真田さんから解放され、格納庫に辿りついたのは部屋を出てから
たっぷりと三時間は経ってからのことであった。
やっぱりここの空気はいい。
確かに艦長と言う仕事はやりがいのある仕事ではあるが、艦載機隊の
船から飛び出せば>己の腕ひとつという自負と、背中を預けられる仲間との
連帯感は、どんなに強力な戦艦に乗っていたとしても味わえるものではないからだ。
だからこそ、一種独特な空気をはらむ戦闘機乗りの集まっている格納庫や
ガンルームにくると自分のいるべき場所に落ち着いた気持ちになる。
大きく息を吸い込み、愛機のコスモゼロが置かれている格納庫の奥に
向かおうとしたとき、片隅にある待機室の窓からコスモタイガー隊隊長の
加藤の顔が見えた。
相手は山本だろうか、手をしきりに動かし話し合っているようだが、
その声はここまでは聞こえてこない。
そう言えば、今度地球連邦防衛大学で加藤に講義をして欲しいと言う依頼が
きていたはず。
知っての通り、戦闘機パイロットの中でも、彼ほどのエースはいない。
私とて、戦闘機乗りとしてはエースの呼び名を冠されてはいるのだが
彼と敵として宇宙で合い見える(あいまみえる)ことはご免こうむりたい。
そんな彼の実践での心構えやテクニックの話を聞くことは、これから
戦闘機パイロットを目指す生徒達にはよい勉強になるだろう。
一声かけておこうと、待機室に近づき軽くノックをしてドアを開け、中を
覗き込んだ。
二人の視線がこちらを捉え、軽く敬礼を行ってくる。
中にいたのは加藤と、もう一人はやはり山本だった。
加藤の影に隠れてその活躍は目立ってはいないが、彼もまたエースの称号を
冠されているパイロットの一人だ。
ドッグファイトでは、加藤に一歩譲とはいえ、乱戦時の的確な判断力と
柔軟な対応能力は実に見事なものなのである。
こちらも彼等に敬礼を返しながら部屋に入る。
「やぁ、戦闘機隊のナンバー1と2が二人してなにやらよからぬ相談でも
しているのかい。」
「なんだ古代じゃないか、これから我が艦の艦長をいかにして葬ろうかと
作戦を練っていたところだ。
どうだお前も一口乗るか。」
ニヤニヤと人の悪い笑いを浮かべ、さらっと口にしている。
「おいおい簡便してくれよ、東堂長官にお尻をぶたれるお前なんて見たくも
ないぞ。」
「おっ、言ってくれるねぇ。」
高らかな三人の笑い声がこだました。
艦長と戦闘機隊隊長の違いはあるが、私とこいつは公務を離れれば、無二の
親友なのだ。
「そう言えば、お前今度地球連邦防衛大学で講義をするんだろ。
どんなことをするつもりなんだ?」
加藤がそれまでニヤニヤしていた顔を真顔に戻した。
「うむ、そのことなんだが、今も山本と打ち合わせをしていたところ
なんだ。
丁度いい、お前の意見も聞かせてくれるか。」
ほぉ、こいつも真面目に取り組むこともあるんだと変に感心してしまった。
「撃墜王に俺が意見することがあるかどうか判らないがな。」
「いやいや、連邦軍きっての功績を誇る偉大な艦長の意見を聞けるなんて
身に余る光栄だよ。」
ニヤリと片頬を持ち上げると、両手を広げ手のひらを動かし始めた。
「ドッグファイトに入った時なんだが、まずこっちの戦闘機が
ギュ〜〜〜〜ンとくるだろう、するとこっちはこうギュワ〜〜〜ンて
なって、ビシャ〜〜〜となるからここでズダダダダンとなるはずなんだがな。
ところが、こいつが・・・。」
それまで加藤の動きを黙って見つめていた山本が自分の両手を広げ
同じように手を動かし始めた。
「ええ、私もこのビシャ〜〜〜まではいいと思うのですけど、この
ズダダダダンは加藤さんだからこそできる訳だと思うのです。
まだまだ半人前の者には難しすぎます。
それならここでは、ギュルンときてババババババとした方がより生き残る
可能性は高まると思うのです。」
とズダダダダンの前でクルッと一回天して片手を捻りこむ形を作っていた。
「しかしだなぁ、これは身体で覚えさせないといつまで経っても突っ込む
タイミングが覚えられないじゃないか。
ギュルンとするとこの時にズワ〜〜〜とされでドゴンドゴンでエンジンが
ボヒャ〜〜〜な状態になっちまうだろうがっ。」
加藤がクルリと身体を反転させた後、片手を頭上多角かざし、もう片手を
ヒラヒラと振りストンと下に下げている。
「それはそうですが、このズワ〜〜〜とされた時にギュギュンとスロットを
絞ればググンとなって相手はこうドシュッとなりますからここで
グォ〜〜〜ンと縦ロールを入れればガガンでシュルシュルってできるじゃ
ないですかっ。」
山本もちょっと熱くなってきたようで、加藤の手を掴むとヒラヒラの
ところで強引に手を持ち上げ加藤の身体ごと一回転させた。
「だぁかぁらぁっ、それは急降下爆撃機相手の時じゃないか。
確かに七色星団の時にはそれでよかったけど、白色彗星のパラノイアの時は
ボヒャ〜〜〜になっている奴がいただろうがぁっ!」
今度は加藤が山本の手を取り、ヒラヒラからストンと手を押し下げている。
「パラノイアは特別ですっ。
あんな下方視界の広い戦闘機って他にいませんって。
急降下爆撃機って言われますけど、デバステーターは戦闘爆撃機だったじゃ
ないですか。」
コスモタイガーだって戦闘爆撃機の要素が色濃いじゃないですか。
だったら、ここでズボボボボンのグララランときた方が
よりよいでしょう。」
加藤の手を振り払い、大きく手をスライドさせ、足を一歩踏み込みながら
高くかざした手を上から下に振り下ろし、最後に両手を重ね合わせた。
「おいおい、デバステーターの時は、キュ〜〜〜ィンとなってガガガガンの
ビュワ〜〜〜ンでダダンダダンがパパンじゃないか。」
「何を言っているんですかっ。
このズビョンがギュルルルルとなってしまうじゃないですか。
ここはやはりビョビョンがズダダダンでキュルルルとグォォンです。」
「あ〜違うって、それじゃドドンがドンのパパンがパンだろう。」
二人とも白熱しているようで、互いに擬音を発しながら手を前後左右に動かし
足を組み替え、身体を時には大きく仰け反らせ、しゃがみこみ、クルリと
回転させている。
こいつらきっと関西、それも大阪出身に違いない。
そんなことをチラリと考えていると、二人が私に向き直った。
「どうだ、古代はどう思う。」
あっ、こいつらマジになってやがる。
コホンッと咳払いをして、私はそれまでの二人のやり取りを思い出し
同じように両手を広げたのである。
「俺ならこう、ギュィ〜〜〜ンときた時は、こうグルンと返してズバッと
きてからドンッといくな。」
二人の視線が瞬時に怪訝なものとなると急に不安になり最後の位置で止めた
手をつい見つめてしまった。
「なんでそうなるんだぁ〜〜〜っ!」
二人の実に息のあったハーモニーである。
幾多の戦闘を生き残ってきた者だけが会得できるコンビネーションだ。
「そんなところでグルンと返したら、ギュゴンのダガンッじゃないかっ!」
「そんなところでグルンと返したらダダ〜〜〜ンのズボボボ〜ンじゃないですかっ!」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
三人が三人とも、互いを見つめ固まってしまっている。
僅かの時間、口を閉ざし、視線だけを交差させていたがやがてそれぞれが
それぞれの手を取り、大声を張り上げていたのである。
「ここではズバンのギュイィ〜〜〜ンだろうがぁ!」
「何を言っている、ドガァ〜〜〜ンのビュビュ〜〜〜ンだっ!」
「二人とも違います、ババ〜〜〜ンでドカンでしょうがぁっ!」
互いに一歩も譲らず激しく手を足を動かし、もはや擬音だらけで会話として
成り立っているかどうかも怪しくなってきていた。
「あっ古代、お前コスモゼロじゃないか。
あんな特別機みたいな機体に乗っているからドパンのゴゴォ〜〜〜ンの
ドシャンなんてことになるんじゃないか。」
「そうです、主力戦闘機はコスモタイガーなんですから、コスモゼロに
乗る学生なんていませんからね。」
あっこいつら結託しやがった。
「なんだと、いいか、新型機はコスモゼロに勝るとも劣らない運動性を
持っているものもいるんだぞ。
コスモタイガーだからなんて泣き言が通用するかっ。
そんなんだから、ズガンでドゴゴゴ〜〜〜ンなんてことになるんだよ!」
肩を怒らせ再び睨み合いになった時、待機室のドアがそっと開けられたので
ある。
三人が一斉に振り向き、空き巣狙いのような慎重さでドアの隙間から
顔を覗かせた者を認めた。
彼は、このとき自らの死を覚悟したと言う。
三人が彼に向けた視線は、まさに獲物を狙う肉食獣のそれであったのだ。
「・・・・、古代艦長、ここにおっおられましたか・・・。」
顔を出したのは通信班班長の相原であった。
「えっと、お取り込み中でしたら出なおしますが、司令本部から通信が入って
います・・・。」
しばし相原の様子を伺っているようにも見えたが、互いに手を掴みあった
状態にまずいものを感じたのか、それぞれが咳払いをしつつ手を離し
服の埃を払ったり、手首や首の関節をコキコキとならしたりしている。
「あっ、相原、個人通信で私を呼び出せばいいだろう。」
ちょっと威厳を保つつもりで、腰に手をあて意識的に1オクターブ低い
声で注意を行ってみた。
「ですが艦長、通信器 切っておられましたから。」
古代が慌てて、腰の端末を探りスイッチの状態を確認している。
「あぁ、すまん、だが全艦放送を流せばいいじゃないか。」
「流しました。」
どうやら熱くなりすぎていて聞き漏らしてしまっていたようだ。
このとき、加藤が相原に向かって質問をしてきた。
「おい相原、お前戦闘機課程は取っていたよな。」
「ええ、一応終了はしていますけど、訓練学校以来乗ってはいませんが。」
「じゃぁ、お前が一番学生に近いってことだよな。」
これには相原もちょっとムッとしたようである。
「そりゃ撃墜王の御三人に比べれば私なんて学生に毛が生えたようなもの
でしょうけど・・・。」
「あ〜っ、すまんすまん、そう言う意味じゃないんだ。
慌てて加藤が手を顔の前で振っている。
「ちょっと、そういう新人に近い、いや・・・あまり戦闘機に慣れていない者の
意見が聞きたいんだ。」
そう言うと、二人に目配せをして、おもむろに手を広げ先ほどの
動作をして見せた。
加藤が終わると、山本、古代もそれぞれの動作をして見せたのである。
もちろん擬音付きであったのは言うまでもない。
「どうだ。」
とそれぞれが期待をこめた熱い視線を向ける中、相原は思案するように
顎に手をあて考えてから軽く頷き話し出したのである。
「確かにそれぞれ特徴があるようですけど、私にはどれも難しすぎます。
多分、数年かかっても会得できないでしょう。
それって、今度加藤さんが地球連邦防衛大学でされる特別講義で使われるん
ですよね。
その相手って確か、訓練学校に入ったばかりの新入生で、まだ訓練機に
乗るようになったばかりの奴らですから、いきなりじゃちんぷんかんぷんに
なるんじゃないかと。
でしたら、一撃離脱の実際を教えてやった方がためになるんじゃない
ですか。」
「あっ・・・。」
三人が頭をハンマーで殴られたように、あんぐりと口を開けた。
「ほら、教本じゃ進入角は敵に対して自機の前方40〜45度の角度で
距離1000Mでの射撃が。って書いてありますけど、実際はコスモタイガーの
機体性能からみて、40度800Mにしないと命中率の低下が著しいじゃ
ありませんか。
これって実際に乗った者にしか判りませんから、そこら辺を今の動作で
教えられた方がいいんじゃないですか。」
そうなのである、ヤマト艦載機隊、そこは一般の航空隊と違い、最も技量の
劣る者でさえ他の航空隊に配属となれば隊長として堂々と部隊を率いる
ことさえ可能な者ばかりなのである。
そんな中のトップパイロットが、自分の技術を伝授しようとするので
あるから、ベテランパイロットへの講義ならともかく、技量が未熟と
言うのもおこがましい連中に言っても、毒になりこそすれ薬に
なることはない。
「そうだよな、俺たちって頭で考えるより早く身体が動いちまうからなぁ。」
「そうですよね、後ろに付かれたときなんか、こう背中がゾワゾワとして
なにか確認する前に操縦桿を引き起こしていたりしますよね。」
「あっ、それ判る判る。
レーダーに映る前にビビッってきたりするだろ。」
「お〜、お前もそうかっ。
たまに俺って超能力者っ、って思っちまうよな。」
「わっはっはっはっ、それ頂き。
実は俺って超能力者っ。」
先ほどまでの雰囲気を一変させ、互いに軽口を叩き小突きあう三人の
話を聞きながら、
「あんたら、冗談抜きに超能力者だよ・・・。」
と溜息を吐き出す相原なのであった。
後日行われた加藤の特別講義は彼の手拍子と
擬音のもと、講義室を所狭しと身振り手振りで動き回る学生で溢れ、
大盛況のうちに幕を閉じたと言う。
その時の身振りが元となる「撃墜音頭」が、地球連邦防衛大学名物として
長く親しまれるようになるのは、もう少し先のお話である。