私服課長
今日もトレードマークでもあるばかでかいサングラスをかけて、サンダル履きで社長出勤すると、署内は閑散としていた。
社長出勤とはいうものの、ただの遅刻である。二度寝、三度寝である。
まぁタイムカードは部下の革ジャンがしぶしぶ押してくれているので、事務的には問題ないのだが・・。
最近、よく遅刻するのは、晩酌に芋焼酎を飲むようになってからだ。
次の日に覚醒不良であっても、芋焼酎はやめられない。アル中ではないのだが、それぐらい魅せられてしまっている。
自分のデスクに向い、踏ん反りかえって、椅子に腰掛ける。まさしく、ひと昔前の社長気取りだ。
いつもどおり近くにいた婦人警官を秘書扱いしてコーヒーを頼むと、書類で山積みのデスクから、一枚の紙がひらひらと落ちてくきた。
五十嵐昭典のデスクがいつも書類で山積みなのは、やらなければいけない仕事は常に、締め切り前日の夜から朝のかけて行われるからだ。
夏休みの宿題を8月31日にやるタイプ。
そのため、書類の中に埋もれてしまって、締め切りの後になって気付くこともしばしばある。
その落ちて来た一枚の紙もその一つだった。
それに書いてあるのは、どうやら、本日付でFBIから一人の凄腕のデカがこの辺鄙な北越署に配属されるらしく、空港に迎えをやらなければならないということだった。
とはいえ、今日となっては頼める部下は一人もいない。大きな事件でいつも以上に、閑散としてる北越署ならばなお更だ。
しかも、飛行機の到着時間は迫っている。
「だれも出向かなければ、本店からどんな文句を言われるかわからない。」
「最悪、課長失脚もありうる・・・。」
「そうなれば、家のローンが支払えない。」
「人生負け組確定。」
などど、ネガティブに考えてしまう。
自ら出向くしかない。
不満げにコーヒーを持ってきた婦人警官に日課のセクハラをして、北越署を後にする。
この婦人警官に訴訟を起こされることは絶対ないと、へんなところでポジティブな五十嵐。
2年後、五十嵐はこの婦人警官に訴訟を起こされて課長はおろか、懲戒免職になり、負け組入りすることになる。
屋根に赤いランプを無理やり乗っけて、緊急車両扱いで、空港に急ぐ。
空港に到着すると、到着時間をわずかに過ぎていた。
急いで、FBI帰りのエリートを探さなければ・・・・。
いた!
おそらく、喫煙所にいる男がそうだろう。情報ではタバコはやめたらしいが・・・。まぁいい。
「五十嵐聖だな?」 緊張しているせいか声が大きくなってしまう。
無言でうなずく男。その額には汗が滲んでいる。
「北越署の署長の五十嵐だ、よろしく」と握手を求める。
一介の課長だか、署長を名乗ってしまった・・・。
FBI帰りに、サングラスをかけたままでは失礼にあたると、眼鏡ケ―スを取り出そうとした瞬間・・・。
あっという間に背中を床に打ち付けられ、その男に馬乗りにされる五十嵐。何が起こったのか理解できない。
「なにをする!! おおばかもんっ!!」
やってしまった・・・・・・・・・・・・・・。
理解できない状況におかれると反射で大きな声を出してしまう。この癖で、何度犯人を取り逃がしたことか・・・。
明らかに五十嵐(聖)が悪いのだが、FBI帰りのエリートなので、責めるに攻められない五十嵐(昭典)。
気まずい雰囲気のまま、緊急車両に乗り込む二人。
車内は気まずいのだが、流れるラジオはリスナーそっちのけで軽快だ。
「ここでニュースです。昨夜未明、北越5丁目交番勤務の明石直輝さんが何者かに刺され重体です。犯人は拳銃を奪って逃走中です・・・・」
そこでやっと、FBI帰りが口を開いた。
「この事件、俺に追わせてください」
なんて仕事熱心な男だろう、まだ日本に着いたばかりなのに。
「わかった。それではこれから、明石巡査が入院している病院に行こう。」
南埼玉病院に到着し、受付で北越署のものだと名乗る前に、にこやかに対応してくれた。
「あ、五十嵐さん、忘れ物がありましたよ。」
五十嵐は一週間前にこの病院に救急車で担ぎ込まれている。急性の食中毒で。
一日入院しただけで無理やり退院してやったのだが。
その時に受付に顔を憶えられていただけでなく、忘れ物もしていたらしい。
少し待つと、先程の事務員が見覚えのあるタオルを持ってきた。その顔はどこか、にやけている。
五十嵐はそのタオルがどんなタオルだったか思い出したらしく、サングラス越しに赤面しながら受け取った。
五十嵐(聖)がFBIの手帳を見せつつ明石の病室を訪ねると、なぜかぶっきらぼうに応対してくれた。
エレベーターで上の階に上がり、ナースステーションで明石の病室を尋ねると、すぐにその所在がわかったが、
五十嵐(二人とも)はなかなかそこから離れず、そこにいる看護士達と世間話に花を咲かせている。
客観的に見ると聞き込みなのだが、ここでキキコミをする必要はまったくない。と想う。
しかも、ふたりとも一人の看護士に質問を集中させている。
プライベートなことまで聞いている。
その場にいるのに何も質問されない看護士は、四角い頭に小さく見えるナースキャップが乗っかっている。
年はマティーニと同じぐらいだろうが、所帯やつれしているように見えた。
そして、しきりに「私にも聞いて欲しいオーラ」を五十嵐(昭典)に浴びせているが、五十嵐はまったく気付いていない。むしろ気づかないフリだ。
四角い頭はそれに業を煮やし、聞いてもいないのに積極的にプライベートなことをしつこいぐらい課長に話し掛けている。
その対応が忙しく、課長はお目当てのナースと話せずにいた。
一方、五十嵐(聖)は来日初日にもかかわらず、早くもそのナースのメールアドレスを聞き出してメモをとっている。
課長には残念ながら最後の”ne.jp”の部分しか聞こえなかった。
五十嵐がこの■頭を逆セクハラで訴えてやろうかと想った瞬間、明石の病室のナースコールがなった。
明石の病室に四角頭のナースと共に駆け寄ると、病室の中でやたらハイテンションな婦人警官二人と明石が大騒ぎしていた。
どうやら、いたずら的に押したらしい。
パイプだらけの明石も一緒になって大笑いしている。
「明石さん、今夜がヤマなんだから、安静にしていてください。」とだみ声で看護士っぽいことをいう四角頭。
「デカチョウいつもお世話になってます。」と婦人警官のひとりが挨拶した。
この婦人警官は管轄が隣りの南越署の者たちだ。なぜこんなところに・・・。
「実はこの事件は、ウチでやることになりました〜」ともうひとり。
話を聞いてみると、この二人は警察学校時代の明石の友人らしい。にしてもテンション高いなぁ。
で、管轄外ではあるが、この二人が南越署の署長に掛け合ったらしく、ゴリ押しでこの事件を取り扱うらしい。
そうとわかると、五十嵐(昭典&聖)は、先程のナースステーションに戻って私的なキキコミを再開するのだった・・・・。
またいつか。