もう一つの「好きな言葉」      
                                   大塚 枝伸


ボクは仏教の大学を卒業しました。
宮沢賢治と良寛の支えである仏教に興味を持ったからです。

学生当時は単位を修得するだけで接した仏教でしたが、年を重ねると共に少しずつ生き方のコ
ツのようなものを仏教から学べるようになってきました。

仏教といっても在家のボクは、寺にこもって修行をしたわけでも、お経を唱えることもままな
らぬわけなのですが、「般若心経」を読み返すごとに、自分がみずみずしく浄化されていくの
がうれしくて、ときおり262文字の世界に足を踏み入れています。そこから学べたものはボ
クの童話に少なからず影響を与えています。

今回は尊敬する人物であるひろさちやさん(宗教評論家)の著書から印象深い言葉を選んで載
せてみました。良寛の好きな言葉も含まれています。


   我々日本人は笑顔の下手な民族です。お追従笑いや曖昧笑いは浮かべますが、相手
   の気持ちをホッとさせる微笑が出来ません。 すぐ仏頂面になってしまいます。
   日本では昔から「武士は三年に片頬」、武士たるものは笑ってはならない、笑ってい
   いのは三年に一度、しかも片頬だけで笑え。
   日本人は総じて口下手です。「沈黙は金」と黙っていることを美徳のように考えて
   います。
   これは多分、日本人は均質文化を持った民族なので、誰もが自分と同じ考え方をし
   ていると思い、そういう安心感から自分の気持ちは言わなくても相手に通じている
   と思っているからでしょう。

   私たち日本人は、自分の気持ちは言わなくても相手に通じていると思っていますが、
   実際は言わないとわからないのです。いや言った方がいいのです。 
   仏教は私達が積極的に優しい言葉思いやりの言葉「愛語」を言うようにと命じてい
   ます。それが「和顔愛語」笑顔と言葉のお布施なのです。 

   私たちは災難に出会った時に、それから逃れようとしてジタバタします。
   しかし、どうせ逃れられない運命であれば、ジタバタするだけ精神衛生に悪いので
   はないだろうか。 
   逃れよう逃れようとする心が、逆にますます恐怖を募らせることにもなる。
   良寛さん曰く「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく
   候。是ハこれ災難をのかるゝ妙法にて候」
   災難に遭うときはしっかりと災難に遭えばいい。 
   死ぬ時はしっかりと死ねばいい。 そうすると恐怖心はなくなります。 

   今の自分が貧しいからと言って、金持ちになりたいと願えば、金持ちでなければ幸
   福になれないのだと錯覚してしまいます。
   貧しくっても幸福に生きることはできるのです。貧しい人であれば、幸福な貧乏に
   なるように心がけると良いのです。
   病気もそうです。早く病気を治してくださいと願い事をすれば、病気である現在の
   自分がみじめに思えるのです。病気になれば一刻も早く幸せな病人になるようにす
   ればいい。

   健康であれば、健康な生活をさせていただけることに感謝します。
   病気になれば、病気でありながらなおも幸福な日々を過ごさせていただいているこ
   とに感謝します。大学に合格できれば合格させていただいたことに感謝し、落ちた
   時には浪人として勉強させていただけることに感謝します。 
   その感謝の「ありがとうございます」が、真の祈りの言葉です。 



      
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