時の狭間で 第一話「野戦病院」

 空気を切り裂き一発の銃声が響いた。
「あうぅ、撃たれたですぅ〜・・・。」
衝撃を受けた瞬間、私の身体は叩きつけられるように地面に倒れて
行ったのである。
胸に熱く鋭い痛みと頬に冷たい地面を感じながら、なんとか身体を起こそうと
するのであるが、もう足いや指さえも動かす事はできなくなっていた。
死と言う言葉が脳裏に浮かんだ時、私の視界に誰かの靴が現れ、次いで私の
頭が持ち上げられた。
「しっかりしろ!、今衛生兵を呼んでやるからな!」
私の目に飛び込んできたのは、部隊の副隊長の顔。
私の頭を抱え、なにか大声で叫んでいるようだが、なにをそんなに慌てて
いるのだろう。
それに胸はとても熱いのに、手足はどんどん冷たくなっていく。
そうだ、私は伝えておかなくてはならない事を思い出した。
「ふっ副隊長・・・グフッ・・・。」
「喋るな、今助けてやる。」
鋭い叱責の言葉が聞こえたが、、私は伝えておかなくてはならないのだ。
「副隊長・・・、カウントダウンが・・・カウントダウンが聞こえたんですぅ。」
「いいから、それ以上喋るな!」
「お願いしますですぅ・・・、聞いて下さいですぅ・・・。」
私の言葉になにかを感じとってくれたのか、それ以上は止めようとせず
幾分顔を寄せてくれたのである。
「テレビの時報が・・・5、4・・・3、2、1、0って・・・。
それと同時に・・・送信ボタンを・・・。
いろんな所にどんどん・・・、どんどんとなっ流れて・・・。
その一部は、ゲホッ・・・私の所にも・・・。」
その時を思い出し、私は強く彼の袖を握りしめていた。
「おっおかしいんでsぅぅ、57分なんですぅ。
0時のはずなんですぅ・・・ゴフッ。」
彼の目が ふっと微笑みを浮かべたように見えた。
「ああ、判っている、そんな事もあろうかと記録を調べておいたんだ。
 確かに0時00分になっていたよ。
君の端末の時計が遅れていたようだね。」
「そっそうだったんですかぁ、良かったですぅ・・・グフッ、胸のつかえが
取れましたですぅ・・・ゴフッゴフゥッ。
副隊長はさっ真田さんみたいですぅ・・・、両手両足は爆弾ですかぁ・・・
グフッ・・。」
夜のとばりが降りてくるように、私の視界からゆっくりと彼の顔は
闇の中に溶け込んでいったのであった。
なにか大きな声が遠く近くで聞こえていたような気がしたが、私にはもう
どうでも良い事なのだ。
そう、私の心は解放されたのだから。
「あっ、時計合わさなくっちゃですぅ。」


 暖かな日差しが差し込んでいる。
ゆったりとした時間が過ぎ、膝に乗せた愛猫のコメさんがコロコロとノドを
鳴らしながら座っていた。
「あぅぅ、幸せですぅぅ。」
指先で軽くアゴを撫でてやると、目を細めて頭を擦り寄せてくる。
そのまま猫は立ち上がり、私の顔に両手を伸ばし鼻を押さえ始めた
「コメさん、苦しいですぅぅ、やめるですぅぅ♪。」
私はなんとか猫を顔から離そうとするのだが、猫の手はくっついたように
離れない。
「こらこらっ、だめですぅ、やめるですぅ。」
「起きるのにゃ。」
猫が喋った!
「コメさん!いつから喋れるようになったのですかぁ!」
驚きに目を見張る私に構わず、猫は私を起こそうとしている。
「私は起きてるですぅ。」
「起きて下さいにゃ、起きて下さいにゃ、起きて下さい!起きなさい!!」
目の前にいる猫の姿が揺らぎ、その顔が女性の顔となって行った。
「起きなさいったら!」
明るい光の中、白衣の看護婦さんが私の鼻を撮んで声をかけていたのである。
ぼぉっとした頭では現在私が置かれている状況がよく判らない。
「あのぉ、死神ですかぁ?」
彼女の眉がピクッと動いた。
「あのぉ、貴方は死神ですかぁ?」
私の鼻を撮んでいる手に力が込められた。
「あいたたたたですぅ!」
「あのねぇ、こぉんなに美人で素敵な死神がいるとでも思っているの。
つまらない事を言ってないで、早く食事をしなさい、せっかく作ったのに
冷めちゃうわよ。」
私はのろのろと身体を起こし、改めて周囲を見渡してみた。
天井からぶら下がった照明、汚れてはいるが白く塗られた壁、私が寝て
いるのはパイプ式のベッドのようだ。
部屋自体の広さはそれほどでもないが、どうやらここにいるのは私だけの
ようである。
ゆっくりと身体を動かしてみると、胸や顔に少し痛みはあるものの、
特に変わったところはないようだ。
「私はいったいどうしたのですかぁ?ここはどこですかぁ?」
はっきりしない頭を振りつつ、少し離れた所で、なにかの用意をしている
らしい彼女に声をかけてみた。
その手を止め、私の方に向き直り
「ここは野戦病院、で私はここの看護婦。
でもって、貴方はここに担ぎ込まれた患者さん。
これでいいかな。
一度死んでいたみたいだけど、婦長のバナナさんが言うには、
ほとんど擦り傷ばっかりだから大した事はないって。
まぁ、どうもないって事ね。」
クスッと微笑みながら手にしたお盆をベッドの脇のサイドテーブルに
置くと、そこからは食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「こんな最前線の野戦病院でも、なかなかうまいもんが食べれるって
ちょーっとした評判なんですからね。 えっへん!
それじゃ本日のメニューは、以前あなたから教わった
「グリーンチャーハン」に「アオナナの煮びたし」
それから「陸上クラゲの中華風酢の物」ですよ。 
さぁ、とっとと食べて、部隊に戻らなくちゃね。」

 目の前に並べられた料理に呆気にとられてしまった。
確かに前線の野戦病院でこんな料理が出てくるとは信じられない。
これはひょっとして死にゆく間際に見せる幻ではないかと疑う心が
沸き上がってきたが、食欲をそそる匂い、恐る恐る手を伸ばし触れた皿
(とは言っても
アルミでできた粗末なものだが)も、そこに確かに存在していたのである。
「はぁぁぁ、美味しそうですぅ。」
まだボンヤリと霞がかったような意識ではあったが、私はそれぞれの
お皿に手を伸ばし、抱え込むようにして食べ始めた。
この野戦病院は かなり規模は小さいらしく、目の前にいる看護婦さんが
調理はもちろんの事、メニューの決定から材料の調達まで全て自分自身で
行っているとの事なのだ。
確かにそうでなくては、国境近くの学校を利用しただけの場所で、これほどの
料理が出せるはずもない。
味付けも一流で、もっと気の利いた食器に盛りつけられて然るべき
ものだ。
あまりにも勢いよく料理を流し込む私に呆れながらも彼女のしてくれた
説明では、私は銃弾を胸に受けはしたが、首から下げていた軍の認識票
(チェーンの先に金属製のプレートに名前などの書かれている物)を
直撃したため、身体を貫く事にはならなかったそうなのである。

ただ、これも比較的威力の弱い7mmの軽機関銃の弾丸
だったからよかったようなもので、ライフル銃のような大型弾頭の物だったり、
あと1センチも横に反れていたとしたら・・・だったらしい。
それでも、衝撃で一時は本当に心臓が停止していて、副隊長が咄嗟に衛生兵を
呼んでくれた事、その衛生兵がドクターK事「kazuo fujisaki」であった事が
今ここで食事を摂っていられる理由なのだそうだ。
このドクターKと呼ばれる男は、医薬品が不足しがちな前線において
薬を全く使わず、ニードルと素手だけで治療を行うと言う。
手足を吹き飛ばされた兵士の身体を、annmaと言う秘術を使って
くっつけたり、ニードル一本で脳死状態の者を蘇生させたという噂もある。
どうやら私も、彼の新しい伝説の一つとなってしまったようだ。

そんな事を考えながら食事を終えた私に、目の前の彼女が明るく声を
かけてきた。
「ほらほら、それだけ食べられるならもう大丈夫でしょう、もっと重傷な
患者さんが待っているんだからさっさとベッドを開けてちょうだい!。」
一息ついた事で、私も自分の任務を思い出し
「ごめんなさいですぅ、すぐに行きますですぅ・・・・。
あうぅぅ、また副隊長に怒られるですぅぅ。」
「そうよ、真田副隊長さんがお待ちかねよ。」
転がるようにベッドを降りようとした私に、屈託のない笑顔で声をかけ
ポンッと背中を叩いた彼女の手を、私は素早く捕らえた。
そして低く感情を抑えた声で問いかけたのである。
「なぜ副隊長の名前を知っているのですかぁ?、貴方は何者ですかぁ!」
そう、部隊の隊員以外で仲間の本名を知っている者はいないのだ。
全てコードネームで呼び合っているのだから。
ましてや副隊長自身が、一介の看護婦に教えるはずもない。
そう思えば、先ほどのメニューの名前も気にかかる。
「アオナナの煮びたし」「陸上クラゲの中華風酢の物」
アオナナは副隊長のコードネーム、陸上クラゲは仲間のコードネームなのである。
他にも おやかた、lalala と呼ばれている者もいるが、全てコードネーム
なのだ。
なにより婦長をバナナと呼んでいたではないか。
そう、「バナナ」のコードネームを持つ者は・・・隊長なのだ。

つづく


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