「♪ 裏の畑でポチが鳴く 正直爺さん掘ったれば
大判小判がザ〜ック ザ〜ック ザックザク ♪」
の歌で有名な「花咲じいさん」を考察してみたいとおもいますぅ。
ちょっと無謀かなぁとか自分でも思っていますのでぇ、今まで以上に
強引グー マイウエイな内容になりますのではありませんかとおもいますぅ:笑:。
さて、話の内容ですがぁ、あらすじとしましてはぁ、飼い犬のポチが
畑で「ここ掘れワンワン」と言っていますので、なにかしらん?とおじいさんが
掘ってみますとぉ、なぁんとそこから大判小判などの宝物が出てきましたでは
ありませんかぁ。
その話を聞きつけた隣の性悪じいさんが、ポチを借り出し自分の畑で
ポチが座り込んだ場所を掘ってみますと、瓦のかけらや石などのガラクタが
出てきましたのですぅ。
怒った性悪じいさんは、ポチを打ち殺てしまい、それを知ったし正直じいさんは
ポチを手厚く葬りましたのですぅ。
すると、そこから生えた木はグングンと育ち あっという間に大木と
なりましたのでしたぁ。
正直じいさんは、その木を切って、臼と杵を作り、それで餅を衝くと、
なんと餅の中から大判小判などの宝物が出てきましたではありませんかぁ!。
餅が食べられなくなったじゃないかと、お怒りのご父兄にはぁ、出てきたお金で
好きなだけ餅を買ってあげてくださいなの。
またしても、それを聞きつけた性悪爺さんは、無理やりにその臼と杵を
借り出し餅を衝きますと、餅の中からまたしても瓦のかけらや石などの
ガラクタが出てきましたではありませんかぁ!。
これでは性悪爺さんでなくとも怒ってしまいそうですがぁ、ポチの恨みが
篭った道具を使う方が悪いのでございましょうぅ。
当然怒った性悪爺さんは、この臼と杵を燃やしてしまいましたのですぅ。
それを知った正直爺さんは、せめてもの形見にと、その灰を持って帰ることに
いたしましたぁ。
悲しみに足取りも重く歩いているおじいさんの手元から、にわかの風が灰を
少し巻き上げ辺りの木々に振り掛けましたぁ。
するとなんとしましたことでしょうかぁ、それまで蕾ひとつなかった木々が
一斉に花を咲かせ始めましたのでありますぅ。
「いつでも花を咲かせられるおじいさんがいるそうだ」という噂はあっと言う間に
村々に広まり、それはお城のお殿様の耳にも入りましたのでありました。
「ぜひにその妙技を見たい」と呼び出しをうけた正直爺さんは、殿様の前でも
見事に花を咲かせ、多くのご褒美を貰って帰ってきましたのでありましたぁ。
それを聴いた性悪じいさんは、またしてもその灰を無理やりに借り出し、
「私も花を咲かせることができます。」と自ら城に出向き、殿様の前で
実演いたしましたが、花が咲くどころか、その灰が殿様の目に入ってしまい
褒美どころかキツイお叱りを受けるハメとなってしまいましたとさ。
だいたいこんな内容でありましたと思いますぅ。
性悪爺さんが灰を撒くところはぁ、お殿様の行列の前に出てしたとかという
バリエーションもあったと思いますぅ。
果たして、これの何を考察いたせと言いますのでありましょうや・・・。
困ってしまいましたのでぇ、とりあえずぅ、畑から出ました大判小判などの
宝物を取っ掛かりにいたしてみませう。
さてさて、ここで言う「宝物」とは実際に大判小判などを指していますので
ありましょうや。
畑なんて、毎年の恒例のように掘り返しますのが当たり前の場所では
ないのでせうかぁ。
確かに何メートルも掘ったりはいたしませんでしょうが、あまり宝物を
埋めておきますのに適しました場所とは思えませんのね。
では、この宝物とはいったいなんでしたのでしょうかと考えますに
それはやはり畑で取れました作物と考えますのが適当ではないのでしょうか。
それを売りまして、大判小判を手に入れましたと考えますと、間接的にでは
ありますが「大判小判がザックザク」と言うのにも納得できますよね。
よく相撲で「土俵にはお金が埋まっている」と言われますがこれは本当に
お金が埋まっていますのではなく、土俵上で活躍すればお金を設けることが
できますという比喩ですよね。
それと同じで、畑で作物が取れ、それを活用しまして(売って)お金を
得たということではなかったかと思われませんか。
そう考えますと、性悪爺さんが同じようにポチの教えた(訳ではなさそう
ですが:笑:)場所を掘っても瓦礫や石などのガラクタしか出てこなかったと
いいますのも、正直爺さんの畑で収穫があったのを見て、それから同じように
作物を植えたとしましてもすでに時期を逸していたので、作物は実らなかった、
と考えますれば合点がいきますね。
でも、そんなことってあり得ますのでしょうか。
いくら性悪爺さんとはいえ、正直爺さんと同じように農業を糧としまして
生活していますのですから、作物を植えます時期を考えないということは
ありませんでしょうしぃ、なにより普通に畑の作物が例え豊作であったと
しましても「大判小判がザックザク」と言うほどに売れますことはありませんで
ございましょう。
それほどの収入を得られる可能性がありますといたしますれば、考えられますのは
それまでその地方では作ってはいなかった(作れなかった)作物で、購入しようと
しますれば大金を要する物でしたに相違ありませんのですぅ。
いったいなんでしょうか、朝鮮人参とかの薬草でしょうか、それとも
果物なんかだったのでしょうか。
でも、そんなものをどこから手に入れましたというのでしょう。
そんなに簡単に手に入れられますものでありましたら、とっくに他の人が
やっていますことでありましょう。
そうです、ここで俄然注目度を増しますのが「ポチ」の存在なのでありますぅ。
畑から宝物を掘り出しましたのは、ポチが畑で鳴き、掘るマネをしましたことで
間違いはありませんの。
お話の中では「ココ掘れワンワン」と言ったように書かれていましたかも
知れませんが、それはそのしぐさを表現しましたものに相違はありませんで
しょう。
本当にそう言いましたのでありますれば、後の考察の重要な証拠と
なりますので、私的には是非喋っていて欲しいところなのであります:笑:。
さて、この犬の動きを見て、何を想像しますでありましょうか。
犬が穴を掘る(ように見える)仕草をいたしておりますとしますれば
「あ〜、そんなところに糞をして・・・。」
と言われますのがオチでありましょう。
犬は後ろ足でしたっけ、前足は猫だったような気も・・・。
とっとりあえず、普通はそんな風に考えますのが当たり前でございましょう。
でも、ちょっと考えてみてください。
畑から糞と繋がりますれば、そうですこれ肥料ではありませんか。
確かに、単にその場でした糞便と言いますのは肥料にはなりませんって
言いますより、作物を枯らす原因となってしまいますのです。
地方都市なんかで町の中に小さい畑を作っておられる方なんかの悩みには
通行人が畑に放尿をしていくというのがあるそうです。
している当人は、肥料を与えているつもりで良い事をしているような
つもりでいるそうですが、これ肥料になりますどころか害にしかならない
そうなのです。
尿に含まれているアンモニアなどの成分が原因なようです。
昔、あった肥溜めは、この糞尿を発酵させアンモニアなどの成分を
分解するための場所だったそうなのです。
んじゃポチダメじゃん・・・。
いえいえそう言われますのは早計です。
ほら、お話の中ではちゃぁんと宝物が出ていますのですから、作物は
ちゃんと育っていますのです。
さらに、この掘るという動作は、畑を耕す動作にも似ていますよねって
いいますより、耕す動作そのままです。
この二つのことを考え、作物が育ったこと、その作物がそれまでその地方には
なかったものでありますであろうことを考えますと、ポチのしたことは
農業技術の伝達でなかったかと思われるのでありますっ!。
いくらなんでも犬が農業技術・・・。
そう言われますのも判ります。
私だって、以前うちにいましたコメさん(猫ですぅ)がこんな動作をして
おりましたら、とっととトイレに連れていきますのです。
いえ、そうではなく、ここで初めてポチが本当に犬でありましたのでしょうか
という疑問が沸いてきますのです。
平安の時代のヒーロー「安倍 晴明」は河童を使役し河川工事を行わせたと
言われています。
が、実はこの河童と言われる者達は、本物の妖怪の河童ではなく大陸から
渡来してきた技術者だったと言われています。
そうです、これと同じことがポチの身にも起こっていましたのであります。
渡来人を妖怪や別の動物に見立てるのは意外と普通だったのでしょう。
だとしますと、先にも書きました、それまでその地方にはなかった作物と
いうのも頷けますよね。
大陸からの進んだ農業技術を持ち、あちらの作物を日本に伝えたのが
ポチなのです。
きっと、正直爺さんはその村の庄屋とか豪農とか村の長的な存在
だったのでしょう。
理由は判りませんが、その村に流れてきた渡来人を手厚くもてなしたので
ありましょう。
その恩返しにと、その渡来人は、自分の知っている農業技術と、それまでは
その地方にはなかった作物の種を正直爺さんに与えたのです。
その技術は、より効率的な肥料の作り方、畑の耕し方、もしくは新しい
農耕用具なんかだったのかも知れませんね。
そしてなにより新しい作物の育て方だったはずです。
こうして、正直爺さんの村は、新しい作物を育て、さらに従来の作物も
新しい技術で育て、そこからの実りを売って大判小判などを得ることが
できたのです。
先にも書きましたが、ポチが「ここ掘れわんわん」と実際に言ったと
しますれば、このポチ=渡来人という仮説を補強してくれますのね:笑:。
なんせ、本物の犬は喋ったりいたしませんのね。
そしてこの「わんわん」と言うのは「がんす」とか「だんべ」「だっちゃ」ごわす」などの
放言につきものの接尾語だったのでありましょう:笑:。
また、この「わんわん」という言葉から犬を連想し、ポチは犬ということに
なったのではないでしょうかぁ。
まぁ、渡来人ではなく、それまでにその地方にはなかった農業技術と
種子を持った他地域からの流れ者だったのかも知れませんけどねぇ。
で、性悪爺さんは、これらの技術者を招いたのはいいのですが、技術の方法を
尋ねるばかりで粗略な扱いをしたため、肝心な技術を教えてもらえず
作物の育成には失敗しましたのでありましょう。
別の土地から流れて来たものや、言葉の通じない異国人を卑しい者と見るのは
いつの時代にもありますことですしね。
さてさて、お話を進めましょう。
本来なら打殺されましたポチを埋葬し、そこから木が大きく育ちってのが
続きますのですが、私はここでエピソードが入れ替わっていますのでは
ありませんかと考えますのですぅ。
つまり、灰を撒いて花を咲かせますというエピソードが本来は先にあったのでは
なかったかとぉ。
この灰を撒くという行為ですが、これ実際の園芸や農業でも行われて
おりますのね。
私も詳しくはありませんのですが、土壌が酸性化しました時に灰を加えますと
中性化にします効果がありますんですとかぁ。
調べましたところ、同じ土地で、同じ作物を続けざまに作りました時などに
酸性化しやすくなるとありましたの。
そうなのですぅ、同じ作物といいますればぁ、人間儲かります物を
どんどん作りたいものですよね。
でも、最初の頃は良かったのですが、何年もそればかり作っていますものですから
土壌が酸性となり、作物の発育が阻害され始めましたのですぅ。
そこで、それを元に戻すために、土地に灰を撒いて中性化させたので
ありましょう。
当然、土地が酸性化していますのでありますから、作物以外の植物も
影響を受け、花を咲かせないと言うのは言い過ぎでございましょうが、
めっきりと花の数が減ってきていましたのでしょう。
日本人にとりまして、一番気になる花といいますれば、やはり桜で
ございましょう。
「ここ数年、桜の花が綺麗に咲かなくなったなぁ、どうしたんやろねぇ。」
などと話しておりますときに灰を撒いて土壌の改良を行いましたものですから
桜の木も、数年来の満開となりましたことでございましょう。
そうですぅ、これも、それまではその地方にはなかった農業技術の一つ
だったのです。
多分、灰を撒くだけでなく先にも述べました肥料を与えましたり、連作を
行うのではなく、ローテーションを組んで、畑を休ませるなどの手も
打たれたにちがいありませんのね。
実際に灰を撒くという行為以外は、村人にさえ秘密にしていて、村人に
してみますれば「灰を撒いたから作物が育つようになり、桜の花も
咲くようになった。」と思ったことでしょう。
で、最近城内の桜の木があまり花をつけなくなったと頭を悩ませていた、
城の担当者がそんな話を聞き逃すはずがありません。
藁にもすがる思いで、村を訪ね、直接手をかけさせたか方法を聞いて自分達で
行ったかはわかりませんが、その灰や肥料を与えたところ、翌年には見事に
満開の花を咲かせましたことでありましょう。
ここでも性悪爺さんがのこのこと出てきますぅ。
まぁ、昔話の王道とでもいう展開ですし、少し書いてみましょう。
先にも書きましたように、灰を撒くことしか教えてはいませんでしたので
当然性悪爺さんの目論見は失敗いたします。
きっと、この時花を咲かせようとしました相手は、先の正直爺さんの
行った桜の持ち主ではなく、別の相手だと思われます。
ひょっとしましたら、お互いの桜の良さを競っていましたとかって間柄ですれば
面白いですね。
このエピソードからも、このお話が農業技術の伝達というテーマで書かれて
いますことがわかりますのね。
そして本来なら第2のエピソードとなるべきポチを埋めて大木が育ち、
それで杵と臼を作り餅をついたところ、餅の中から大判小判がでてきた
お話です。
実はこのエピソード、先の2つのテーマでありました農業技術の伝達は
全く関係ありませんのね。
昔話では、最後の閉めが「いつまでも幸せに暮らしましたとさ♪」で
終わるものが多くあります。
それの変形だと思って頂いて構わないのでありませんかとぉ。
大木へとぐんぐん育ったと言いますのはぁ、ポチの遺体を埋めましたから
育ったのではなくぅ、ポチが死んでから、大木が育つほどの月日が
流れましたという時間経過を示していますのであります。
そして、杵と臼でお餅を衝くというのは、昔から男女の・・・まぁ、そうですね、
アレを示していますのですぅ・・・。
えぇ、だから・・・まぁ、その・・・ね、判りますよね・・・。
杵は男で、臼が女なの。
でもってできた餅が子供なの。
そういうことなのっ!。
つまりますところ、大木が育つほどの年月、正直爺さんの家は(村は)、子宝にも
恵まれ、末永く幸せに暮らしましたとさということを比喩して
おりますのですぅ。
んじゃなんで、エピソードが入れ替わってしまったかと言いますとぉ、灰が
出てくる理由が必要でしたのではないかと考えますのね。
いかに昔話とはいえ、なにも関係ないところから、灰を撒いたら花が咲いたでは
あまりにも繋がりがありませんのです。
そこで、ポチを埋めたから、大木が育ったから、杵臼を作ったから、
燃やされて灰という流れを作るために敢えて入れ替えられましたのではないかと
想像いたしますの。
あっ、これでしたらさらなるエピソードの入れ替えで筋の通った
ものにできますぅ。
まず、正直爺さんの村に流れてきた渡来人は、その土地の状況を見て
土地が酸性化していますことに気がつきました。
そこで灰などを使って土壌の改良をいたしましたの。
それはとてもうまくいき、作物の実りは増し、ここ数年花をあまり咲かせなく
なっていた木々も満開の花を咲かせますようになりましたのです。
それにとても感謝した正直爺さんは、渡来人を手厚くもてなし、彼を
村の一員として受け入れたのです。
そうして村に定住した彼は、自分の持っている農業技術やそれまで
その地方にはなかった作物の種子を育て、村に多くの収穫、収入を
もたらしたのでした。
時はすぎ、渡来人が亡くなって以降も、その子孫達は何百年と幸せに
暮らしましたとさ。
「花咲じいさん」のお話が、まさかこんな展開を迎えましょうとは、ちょっと
びっくりですぅ。
でも、なかなかに面白くまとまっていますのではありませんかと自画自賛なのぉ♪。
どうですかぁ、ダメですか、そうですか、だったらいいのですっ:笑:。