マリリンの「シーラさんとの思い出」

 おはようございます。
マリリンです。


 さて、3月4日に開催された、
視覚障害者マラソンのお話をしたいと思います。
当日、私は10キロに出場しました。
そして、第3位でした。


 とても思い出深いマラソン大会になったのは、
開会式で、炬火ランナーをつとめたからです。
 皆さんも、ご存じのように、
このマラソン大会の主催者は、らいトハウスです。
 グランド内は、ライトハウスのお世話になった先生方や、職員の方々で一杯で
した。
先生方や、家族のかけ声と拍手の中を駆け抜けた時、
いいようもない、感動が体中を駆け抜けました。


 この大会が、私にとって、思い出深い大会になったもう一つの理由があります。
それは、この2年間、私の伴走車として一緒に走ってくれていた
シーラ・キャンベルさんとの最後のマラソン大会だったからです。
 私がライトハウスに入寮したばかりの頃、彼女と出会いました。
 ボランティア伴走車を申し出ていたシーラさんに、ライトハウスの先生が紹介してくれま
した。
河川敷が練習コースでした。
早朝練習のため、朝こっそり部屋を抜け出して走りました。
ライトハウスの日直の先生はいつも玄関のドアの鍵を開けておいてくれました。
朝食の時間ギリギリに戻って、そのあと、寮の掃除をしました。
部屋のみんなには迷惑をかけたと思います。


 ライトハウスを出てからも練習を続けました。
駅で待ち合わせをして、河川敷を走りました。


 シーラさんは、厳しいけれど、
責任感のある人でした。
 河川敷で、ゴルフの練習をしている男性がいました。
私たちが走っているのに、練習を止めませんでした。
 シーラさんは、知っているだけの日本語で、
その男性に抗議しました。
 私たちが持って走る、ロープを男性に突きつけて。


 マナーの悪い人がいても、彼女は強かった。
私の白杖を蹴飛ばしたり、
後ろから押したりする人がいたら、
必ず、抗議をしてくれました。
 私は、目前での状況がわからず、下を向いているのでした。
カタコトの日本語で、彼女は矢面に立ってくれました。


 そんな、シーラさんと一緒に炬火ランナーをつとめました。
そして、第3位に入賞できました。
この入賞を一番喜んでくれたのが、シーラさんでした。


 彼女は、この4月4日に日本を発たれました。
もう日本には戻ってきません。
最後に出会った時に、 
シーラさんが私に言いました。
「手を出して。」
差し出した、私の手の平に、
半分のロープを握らせてくれました。
「いつの日か、必ず一緒に走りましょう。」
残りの半分のロープは、シーラさんが持っています。


 余談ですが、
10キロに出場したのは、
合計で4人でした。
その中で、私たちは第3位でした。
この事は、シーラさんには内緒です。



 この4番目の人も、何回か一緒に練習をした事のある仲間です。

 長い文章になりました。

 それでは今回はこの変で失礼します。



注、プライバシー保護のため、一部地名、人名などを変更させて頂きました。
                              (管理人)


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