ノッコさんの「八ヶ岳を歩いてきました」       

 こんばんは!ノッコです。

21日の晩、無事八ヶ岳から帰ってきました。
19日の夜、京都を出発したときはまだ梅雨明けしていなかったのに
帰ってきたらいきなりの猛暑!かなりの温度差に体がついていけませんです。

私にとっては初めての八ヶ岳でしたが彼は今回で3回目になります。
去年、おととしと初秋の八ヶ岳にひとりで行っています。

秋は登山者が少なくゆっくり山を堪能できますが、可憐な高山植物たちを
目にすることはできません。
そういった意味では今回は一味ちがった八ヶ岳を楽しんだようです。

19日、仕事を終えてから車で諏訪を目指して出発。
22時35分に諏訪サービスエリアに到着。
この日はここで車中泊。

翌朝3時10分起床。
サービスエリア内でうどんを食べて4時出発。
諏訪南インターで高速を降り、駐車場のある美濃戸口に4時40分着。
はやい時間なのでさぞかし駐車場はがら空きと思いきや、ほぼ満車状態。
ほとんどの車は前の晩に到着しているらしい。
あと30分遅かったら停められなかったかもしれない、危ないところでした。

テント一式、食料品、雨具、などなどを詰め込んだリュックを背負い出発。
ゆるやかな林道を、小鳥のさえずりを聞きながらゆっくりと進む。
途中には林の中に別荘が立ち並んでいる。
木々の間からは朝日が差込み、とても気持ちが良い。
体感的には気温15度くらいだろうか。

7時35分、キャンプ場のある行者小屋に到着。
目の前には阿弥陀岳から赤岳、横岳と続く稜線が大障壁のようにぐるっと
取り囲んでいる。
テントの数はまだそう多くはなく、好きな場所を選ぶことができました。
小屋にテントの場所代を払いに行くと、
「今日、やっと晴れましたよ。いい山日和でよかったですね」
とのこと、ずっと雨がふったりやんだりの天気が続いていたらしい。

テントを張り、雨具とカメラと水を持ち、8時35分出発。
木々にかこまれた細い山道はわりと角度を持っていて10分も歩いて後を
振り返ると点々としたテントがずいぶん下に見えました。
こういう角度のある山道は、登るのに体力を使いしんどいように思いますが、
高度を稼げるので私は好きです。
しばらく行くとクサリやハシゴ、階段が出てきてどんどん高度を上げて
いきます。
この頃になると森林限界を過ぎ、お約束のハイマツが姿を現わします。
と、同時にものすごい風が吹き出しバランスを崩すと風にあおられ倒れそうに
なりました。
風が強いということはまわりに障害物が少ないということで、この高さですでに
展望はすばらしく開けています。

登り始めて1時間で稜線にでました。
どこかで歓声があがり、皆が見ているほうに視線を向けると、なんと富士山が
きれいに見えるではないですか!
雲海のうえに悠々と姿を見せた富士山は、まさに日本を代表する山の風格を
見せつけるように、いえ、静かにそこに座っているだけで人々を魅了する力を
持っていたのでした。
カシャっとシャッターをおろしました。
多分きれいに撮れているでしょう、被写体がこれだけ良いのですから腕がなくても
それなりに撮れているはずです。ありがとう、富士山!

11時10分、標高2829M、横岳山頂着。
晴れ、風強し。
ガスが絶え間なく下から湧き上がり、あたりは真っ白、かと思うと
ふっと視界が開けて、遠く中央アルプス(?)の山々がくっきりと見えたりする。
あわててカメラを用意してレンズを向けるとガスが上がってきて真っ白に
なっている・・・とにかく頂上付近の景色は一瞬として定まらず絶えず動いていました。

ここから硫黄岳までの稜線は花の種類も多く、時期が良ければお花畑を歩いて
いるようだと聞いていましたのでとても楽しみにしていました。
相変わらず勉強不足で名前のわからない花が多いのですが、わかっただけでも
紫色のチシマギキョウ、松ぼっくりを細長くしたような青いウルップソウ、
高山植物としては少し大きめのキバナシャクナゲ、そして大好きなコマクサ
などなど、数え切れないほどの種類の花々がそこここにたくさん咲いていました。

特に硫黄岳の少し手前にはコマクサがみごとな群落をつくっており、その数の
多さにびっくりしました。
コマクサといのは花の形が「駒」つまり馬の顔に似ていることからつけられた
と言うことなのですが、濃いピンク色で先のほうが白っぽい、8cmくらいの
小さな花で根元の濃い緑の葉が一層花を引き立てています。
コマクサは他の植物が入りこめない、表土が不安定な火山砂礫地に咲き、
高山植物の女王と言われています。
はじめてコマクサと逢ったのは白馬岳でしたが、見つけるとあった!あった!
と喜ぶほど珍しかったのですが、ここは誰かが栽培しているかと思うほど
ワーッと咲いていました。
この先にある硫黄岳山荘のご主人が客寄せにせっせと植えているんじゃないのか、
などと冗談(半分本気?)を言いながらたくさんのコマクサを堪能しました。

硫黄岳山荘で小休止をとり、硫黄岳へ。
このあたりは広い岩礫の道なので、ガスがでて視界がきかなくなると道に迷う為、
道しるべに、石を積み上げた大きなケルンが点々と立っています。
この日はガスもなくケルンがモニュメントのように見えました。

13時、2760M、硫黄岳山頂に到着。
晴れ。
硫黄岳山頂には広大な火口が切れ落ちています。
他では見られない山頂風景です。
山頂地点も「硫黄岳」という立て札が立っているからわかるようなものの、
だだっ広いところでした。
人一人がやっと立てるような頂上もあればこんなに広いところもあるんですね。
火口をバックに記念撮影をして、帰路に立ちました。

下りはつづら折りのだらだらした道が延々と続きました。
下りだからまだいいようなものの、こういう登りは苦手です。
かなりの人が下から登って来ます。
この時間からですからきっと硫黄岳山荘あたりで泊まるのだろうと思いますが
ほぼ下りきる頃に出会った家族連れの人達が小屋に着くのは夕方5時を
過ぎるだろうと思いました。
大変だ・・・。

テント場に到着したのは15時。
ちょっと疲れました・・・
ビールを飲んで一服。
さてさっそく夕飯の仕度にかからなければなりません。
今回は無洗米を持参し、コッヘルで炊こうと家で2度ほど練習をしてきました。
でもちゃんと炊けないままきてしまったのでちょっと心配。
芯が残るんです。
なるべく火を細めにして時間をかけて炊いてみました。
蒸し時間もながくとっていざ蓋をあけてみると見た目にはまあまあ。
どんぶりの具を温めごはんにかけ、みそ汁を用意してさぁ夕飯です。
ご飯の出来は?
今までで一番ましでしたが、やはり少し芯が残っていました。
これはもう少し炊き方の勉強が必要なようです。


 翌21日、3時45分起床。
パンと紅茶で朝食。
5時にテントを出発。
真正面に見える赤岳を目指します。
このルートも頂上まで直登のコース。
少し歩くと息切れするほどまっすぐ続いています。
私の好きなコースです。
森林限界を過ぎる頃からクサリや階段が出てきて比較的楽に登れます。
後を振り返っては小さくなって行くテント場を見、上を見上げてはもう少しだと
言い聞かせながら一歩づつ一歩づつ確実に。
6時30分には赤岳山頂に到着しました。
風がきつく、ガスも多かったのですが、時折ガスの晴れ間より南アルプスの
仙丈岳、甲斐駒、北岳がくっきりと見えました。
今ごろはあそこにもたくさんの登山者が登ってこちらを見ているんだろうな
などと思うと何か不思議な感じがします。

赤岳から展望荘まで稜線を行くと行き交う人の多いこと。
山頂付近の小屋に泊まった人がこれから縦走しようというところでしょうか?
八ヶ岳は小屋が多いので「小屋ヶ岳」と呼ばれているそうで、おかげで
いろいろなルートで縦走が可能な山です。
足場がしっかりしていてクサリや階段がついているので、比較的初心者でも
楽に縦走できるとあって、30名くらいのツアーも多く、そんな団体と出くわすと
けっこう行き交いに時間がかかります。

展望荘からは昨日登った急登を下ってテント場へ。
8時25分、テント場着。
さっそくテントを撤収し、美濃戸口の駐車場へ。
11時に駐車場着、帰路に着きました。

途中、駒ケ岳サービスエリアで昼食を摂るために車を降りたとき、その暑さに
頭がくらくらしました。
温度差が10度以上あったと思います。
でも信州の暑さはまだ序の口でした。
家に帰ってきたら、さらにさらに暑かったのですから・・・。


 本当に毎日暑いですねぇ。
でももうちょっとの辛抱でまた涼しい別世界へ行けるのですから、つらい仕事も
なんのその、がんばらなくっちゃ!
今週の水曜日の晩から燕岳、槍、穂高へ縦走の旅に出ます。

今度は行き帰りをバスで、宿泊も小屋を利用します。
八ヶ岳と違い、大キレットという切り立った岩場を昇ったりコース的にも
少し厳しいのでいつも以上に緊張して行ってきます。
あの加藤文太郎氏が最後の山行きとなった槍です。
そういう意味では少しだけ加藤氏に近づけるような気がしてうれしいです。

だいぶ長文になってしまいました。
お疲れ様でした・・・・
ではまた!



注、プライバシー保護のため、一部地名、人名などを変更させて頂きました。
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