注) 本文中にぃ「月の満ち欠けで「新月から満月を7日」などと書いて
おりますのですけどぉ、正しくはぁ、月の1サイクルは30日でありますぅ・・・。
ですからぁ、新月から満月は15日となりますのでぇ、7日などとのたまわって
おりますのは全くの見当違いでありますぅ。
それを基にいたしました計算もぉ、完全に破綻いたしておりますのでぇ、
その辺りを考慮のうえ、お読みいただけますと幸いですぅ。
全くもってぇ、申し訳ございませんのですぅ・・・。
小学生の頃、算数が苦手でしたのね。
普通に計算はできますのですけどぉ、応用問題になりますと、途端に判らなく
なりましてぇ、特に時間計算なんかは分と時間が示されぇ、午前から午後を
挟んだりいたしますとぉ、「ブルータスお前もですかぁ!」とジュリアス・シーザーの
心境が痛いほど判ったりいたしましたのね。
で、その時に子供なりに思いましたの、なんで一日は24時間でぇ、午前と
午後が12時間ずつになっていますのでしょうかとぉっ!。
人間の指は10本なんだからぁ、10時間ずつとかですればぁ、もっと
判りやすいのにぃと。
そうなのね、人が数を数える基本ってやっぱり指を折りながら数えるってのが
基本だと思いますの。
足の指を使う人もおられるようですけどぉ、足の指なんて思った通りに
曲がってはくれませんしぃ、なにより両手両足を挙げました格好っって
それを維持いたしますだけで精一杯でぇ、とても計算なんかできませんのですぅ。
するとぉ、やっぱり手の指を使いますのが一番簡単で確実なのでは
ありませんでしょうかぁ。
だといたしますとぉ、人間の計算は十進法となりますのでぇ、どこからも
十二という数字の出てきます必要は見当たりませんのね。
そう、ナッシング、ナッシング、ナッシング!なの。
ですが、現実問題といたしましてぇ、十二っていろんな場所に現れてきやがりますのです。
時間を始め、月、ダース、十二支、ギリシャ十二神、十二神将、私のお仕事の
「針、灸、按摩」の東洋医学でもぉ、身体の中を流れる経絡(気の流れる道ですね)が
十二本あるとされていますぅ。
とある雑学本でこのことに触れ「昔中国に十二本の河が流れていたから」とか
書いちゃった人がおられましてぇ、私が「なめとんのですかぁ〜っ!」と
卓袱台返しをしてしまいましたと「本日の出来事のコーナー」に書きましたのも
楽しい思い出なのね。
とまぁ、少し考えましただけでぇ、何個かの十二が使われましていますものが
思い起こせますのですぅ。
ですがぁ、それらに特に共通点が見つかりますわけではありませんしぃ、
洋の東西で同じように十二が使われていますぅっていいますのも不思議な
話でありますのね。
現在のようにぃ、ネットを使いますればぁ、一瞬のうちに世界中に発信できます
のでありますればぁ、なんの不思議もありませんのでしょうけどぉ、
昔はぁ、山一つを越えますのも一苦労な時代ぃ、ましてやヨーロッパと
アジアを行き来するのも不可能ではありませんでしょうけど命がけな時代ぃ。
直接の行き来がなくてもぉ、間に国や人を挟みまして伝わるってことも
ありましょうけどぉ、それでもぉ、十二を使うってのが特定の地域で
使われ始めぇ、世界に分散して伝わったといいますのも不思議な話で
ありますのね。
んじゃぁ、きっと一つの地域で使われ始めたのではなくぅ、同時とは
いいませんのですけどぉ、多発的に複数の地域でそれが考え出されるには
どうすればいいのでしょうかぁというのを考えてみましたぁってのが今回の
考察の始まりなのですぅ。
では、まずなにを考えなければいけないかといいますとぉ、ヨーロッパにあって、
中国やインドにも同じようにありますぅって物ってなんでしょう?。
さらにぃ、誰にでもそれを利用することを思いつきそうなものでないと
いけませんのね。
地域特有のものや考え方ですとぉ、多発的に他の地域で考え出される
可能性が低くなってしまいますぅ。
まっさきに思いつきましたのが「天文」なのね。
天体は多少見え方や出現時間や角度に違いはありますれどぉ、それほど違いは
ありませんのですぅ、星座に関しましてはぁ、北半球と南半球で見えます星が違ったり
いたしますのですけどぉ、幸いなことにぃ古代文明の発達はぁ、ほとんどが
北半球に集中しておりますのね。
ひょっとしましたらぁ、人知れず滅んだ超古代文明が南半球にありましたかも
知れませんのですけどぉ、とりあえずそういうのは放っておきますのね。
ポイですぅ。
さて、んじゃ世界中どこででも使うことを考えますものを列挙してみますぅ。
太陽、月、星ですよねぇ。
星はぁ、北極星なんかは特に目立つ星でありましたことでございましょう。
中でも満ち欠けをいたします月なんてのはぁ、絶好の指標とされましたことでございましょう。
世界中で観測が可能でぇ、形が変わりますのですからぁ、確実に誰もが
利用いたしますことを考えますデありましょう。
実際にぃ、西洋東洋でも最初に作られました暦は陰暦という月の満ち欠けを
数えましたものでありましたのね。
一週間が7日となりましたのも、この月の満ち欠けを数えました日数で
ありますのですぅ。
月は14日かけまして満月から満月(の一日前)のサイクルを繰り返しますぅ。
満月から数えましてぇ、新月の一日前で7日、新月から数えましてぇ、
満月の一日前で7日なのぉ。
聖書に「神は七日間で世界を作られた」ってのはきっと「新月(なにもない世界)」から
「満月(世界が完成)」の七日間を基に考え出されたのではありませんかと
思いますのね。
蛇足ですけどぉ、きっと新月から満月に至る月の満ちを世界が満たされて
いくことに重ねられましたのでありましょう。
だといたしますればぁ、満月から新月に至る賭けは世界の破滅といいますことで、
世界の破滅と再生を思われたのかも知れませんねぇ。
んじゃ、この7日を利用しましてぇ、一年(365日)を割りますればぁ、
52.3週(端数は切り捨てぇ)となりますぅ。
さらに7で割りますとぉ7.4ヶ月(端数切捨てぇ)。
う〜ん、どこからも12が出てきませんのですぅ・・・。
んじゃ、これを月の満ち欠けの1サイクルの14日で計算してみますとぉ、
365割る14でぇ、26.0(端数切捨てぇ)週となりますぅ。
あっ、2で割れば(一ヶ月2周(14日)もしくは4週(7日)といたしますればぁ、13ヶ月と
かなり近い数字が現れますのね。
でもぉ、12じゃないですからぁダメなのぉ。
ちなみに、すでに一年が365日ってのは経験則から判っていますことに
いたしておりますぅ。
確かにぃ、陰暦を使用していました時代にはぁ、閏年としましてぇ、
一年を13ヶ月としてぇ、陰暦のズレを直すってことがされていましたの
ですけどぉ、その13ヶ月とは違いますのね、これでいきますと端数を
切り捨てておりますのでぇ、14ヶ月という閏年となってしまいますぅ。
あくまでも基本が十二にならないといけませんの。
う〜ん、お月様では十二は無理でございましょうかぁ。
星ではいかがでありましょうかぁ。
確かぁ、黄道十二星座ってのがありましたはずですけどぉ、これはきっと
十二という数字がありましたところに合わせて星座の数を決めたものでは
ありませんかと思いますぅ。
星座の由来ってのがぁ、けっこう神話からのものが多いですしぃ、有名な星座の
オリオン座と蠍座なんかその代表格ですよねぇ。
はい、最初に書きましたギリシャ十二神ってのも既にありますしぃ、
星座から十二が使用されたとされますのには無理がありますものと考えますのね。
う〜ん、月、星座からはなんか無理なような気がいたしますのですけどぉ、
残りました太陽はいかがなものでございましょうやぁ。
思いつきますものといたしましてはぁ、春分、秋分、夏至、冬至ぐらいな
ものでせうかぁ。
ん、確か私の記憶が正しいのでありますればぁ、春分の日が3月20日頃。
夏至が6月20日頃。
秋分の日が9月20日頃。
で、冬至が12月20日頃っ!。
ほぼ3ヶ月ごとに表れてきますのね。
こっこれはいけますのではありませんでしょうかぁ!っ。
例えばぁ、人にとりましてぇ、世界を3つに分けますってのは当たり前の
ことではなかったかと思いますのね。
「3」と言います数字はぁ、三角形にしますればぁ、もっとも安定しました
形となりますぅ。
同じ強度で多角形を作りました場合ぃ、角が多くなりますればなりますほど
小さな力で形が歪んでしまう、潰れやすくなりますぅってのはよく知られました
ことですよねぇ。
家の壁の柱などに筋交いをいれますのもぉ、角の所を三角形にいたしますと
最も歪みにくく形を維持し続けることができますからですぅ。
もし、三角形より四角形の方が潰れにくいのでしたらぁ、わざわざこんなことは
いたしませんのね。
ちょっと古いですけどぉ、たしかNHKの大河ドラマで「天地人」ってのが
あったと思いますのですけどぉ、
この天地人」ってのも世界を天の世界、人の世界、地の世界と3つに分ける
考えなのですぅ。
ヨーロッパ文化圏で三歳で洗礼を受けますのも、東洋で「七五三」で三歳の
お祝いをいたしますのもこの3という数字に安定性を見出していましたから
ではないかとおもわれますのね。
そうなの、最も日照時間の短い冬至から昼夜の時間が同じになる春分、
その春分から、昼間の時間が最も長くなる夏至、その夏至から昼夜の時間が
これまた同じになる秋分、秋分から昼の時間が最も短くなる冬至のそれぞれの期間を
一つの世界と考えそれぞれを三分割いたしましたとしましても不思議では
ありませんのですぅ。
春分を一年の始まりといたしましてぇ、夏至までの機関を一区切りといたしますとぉ
春分に近い期間、春分と夏至の中央の期間、夏至に近い期間と3つの世界に
分けますことができぃ(天地人みたいな感じね)、それが4つありますのでぇ
一年が12ヶ月となりますのですぅ。
おぉ、一年が十二分割となりますではないですかぁ♪。
これ、別に思いつきでもなんでもないのね。
西洋のローマ暦以前ではぁ、一年は現在の3月が新年の始まりとされて
おりましたのですぅ。
それはぁ、3月辺りが農耕の始まりを告げる月だったからなのね。
王様が「今日から新年じゃ」などなどと宣言を出されますと同時に、その日から
農耕を始めるという日だったわけなのですぅ。
んじゃなんで現代ではぁ、真冬の1月から新年となっているの?ということは、
また「暦についての考察」で書かせてもらいますのですぅ:笑:。
んじゃ、これを素ににしましてぇ、いろんなものを十二で区切るって
なりましたのでしょうねぇ。
ん〜、しかしぃ、この考えですとぉ、時間の概念や天文学がかなり
進んでいませんと考えつくことができないのではありませんでしょうかぁ。
日本でもぉ、江戸時代ぐらいまでといいますればぁ、日の出とともに
働き始めぇ、日の入りとともに一日が終わるといった生活をされておられたと
聞きますのですぅ。
まぁ、夜通し騒いでいる人たちもおられたとは思いますがぁ、織田信長が
夜襲を警戒しましてぇ、賭博を奨励されたという話もありますのね。
これはぁ、賭博などをさせておきますればぁ、勝手に夜中まで起きている兵が
必ずいたのでぇ、夜襲を受けました時にでもぉ、すぐに対応できる兵が
かならず確保できたためと言われていますのね。
こういう話からもぉ、夜になったら寝るという習慣が現代以上に行われていたと
思われますのね。
だといたしますればぁ、春分や秋分、夏至、冬至の時間の変化をいったい誰が
どうやって計ったのでございましょうかぁ。
時計なんて便利なものが作られましたのはかなり近代に近くなってからだと
思いますしぃ、太陽の動きでしたらぁ日時計なんかで時間を計りますことは
可能でありましょうけどぉ、夜はどうなんでしょう。
満月なんかでしたらぁ、月時計なんてものがありましたかも知れませんけどぉ
西洋ではぁコペルニクスさんが提唱いたしますまではぁ、天動説が信じられて
おりました関係でぇ、星はそれぞれ別個に動いていると考えられても
いましたのね。
その代表格が火星や木製に代表されます惑星なのぉ。
惑星はぁ、他の星と違いぃ、太陽の周りを公転しておりますのでぇ、
地球からみますとぉ、行ったり来たりを繰り返す星だと思われていましたのね。
ですから惑う星で「惑星」と名づけられましたのぉ:笑:。
だとしますればぁ、星の運行から時間を計りますってのも
時間を計れますものとは思われてはいなかったのではないかとぉ。
では、日時計と連動させましてぇ、砂時計なんかで時間の進み具合を合わせましたり
いたしておりましたのでありましょうかぁ。
砂時計を○○回ひっくり返すと太陽の出ている時間と同じになるとかぁ。
う〜ん、こうなりますとぉ、いろんな地域で多発的に十二が使われたってのにも
無理がでそうな気がしてきますぅ。
どう考えましてもぉ、指を使った十進法の方が確実でありましょうと
思われませんかぁ。
もっと簡単に十二進法が考え出されますものはありませんでありましょうかぁ・・・。
多分大きく四つに分けましてぇ、それぞれの間を3つに分けますぅって考えは
間違ってはいないと思いますのね。
先にも述べました、当時の宗教観にも合致しているものと思いますぅ。
う〜ん、4分割、4分割ねぇ・・・、っ!。
あるじゃないですかぁ、簡単に4分割が行えましてぇ、洋の東西はおろかぁ、
どこの地域どころかぁ、離党だろうとぉ、ジャングルの奥地でありましょうとぉ
誰もが必ず同じ事を思いつきますでありましょうものがぁっ!。
まずぅ、太陽の昇ってくる方向と、沈む方向に線を引きますぅ。
真っ直ぐな線でありましたらぁ、正確に太陽が出てくる方角、沈む方角を
示しています必要はありませんのぉ。
そうなの東西を示す直線が一本引けますればよろしいのですぅ。
そしてぇ、その東西の線を等分に分ける縦線を一本引きますぅ。
そうなのぉ、方角ですぅ。
最初の線は東西を示しぃ、次の縦線は南北を示していますのね。
人の生活圏が目の届く範囲と申しましょうかぁ「の三本杉の無効に池がある」とかぁ
「あの山の方向に権助さんの畑がある」などなど目印となりますものが、
目に入ります範囲などでありましたらぁ、方角を決めます利点は
そんなにないのかも知れませんのですけどぉ、人が外へ外へと生活圏を
拡大していきますとぉ、共通性と普遍性を持つものが必要となって
きますのですぅ。
例えば地図ですねぇ。
もし、それぞれの地域で、方角に関係なく地図を作りましたといたしましたらぁ、
Aの地域の人が、Bの地域の地図が南北を逆に描かれていることを
知らなければぁ、道に迷いますことは必定でありましょうしぃ、それは
ローマ帝国や元のような広大な支配地域を持つ国となればなおさらの事で
ございましょう。
それらを統一いたします最も簡単な方法が、太陽が昇り沈む方角を示しぃ、
さらにそれを二分割いたします縦線を加えましたものなのですぅ。
これならぁ、先にも書きましたようにぃ、どこの地息でも、交流のない
地域同士でもぉ、同じものを思いつきましても不思議でもなんでもないのですぅ。
さらにぃ、それぞれを北と東に挟まれた世界、東と南に挟まれた世界、
南と西、西と北という具合にそれぞれを世界と考えましたならぁ、北に近い世界、
北でも東でもない世界、東に近い世界と三分割されますのね。
世界ってのは地域と言い換えてもよろしいと思いますぅ。
そしてぇ、これを地域ではなくぅ一つの世界にまで考えを広げますとぉ、
世界が12分割されますではないですかぁ♪。
人と言いますのはぁ、太陽の動きや星の運行、月の満ち欠け、季節の
移り変わりなどなど、人知の及ばない物事に関しましては神様の領域として
捉えますものだったのですぅ。
ですからぁ、そういう物事をあらわすためのものに関しましてはぁ、
それらに似たようなものを当てはめていきますものなのね。
暦といいますのも、神事や祝祭の行事や季節の行事などを示すものとしましてぇ、
本来神様の領域の事柄を人が判りやすくいたしましたものなのですぅ。
そこに世界を顕した「十二」を当てはめましても不思議ではありませんよねぇ。
時間にいたしましてもぉ、西洋では太陽の出ている12と夜の12に分け
、東洋ではぁ、一日をそもまま12に分けたものと考えられますのね(この辺りは
その地域での宗教観が絡んできますのではありませんかとぉ)。
分がなぜに60なのかはぁ、なんの知識もありませんのでぇ、なんの妄想も
沸いてはきませんのね:笑:。
分や秒が気にされだしたのって近世に入ってからではないかと思いますしぃ、
「時間より小さいんだし、12の半分の6でいいんじゃない?」ぐらいな理由だったり
いたしましたのかもぉ:笑:。
計算なんかもぉ、最初は政治や国運を占うための呪術的な事に使われていました
ものですのでぇ、それぞれが神様の領域に踏み込むってなことで十二が
単位として使われたのでありましょうし、そのややこしい計算が
できますってのも、ひとつのステイタスシンボルでしたのでありましょうぅ。
辞書で「十二」で言葉を調べてみますとぉ、先に書きました以外のものが
ズラズラと出てきましたのですけどぉ、けっこう神様関係のものがありましたのね。
とりあえずぅ「十二指腸」はぁ、今回の「十二」とはなんの関係もありませんことは
記しておきますのですぅ:笑:。
そんなこんなでぇ、「十二」について考察ともうしましょうかぁ、
「妄想」いえ「妄察」してみましたのですけどぉ、いかがでございましたで
ありましょうやぁ。
意外と世界各地で方角を示すことに太陽の動きから決めたってのはぁ、
なかなかに目の付け所がよかったのではありませんでしょうかぁ♪と
自画自賛いたしておりますのですけどぉ:笑:。
それにしましてもぉ、どうしても昔の考え方を想像いたします時にはぁ、
常に神様といいますか宗教的な捉え方が背景にきてしまいますので
文中で「神様が」「神様に」とかポコポコと書いておりますのですけどぉ、
私は別に宗教に興味とかなぁんにもありませんのでぇ、すいませんのですけどぉ、
そういう方面からのお誘いは勘弁してくださ〜いなのぉ・・・。
いや、マジでお願いいたしますぅ。 m(_ _)m ぺこり