私服警官3
空港に降りたった五十嵐聖は久々の日本の空気になじめない様子で喫煙所を探していた。
何度も人ごみにもまれながらも喫煙所に到着した。
と、視界のはずれにでかいサングラスをかけた男が目に止まった。そしてその男はこちらに近づいてくる。きっと、たばこを吸いにこちらに来るのだろうと考えていたが、それにしてもサングラス越しに見られている気がしてならない。
念のためこちらもそいつから目を離さないようにしていた。
サングラスは近づいてくるなり、「五十嵐聖だな?」と大きな声で言った。
無言でうなずく五十嵐。いくらここは日本とはいえ、臨戦体制は解かない。アメリカで油断して命を失った同僚の数は両手じゃきかない。
「北越署の署長の五十嵐だ、よろしく。」とサングラスは左手はポケットに突っ込んだまま、右手を差し出してきた。
署長がわざわざお出迎えとは・・・・。アメリカじゃあこんなこと考えられないなと想いながら臨戦体制を解き右手を差し出す五十嵐。
と同時にサングラスの左手にはこれまた馬鹿でかいショットガンが握られており、五十嵐聖に銃口が向けられていた。コートに隠されていたのだ。
はめられた。
つーか誰に?
そう想うや否や、サングラスの左手の人差し指が引き金を引こうとするのが見えた。
五十嵐の中で今までの人生が走馬灯のように甦る。
アメリカで初めて犯人を逮捕した時のこと、理解できない精神構造をした不快犯を心理的に追い詰め、結果、精神崩壊させた時のこと、
こじゃれたバーでマティーニを飲みながら隣のウィノナ・ライダー似の金髪を口説いた時のこと、無理して飲んだからその後の記憶がなかったこと、そんで気付いたら、おっかない黒人が聞いたことのない英語を話しながら、お気に入りの黒のスリーピースを引きちぎって脱がそうとしてたこと、マジで、ビビッたこと
趣味でもあるクッキーが上手く焼けた時のこと、などなど・・・・。
公私に関わらずたくさんの思い出(!?)が五十嵐の脳裏をよぎる。
「じゃあな。」
そう言うと北越署の署長を名乗る男はショットガンの引き金を引いた。
空港の雑踏が銃声で聞こえなくなり、その後に訪れる静寂・・・。
五十嵐は薄れる意識の中で男の笑い声を聞いていた。
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「わははははっはっはは!」
フェイドアウトしていったはずの声がふと鮮明なものとなった。
笑い声の主は隣りの席の小太りのヒゲオヤジだった。そのオヤジ、いや正確には年は五十嵐と同じぐらいだろうが風貌がオヤジだ。
笑い方もおっさんだ。しかも弁当食べながら笑っている・・・・間違いない。
むしろダメオヤジだ。白のランニング(注・タンクトップではない)って。たまのドラムかよ。
どうやら、機内で流れている落語を聞いているらしい。爆音で聞いているのか音が漏れてきた。
全身に冷や汗は残るものの、隣りの男のおかげで五十嵐は冷静さを取り戻していた。
「まもなく当機は成田空港に着陸いたします。」 リクルートなスチュワーデスの放送。
と、隣りのダメオヤジは急に落ち着かなくなり、引きつった顔で、シートベルトの具合を念入りに調べていた。
着陸する時、隣りのダメオヤジの見苦しさに、五十嵐は笑いを堪えるのに全神経を集中せねばならなかった。
飛行機が完全に止まるのを確認すると隣りの男は、何年か前に日本で流行った刑事モノのドラマの主人公が着ていたようなカーキのコートをランニングの上に羽織り急ぎ足で飛行機を後にした。
「とことん笑わせてくれるな」 そうつぶやくと五十嵐も搭乗ゲートに向かった。
一通り手続きを済ませた五十嵐は喫煙所を目指した。
と!あのばかでかいサングラスをかけた男が五十嵐に近づいてくるではないか。
「まさか予知夢・・・・。まさかな。」一気に鼓動が加速する。
脈拍132。
「五十嵐聖だな?」と大きな声のサングラス。
無言でうなずく五十嵐。もちろん臨戦体制。
「北越署の署長の五十嵐だ、よろしく。」とサングラスは左手はポケットに突っ込んだまま、右手を差し出してきた。
額に汗を滲ませながら右手を出す五十嵐。サングラスの左手からは目を離してはならない。
サングラスが左手を出した瞬間、五十嵐はすでにサングラスの右手を肩に担いでいた。
背中から床に落ちたサングラスの左手には眼鏡ケース。
一連の流れでマウントポジションを取ってしまった五十嵐。
「何をする!! おおばかもんっ!!!」
怒り狂うサングラス。そりゃそうだ。
五十嵐の久しぶりの日本初日は始末書と説教に追われ終わっていくことがこの瞬間、確定したのだった・・・・。
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