「氷への道」

 「こんにちは、日本氷クラブの時間です。
本日は「ミルク金時五段と宇治金時五段」の一局をお送りいたします。
解説はお馴染みの氷8段のチョコバナナさんと私こと 苺レモンでお送り
させて頂きます。
チョコバナナ先生、よろしくお願いいたします。」
「こんにちは、チョコバナナです。
よろしくお願いいたします。」
「先生、今回はミルク金時と宇治金時の一戦ですが、双方とも氷を代表する
一品どうしですので、見応えある対局が期待できますね。」
「その通りです、大人から子供までに支持されているミルク金時と、多彩な
組み合わせから玄人に支持される宇治金時と両者一歩も譲らない戦いが
予想されます。」
「先生はどのような流れで対局が進むと考えられておられますか。」
「それは難しい質問です。
これまでの双方の試合運びから奇策を好む傾向にあると思われまして
それを予想するとなると・・・。
ですが、逆に相手の奇策を警戒して、オーソドックスな流れになるかも
知れません。
まず最初の一手でその傾向を掴むことができるでしょう。」
「全国の氷愛好者が心待ちにしていた対局ですから、白熱した一局が期待
されますね。」
「いえいえ、白熱してはいけません、溶けてしまいます。」
「はぁ・・・。
えっと、気を取り直して、いよいよ時間一杯、始まるようです。」

 先手 ミルク金時五段、後手 宇治金時五段。
全国民が注目する中、氷対決が始まった。
先手のミルク金時がガラスの涼しげな器を手に取る。
そのしぐさは、実に優雅であり、指先以外は器に触れることがなく、
自らの体温が器に移り氷が溶けてしまうのを防いでいるところなどは
心憎いまでの配慮である。
ゆっくりと器に盛られた氷とシロップの妙を楽しみ、おもむろに手にした
スプーンを氷に差し込む。
あくまでも優雅なその姿に観客の間から溜息が漏れ聞こえてくる。
無造作とも見えた動作で一口大に盛られた氷の形は底辺と斜辺の比率が
1:1.5で表される氷の黄金率と呼ばれる形だ。。
そのまま口に運びたいところではあるが、ここでも氷とシロップの
混ざり具合による一期一会を楽しみ、常人には感じられないほどの氷が
溶けさらにシロップと混ざり合うその一瞬をも見逃すことなく堪能するのも
カキ氷の醍醐味なのである。
ただ、その域に達するのは多くの時間と努力の賜物であることは、
今さら語るべきものでもないであろう。
誰もが溜息を漏らしてしまう絶妙のタイミングで、カキ氷を口に運び、
躊躇することなく一気に口中へ滑りこませていく。
舌の上に乗せられた氷はその熱を奪い、爽やかな清涼感を与え、溶けた氷と
練乳の濃厚な甘味を見事としか言いようのない割合で取り込み
まったりとしてなおスッキリとした味わいをかもし出していくのだ。
再び観客の間からどよめきが湧き上がった。
スプーンを置いた手が彼女の眉間に当てられ、苦痛を耐える表情が現出して
いたのだ。
「チョコバナナ先生、どうしたのでしょうか。」
「あれは、氷の冷たさによって頭痛を起こしているのです。
誰にも体験されたことがあるでしょう、氷の冷たい刺激を脳が痛み刺激と
誤認するため起こる幻痛なのですが、いや、あれほど見事な頭痛の
ポーズ、表情は見たことがありません!
実にオーソドックスな一手であり、完璧を通り越して芸術までに昇華させた
技と言ってよいでしょう。
初手からこれほどの手を打ってくるとは、いやはや凄まじいの一言
です・・・。」
ミルク金時五段が額から手を離し、背筋を伸ばし、一礼を行うと、
期せずして観客の間から大きな拍手が巻き起こった。
いつまでも鳴り続けるかに思われた拍手の渦も読み手の
「後手、宇治金時五段」
の声とともにまばらとなり、再び静粛な雰囲気が会場を包み込んだ。
ミルク金時の乳白色の淡白な色合いに比べ、宇治金時は抹茶の緑、
バニラアイスの重厚な白、小豆の濃厚な黒味を帯びた赤と味わいだけでなく
日本の食の根底に流れる「目で食事を愉しむ」を具現化した彩り鮮やかな
組み合わせが成されている。
全員の注目が彼女の手にある宇治金時に集まった瞬間、右手に持っていた
扇子を一振りし、鮮やかな蒼に染め抜かれた扇を高く掲げたのである。
最初は誰もその行動の意味が理解できなかったようであったが、時間が
経つにつれどよめきがそこかしこから湧き上がり始めた。
「チョコバナナ先生、これはいったいどうしたことでしょうか。」
苺レモンの声も、何かを感じているようではあるが、その原因が
はっきりとは判らずに戸惑いを見せていた。
その彼女の視線の先には、驚愕の表情を隠そうとせず、ぐっしょりと汗を
流すチョコバナナの姿があったのである。
その姿に戸惑いながらも数度問いかけを繰り返したイチゴレモンの声に
ようやく彼女が反応を返した。
「・・・、もっ申し訳ありません、私としましたことが・・・。
いえ、私も噂では聞いたことがあるのですが、京都の皇室に連なる
かき氷宗家 には神代の古より連綿と受け継がれた秘法が書かれた本が
あると言われています。
それは代々宗家一子相伝の技として一般に公開はおろか、宗家頭首が流派を
引き継ぐ際にのみ目にすることができると言われていますのです。
その中に、時間と空間を支配し、かき氷りの味わいを最大限に発揮することが
できる技があると言います。
よく考えてみてください、かき氷が最も美味しく味わえる季節と言えば、
もちろん夏です。
が、夏に氷がふんだんに使えるようになったのは近代に入ってのことでしょう。
それまで氷を使えると言えば冬、よくて初夏に高山の気温の低い場所に残る
雪や氷を利用したものがせいぜいだったはず。
そんな中、寒さに震えながらかき氷を食べても・・・。
ですが、もし夏をイメージさせ感じさせることができればそれは至高の技と
なりえるのではありませんか。
みてください、いまこの会場は氷の溶けるのを抑えるため、室温を低く
抑えてあるはず、ですが私や貴方の額に流れる汗はどうしたことなので
しょうか。
今聞こえている蝉の声、潮騒、照りつける太陽の熱気はなんなのでしょう。
いや、まさか私も実際にこんな技を目にする日がこようとは思いも
しませんでした。」
チョコバナナの解説にイチゴレモンもようやく気が付いたようである。
先ほどから聞こえている音は観客のざわめきや、空調装置の騒音だけでは
ないのだ。
彼女はゆっくりと拭っても拭っても汗が吹き出す顔を試合会場に向けたので
ある。
それと同時に飛び込んできたのは、真っ青なそらを背景に燦々と照りつける
真夏の陽光と、湧き上がる真っ白な入道雲、青々と緑にはぐくまれる生命の
輝きを抱いた山と、裾野から広がる白い砂浜に打ち寄せては引くを繰り返す波の
連なりが目の前に広がっていたのであった。
思わず目を疑ってしまったが、それは青い扇子とその下に掲げられた
宇治金時の彩り、盛られた器が証明の光を複雑に反射させるもので
あったのだ。
会場のざわめきが次第に消えていき、変わって唾を飲む音が微かに聞こえ
始めていた。
宇治金時五段がそんな時間を楽しむように十分に見る者にその姿を
堪能させたのち、扇子を下げ変わって手にしたスプーンをさっくりと
抹茶シロップのかかった部分にさし入れたのであった。
後年  かき氷道において、史上最も壮絶にて過酷と評される闘いは、まだ
その序曲を奏で始めたにすぎなかったのである。

 −完− 
2008年5月24日(土)   
「日本氷クラブ」にて放映


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