「梅雨舟」

 このところ雨が降り続いていますので、どうやら入梅したようです。。
そこかしこに水溜りができていて、うっかりしていると足を突っこんでしまい
靴がずくずくになってしまって、学校に行くのも億劫になってしまいます。
でも、私達学生戦士は、どんな状況に陥ろうと命をかけて学校という
戦場に向かわなければならないのです
そこには、傷つき授業に苦しむ仲間が私の出席を待ちわびて
いますのですから。
「みんな、今しばらくの辛抱です、愛が援軍に向かっていますのっ!」
傘を振り上げ、ダレダレな気持ちに気合を入れた瞬間、何かが傘の上に
落ちてきました。
その重みに、お気に入りのファンキーな傘が、折れそうになってしまって
います。
「キャ〜〜〜っ!」
大きな声で叫んだつもりでしたが、ザンザンと降り続く雨の中では
自分の耳にさえ届いていませんでした。
どうやら気合を入れている間に、本降りの雨の中に紛れ込んでしまっていた
ようです。
なんとか体にまとわり付くものを引き剥がそうとしましたが、前も後ろも、
上はおろか足元までくっついていますので、なんとも抜け出すことが
できません。
さらに、傘が萎んでしまっていますので、雨が容赦なく吹き付けてきて、もう
クツはおろか征服のブラウスからスカートまでビショビショになってます。
「あ〜、もうっ鬱陶しいっ!」
引きちぎってやろうかしらんと、グッと力を込めたときに
雨に紛れて、声が降ってきました。
「あ〜、すまんすまん、まさか人がおるとは思わんかったんで、魚と
間違えてしもうた。
今外してやっから、引きちぎらんでもらえんか。」
慌てたような声でしたが、その端々に笑いが含まれているように聞こえるのは
雨の音のせいでしょう。
ほとんど頭しか雨を防いでいない傘を少し持ち上げて、声のした上の方を見ると
雨に煙る中に、舟型をした黒い影がゆっくりと降りてきます。
それは、雨を遮るように私の真上にくると、絡まっていたものがブルッと
震えたかと思う間もなく、私の体から離れ、舟の影の中に引き込まれて
いきましたのです。
どうやら、私に覆いかぶさっていたのは、投網だったようです。
網と入れ替わりに、船端から傘を被った人の影が現れ、私を見下ろして
きました。
「お〜い、すまんかったな、怪我はしておらんか。
ん、なんじゃ 愛ちゃんではないか、鷲はまた人魚姫でも掛かったのかと
思ったぞい。。」
しかたがありません、許してあげましょう。
萎んでいた傘を広げ直し、その声の主をみますと、それは梅雨漁師(つゆりょうし)の
梅次郎さんでした。
ゆっくりと私の目の高さほどに降りてきた梅雨舟の縁を掴んで、舟に乗り込ませてもらいました。
乙女としましては、ちょっとはしたない姿となってしまいますが、梅雨舟は
地面に降りてしまいますと、再び動かすのにひどく手間がかかりますので、
仕方がありません。
この梅雨舟といいますのは、底が平らになった和船というのでしょうか、
長さが10mほどの船です。
中央には、帆船のように棒が立っていますが、帆の代わりに傘が差して
ありますので、乗り込んでしまいますと雨に濡れることはありませんのです。
乾いたタオルを貸してもらい、髪や服の水を拭き取りはしましたが、
体に張り付く服が気持ち悪いのはどうにもなりませんし、相変わらず
空の底が抜けたような土砂降りですが、おかげでこれ以上雨に打たれることが
なくなったのでホッと一息つくことができました。
櫓を操りながらも、「すまんかったのぉ」を繰り返す梅次郎さんも
家々の屋根を遥かに見下ろす所で舟を止め、積んでいた水筒からコーヒーを
出してくれました。
お孫さんのものだったのでしょうか、一昔前に流行っていたアニメ
キャラクターが描かれた水筒です。
思っていました以上に体が冷えていましたようで、コーヒーの温かさが体に
染み渡ります。
はぁ〜と気の抜ける息を吐いて、コップ兼用の蓋を水筒に戻しました。
「でも、珍しいですね、この辺りでも魚が漁れるんですか。」
私だって、年上の人への言葉遣いぐらいちゃんとできますのです。
梅次郎さんは、キセルの煙を吐きながら、ニコニコと答えてくれました。
「いや、ワシも、梅雨漁を止めて久しいが、たまに手慰みのつもりで
やっておるだけじゃ、昔はこの季節は、皆で梅雨舟を仕立てて何十隻も
繰り出しておったんじゃがのう。」
そうなのです、ちょっと前と言っても、私が生まれる前の話なのですが、
梅雨の季節になると、魚が雨に引かれて空に泳ぎ出しますので、それらを漁る
舟が空を彩っていたそうなのです。
中には、船団を仕立てて鯨捕りに向かう姿もあったとか。
それらも、世界的に捕鯨が禁止となったため、私は教科書の写真でしか
見たことがありません。
昔のことを思い出したのでしょう、目を反らしている梅次郎さんは
少し寂しそうにみえましたのです。
こんな時こそ、私が元気づけてあげないといけません。
何を話せばと思案していますと、梅次郎さんの方が先に話しかけてきました。
「なぁ、愛ちゃんや、着替えは持っておらんのかね。
ずぶ濡れのままでは、風邪を引いてしまうぞ。
まぁ、鷲はそのままでも、目の保養になって構わんのじゃがの♪。」
力いっぱい水筒をぶつけてやりました。

持っていた体操服に着替えて、学校まで送ってくれると言うので、船先に
腰を下ろして、雨に浮かぶ家の屋根や木々の緑を眺めていますと、
遠くから人が泳いできました。
最初はなんとも思わなかったのですけど、地面は遥か下ですし、魚と違って
いくら大雨の中とはいえ、人間が空を泳げるはずがありません。
でも、どう見ても人間にしか・・・、違いました。
亀の甲羅、緑色の体、頭にお皿を乗せた かっかっかっ河童です、河童です、
河童ですっ!。
梅次郎さんに知らせようとしましたのですが、あわわわわと言葉にならない
声が出るだけでした。
平泳ぎです、平泳ぎでどんどんと近づいてきますっ!。
その気配を察知したのか、梅次郎さんも河童に気が付いたようで、一瞬は
驚いた様子でしたが、すぐに表情を和ませました。
「ほぉ、珍しい、この辺りにまだおったとはのぉ。」
振り向いた梅次郎さんは、青くなってあたふたと訳のわからないジェスチャーを
している私を見て大笑いしてます。
「愛ちゃん、愛ちゃん、怖がらんでもええ、なんんもしやせんて。
それより、そこの中の魚を投げてやってくれんか。」
とりあえず、梅次郎さんの様子を見て、少し落ち着いた私は、舟の周りを
泳いでいる河童から目を離さないようにしてクーラーボックスの中から魚を
一匹摘み出しました。
中には鯉や鮒などが半分ほど入っていました。
きっと今日 漁れたものなのでしょう。
恐々と魚の尾びれを指先でつまんで、船縁から差し出した私に、梅次郎さんが
笑いながら言うのです。
「あ〜、直接やっちゃダメじゃよ、引っ張り込まれることがあるからのぉ。」
思わず魚を放り投げていました。
放物線を描いて飛んでいく魚に、素早く近づき、口で見事にナイス
キャッチです。
その様子に、ちょっと観察する余裕もできたので、よく見ますとそれなりに
可愛い顔をしています。
あっという間に、魚を平らげても、まだ物足りないのか、つぶらな瞳で
私を見つめてきます。
クーラーボックスから、もう一匹摘み出して投げてやると、それもまた
ナイスキャッチして、来た時と同じようにゆっくりと離れていきましたのです。
「河童って本当にいたんだ・・・。」
呆然と見送る私も、妖怪を見たのは初めてでした。

舟は、雨の中をゆっくりと進み、授業開始5分前に学校の正門前に
到着しました。
登校してきた友達も梅雨舟を珍しそうに見ていきます。
お礼を言って、舟を降り、手を振る梅次郎さんに手を振り替えしながら
ふと私は気が付きましたのです。
河童、携帯で撮っておけばよかった〜っ!
「梅雨舟」 お し ま い

2009年6月13日(土)          
季刊「四季通信」 夏号より抜粋。


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