、望まれる事はやはり同じで・・・
少しやっていたもんだから、期待されてるよう気がして・・・(自意識過剰?)
地元の 社会福祉協議会の担当者とも、意見が合わず・・・
一緒にやっていく自信もなかったので、手話(通訳)から 脱落しました。
2004年1月
とってもうれしい年賀状をもらった。
昔、出産通訳をしたのだけれど、その時の親子の元気な姿。
ユニバーサルスタジオに行った時の写真だったみたい。
二人とも大きくなっていて、なつかしかった〜。
こんなに嬉しい年賀状は初めてでした。
先日要約筆記の派遣先でF君と再会
その昔、一緒に手話を勉強してたのです。
お引っ越しした事知らなかったらしく、驚いてた(笑)
手話も要約筆記も聴覚障害者のためのもの。
やってる事は同じ情報保障なんだよ〜。
とっこちゃんは元気なんだろうか・・・。
2月
3/7に三原で耳の日大会がある。
私は福山で担当地域ではないけれど、盲ろうのOさんのためのパソコン要約に行く事になりました。
ボスから、「岡本ちこさんから頼まれたんだけど行ってくれる?」って。
なつかしい名前だ〜。
まりりんはその日は用事があってだめらしい。
私ひとりでは無理リン〜。
でも、スクリーンに出すわけではないから・・・やらせてもらおうかにゃ。
だめなら、触手話でやったりしてね・・・
もしかしたら、とっこちゃんに会えるかもっ
3月
めちゃ久し振りに、携帯にメールしてしまいました。
なんか、とってもドキドキ。指が震えたりなんかして・・・(笑)
残念ながら、三原では会えないらしい(涙)
携帯メールだったけど、即お返事くれてそれも長文。
感動〜っ。
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