その手紙を読んだのは偶然だった。
たまたま早く帰宅して、ポストを覗いたところ夕刊と一緒に一枚の葉書が
入っていたに過ぎなかった。
封書ならそのまま居間のテーブルに置いておいたし、両親宛に来たものを
開封して調べるほど我が家に探らなければならない秘密はないと思う。
たぶん・・・。
だがそれは葉書だったのだ。
宛名を見て、それが自分宛のものでないと判っても、普通裏返して
読んでしまっても不思議ではないのではないか。
だが、世の中、知らなければ良かったと思うことほど、かくも簡単に
知ってしまうものなのであろうか。
それは両親の友人から送られてきたお悔やみの手紙だったのである。
海外に暮らしていて葬式に参列できなかったことの謝罪に始まり、子供を
亡くして失意に暮れているであろう友人に対しての励まし。
普通、お悔やみにこんなことまで書くものであろうかと思うのだが、
亡くなった子供の病気についてのことや、死亡年月日まで克明に書かれて
いたのだ。
それはそれで、その後の僕にとっては役に立ってくれたのであるが、
他の者にとっては大きなお世話だったのかも知れない。
なにより最初僕はとても憤慨したのだ。
当然だろう、両親にとって子供とは僕一人しか居ないからである。
まぁ、隠し子でもいたのではと言うことも考えられるが、二人とも
そんなタイプには見えない。
くだらない悪戯だと、誰からのものか確かめようと表書きを見た時
何気なく気が付いてしまったのは、切手に押されている郵便局のハンコの
日付が二年後のものとなっていたことである。
どういうことだろう、遅れて届けられ、消印が以前の日になっているのなら
話は判るが、未来になっているとは。
一番考えられるのは、機会の故障かなにかで、日付が狂っていただけの
ことだろう。
そうに違いないだろうが、僕はその消印から目が離せなかった。
よく小説なんかであるではないか、郵便物がなにがしかの拍子に時空の
狭間に落ち込んで、主人公が未来の出来事を知ってしまうという話が。
僕も普段ならそんな非現実的なことが起こるなんて考えないし、夢と現実を
混同するなんてこともない。
が、なぜか今はこれが冗談とか嫌がらせの類とは思えなかったのである。
なぜかと尋ねられれば、直感だという以外には答えられない。
目端の利く人なら「作者の都合」などと考えるかも知れないが、よく考えて
欲しい、それならもっとらしい理由を組み立てるのが普通だろう。
直感なんてことは、小説を書こうなどと考える者にとっては必ず避けて
通りたい理由の一つなのである。
はっ、僕は今何を考えていたんだろう、
なにか別の思考が頭の中に流れ込んできたような気がしたのだが。
とりあえず、夕刊と葉書を手に、両親の帰りを待ち、先に帰ってきた母親に
見せた。
母も首を傾げながら、友人に電話をかけていたが、相手もそんな葉書を
送った覚えはないし、そんな話も聞いた覚えもないと否定していたそうだ。
誰かの悪戯だろうと憤慨する母に僕は言ったのである。
「明日、病院に行って精密検査を受けてくる。」と。
心配性ねと笑う母に
「なんにもなければそれでいいし、最近ちょっと体調も悪いから。」
と言ったものの、なぜか僕にはその確証があったのも事実なのだ。
翌日、市内の総合病院で検査を受けた僕は、担当となった医師から重大な
内容を聞かされたのだった。
普通なら見逃してというか、気づけもしないような場所に癌が発見されたので
ある。
医師は、まだまだ初期の段階でもあるし、これほど小さなうちに発見される
なんて奇蹟だ。
今なら簡単な腹腔鏡手術で取り去ることができるし、転移の可能性は確実と
言っていいほどにないっ。
と先行きの明るさを強調している。
まるで彼の力のみで見つけたかのような錯覚に陥ってしまいそうだが、
検査前に医師が眉間にシワを寄せるのにも構わず、くどいまでに
その部分を診てくださいと言っていたのを忘れているようである。
なにはともあれ、これで僕が、この病気が元で命を終える心配は
なくなったのだ。
再発という事態もありうるが、、定期的に検査を受ければその心配も
ないだろう。
それからの僕はと言えば、身体を鍛え、ザバイバルなど生き残り技術を
学び、自分の力を向上させることに心血を注いだのだ。
確かに一つの道は克服したが、それが全てだとは思えなかったからである。
手紙に書かれていた日付まで僕の命は保障されているのだろう、だけど
それ以降はどうなるのだろうか。
死んでいるはずの人間がそれ以降も生きていると言うのは、歴史と言う
ものが本当に存在するのであれば、映画などで描かれているように
辻褄を合わせるために、僕を消しにくるのではないのだろうか。
それが本当に起こるのかどうかは判らないし、どんな方法でくるのかも
判らない。
もし、僕がその日に死んだとしても、それが僕の運命だったのかも知れないし、
歴史が関与したのかどうかさえ判らないではないか。
だけど、僕はまんじりとその日を待つつもりはない。
どんな事態になろうと、くぐり抜けてやるんだ。
ついにその日がきた。
あれからの僕は努力の甲斐あって、それまでとは見違えるほdの肉体を持ち、
武道家はおろか、軍の特殊部隊のエース隊員さえ凌駕できるほどの
生き残り技術を身に付けることができた。
中でも、本能と言うか、危険を察知する能力は、もう超能力と言って
よいほどの高みに達しているのだ。
まぁ、これは身に着けたと言うより、僕が元々持っていた能力を開花させた
ものと思っている。
朝起きた時から、なんら変わらない一日の始まりだった。
いつものように朝食を摂り、学校へ向かう。
通学路でのおしゃべり、気になる あの女生徒をドキドキしながら
横目で確かめ、それを友人にからかわれる。
いつもの一日の一コマだ。
そうだ、昨日も、今日も明日も変わらない毎日が続くんだ。
僕は何を怖がっていたんだろう。
あの手紙はたちの悪い悪戯で、未来から来たものでもなんでもなかったんだ。
なんとなくホッとした気持ちで、友人とじゃれあっていたが、トンと
肩を押され一歩横に移動した瞬間、轟音と突風を巻き起こし何かがほんの
数センチ前を横切り、再び何かが押しつぶされる、金属がこすれ合う
不快な騒音を巻き起こした。
それまでの笑いを顔面に張り付かせ、軋み音がしそうな動きで傍らを
見やると、小山のような車が誰かの家であったものに突っ込んでいた。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ・・・。」
隣にいる友人に声をかけようとしたが、彼のいたはずの場所には車の
ボディーが壁となってそそり立っている。
「ちぇっ、勝手に消えるなよなぁ・・・。」
そう言えば、家と車の隙間から見えているカバンは、あいつの物じゃないか。
しょうがないなぁ、あんな所に忘れていくなんて、あいつらしいと言えば
らしいんだけどね。
学校まで持って行ってやろうと歩き始めた時、車に書かれている文字が
目に入った。
街中でよく見かける有名なガソリンスタンドのロゴだ。
なんとなく眺めていると、キナ臭い香りが漂ってきた。
車か家からか、黒い煙が立ち上がり始めている。
「ふぅん、タンクローリーなんだ。」
そこで、いきなり思考が繋がり、僕は後ろも見ずに駆け出したのだった。
十歩も走った時だろうか、耳を劈く大音響に続いて、背中に叩きつける
衝撃波と熱風が襲い掛かってきた。
髪の毛をチリチリと焦がし、僕の身体は軽々と空中を飛ばされてしまって
いたのだ。
次に気が付いた時には、爆発によって倒壊し燃え盛る町並みと、
あちらこちらで倒れる学生と住人をボンヤリと眺めていた。
僕自身は、これまで培ってきた技術と、その運動能力、身体の頑健さによって
大した傷は負ってはいなかったが、とっさに後頭部を庇ったカバンには
大小さまざまな金属片が深々と突き刺さっていたのを見ては
危ういところだったのだと、改めて怖気が背筋を這い登ってくる。
立ち上がろうとしたが、どんなにシュミレートを繰り返してきた者であっても
現実にザバイバルなシーンに遭遇すると、そのショックは大きい。
崩れてしまいそうな膝を叱咤して立ち上がるのにたっぷり10分は必要
だったのにも笑わないでもらえると嬉しい。
ようやくのことで立ち上がり、とりあえず服についた埃を祓った。
周囲では、同じように爆音と惨状に呆然としていた町の人達も
立ち直りつつあるようで、怪我人の元にかけより介抱する者や、そこかしこで
警察や消防に連絡をとるものが出始めている。
遠くの方からはパトカーや救急車、消防車のサイレン音も聞こえ始めていた。
僕もなにか手伝いをと思い、現場に足を運ぼうと一歩踏み出した時
背筋を冷たいものが駆け抜けたのである。
慌てて振り向いた先には、爆煙をまともに被ったのであろう、身体を煤と埃で
黒く染め上げた男が立っていた。
これだけ汚れていても、街中で出合ったら、まず係わり合いになりたくない
職業についておられる人だと言うのが一目で判った。
が、問題はそこではない。
手には軍隊が戦場で使うような大型のナイフが握られ、それ以上に
問題だったのは彼の目が尋常ではない光に輝いていたと言うことだ。
はっきり言おう、いっちゃっているのである。
そして、フラフラと泳いでいる彼の視線と僕の視線が合ってしまった。
「うぉぉおおおおぉぉおおおおぉぉぉっ!」
獣の雄叫びを上げて彼が走り出した。
僕が彼を手招きした覚えはないのだが、一直線に向かってくる。
「○○組長っ、命(タマ)取ったる! 死ねやぁ〜〜〜〜っ!」
ちょっと待て、なぜ征服を着た高校生とどこかの組長とを間違えるのだっ。
小説や漫画ではあるまいし、高校生の組長なんているはずないじゃないか。
ましてや僕は生徒会長はおろか学級委員長、キャプテンにもなったことは
ないぞ。
はっ、まさか小学生の卒業文集委員だったことかっ。
残念なことに、腰だめにナイフを構え、体ごと突進してくる彼に尋ねている
時間はなかった。
身を捻ってナイフを交わし、返す刀で後頭部に肘を叩き込み呻き声を
上げさせ、トドメに膝を顎に打ち込んで後方に弾き飛ばす。
男の身体が宙を舞い、もんどり打って地面に叩きつけられた。
ピクリとも動かなくなったのを確認して、一安心するとともに冷や汗が
今頃になって噴出してきた。
あまりにも動かなさ過ぎる様子に、まさか死んだのではと足先でつついて
みようとした時バラバラと男と同業であろうと思われる一段が湧き出してきた。
「てめぇなにしやがるっ。」
僕は一目散に逃げ出したのだ。
笑わないで欲しい、誰だってそうしただろう。
そんな僕の耳に、彼らの声が聞こえてきた。
「チッ、相手間違えやがってっ・・・。」
通りの角を曲がったところで足を止め、荒い息を抑えつつ、そっと後ろを
覗き込んでみたが、追いかけてくる者はいなかったので、溜めていた息を
吐き出すことができた。
まったく、なんて一日だ。
へなへなと腰が砕け、その場に座り込んでしまった僕の顔にふさふさとした
毛が触れた。
誰かいたのかと横を向くと、僕の顔はその毛の中に埋没してしまった。
驚き頭を後ろに反らすと、金色の頭が見え、その持ち主と目が合って
しまったのだ。
同時に体臭と言うか、小さい頃に連れて行ってもらった動物園の臭いを
思い出した。
それどころか、そのまんまのものがそこにいたのである。
これって確か、ライオンって言うんだよなぁ・・・、トラとライオンを
掛け合わせたのってレオポンだったっけ?ヒョうとライオンだったかな?
ぼんやりと見詰め合ってしまっていたが、ライオンの後ろで、ピョンピョンと
飛び跳ねて手を振り回しているやけにハデな人間の姿が目に入った。
なにやら細長い棒を持って、叫んでいるようだが、何を言って
いるのだろうか。
そうそう、ピエロって言うんだよな、そうか数日前からサーカスが
来ていたんだったな。
これはそこのライオンなのかぁ。
やれやれ、とりあえず、目の前にライオンがいる原因が判って一安心である。
安心できるかぁ〜〜〜〜っ!
陸上選手もビックリの猛ダッシュでその場から駆け出したのと、後頭部の
すぐ後ろで獣の噛みあわす牙の音を聞いたのは同時だったであろうか。
獣の前足が僕の背中を叩き身体が前のめりに倒れこんだ瞬間、パンッという
破裂音とともに、ギャウと一声鳴き獣の全体重が僕にのしかかってきた。
呆然と動けない僕に向かって先ほどのピエロがまだ薄く煙を吐き出している
ライフルを片手に近づいてくる。
きっと僕を助けてくれたに違いないだろうが、その薄笑いを浮かべたような
メイクはカラフルな死神としか思えず、勢いよく頚木から抜け出すと
後ろも見ず駆け出してしまったのであった。
その後も、助けを求めた警察官にはテロリストと間違えられてパトカーの
群れに追い回され、報道ヘリは落ちてくるは、非常事態宣言だとかなんとかで
出動してきた軍隊の銃撃戦に遭い、逃げ込んだ化学工場の爆発に
巻き込まれると言うおまけ付きであったが、辛くも抜け出すことができた。
今、一つの町が燃え盛っていた。
一人 山の頂から燃える町を、彼が生まれ育った町が燃える様子を呆然と
眺めている少年がいる。
彼の微かな呟きに耳を向ける者は誰もいなかった。
「これも、僕のせいなのか・・・。
歴史はこうまでして僕を消そうとしていると言うのか。
だったら、受けてやろうじゃないか、負けてなんかやらない、どんな目に
遭おうと生き延びてやる。」
新たな決意を胸に、彼はいずこともなく走り始めたのである。
「総統、総統、いかがなされました。」
気づかぬうちにぼんやりとしてしまっていたらしい。
目の前には、心配気に私を覗き込む副官がいた。
「あぁ、すまぬ昔のことを思い出していた・・・。」
手にしたバラを花瓶に戻しながら、彼ガルマンガミラス総統デスラーは
今声をかけてきた副官のタランに問いかけたのである。
「で、原因は判ったのかね。」
既に十分過ぎるほどに困り顔だったタランの表情がさらに情けなく曇った。
「はい、銀河系外の観測衛星の幾つかが生き残っておりましてデータ転送を
させました。
それに合わせて同じく銀河外延の艦隊、基地からのデータを照合しました
結果、信じ難いことなのですが銀河系の近傍で異次元空間より同程度の
銀河が出現、交差した後、再び異次元空間に消えたらしいのです。
ピクリと彼、デスラー総統の眉が動いた。
「タラン、私もさして宇宙物理学に精通しているとは言いがたいものだが、
直径15万光年を越える距離を通り抜けるためにはどのぐらいの年月が
必要であるか程度のことは判るつもりでいる。
よもや同一空間にワープでもしてきたとでも言うのかね。
ならば、今頃は銀河そのものが対消滅を起こしているものと思うのだが
違っているかね。」
「いえ、信じがたいことなのではございますが、観測データをどのように
照合しましても、ほんの数時間で銀河系内を銀河が駆け抜けていったという
結果しか出てこないのであります。
よもやこのような現実が起こるなどと、もし話を聞いただけでありましたら
私も一笑に付していましたことでしょう」
困り顔の副官の話を聞き流し、彼は大きく息を吐き出して、深々と
背凭れに身体を預けた。
これは、これまで彼の生きてきた道程を思い返すには十分すぎるほどの
事件だったのだ。
自分の身を守るためには、周囲の敵を排除するのがベストと、ガミラス星を
統一、総統という頂点を極めた。
が、その直後に地底人の地表侵攻という前代未聞の事件が発生したのである。
こんな奴らがガミラス星に生息しているなどと、誰が予測したというのだ。
これはドリルミサイルの大量投入で事無きを得たが、おかげで星が穴だらけに
なってしまい、地表は生存不能な環境になり、我々が地底人となって
しまうという笑うに笑えない状況となった。
さらに追い討ちをかけるように、星自体の生命が尽きかけているという
事実が判明したのだ。
このまま座していれば遠くない未来に星とともに我が身が滅びてしまう。
だから必至で移住できる星を探し、地球を見つけ出しもう少しで移り住めるまで
こぎつけた。
それですんなりいくはずだったのに、たった一隻の戦艦によってよもやの敗北を
喫するとは。
総統官邸の窓から見たヤマトはまさに歴史が送り込んできた悪魔としか
見えなかった。
あの艦だけは葬らなければならないと心に決めたが、一事身を寄せた
彗星帝国でさえ滅ぼされてしまった。
私はヤマトが我が艦に突っ込んできた時に悟ったのだ、この艦相手では
身が持たない、ならば味方につけてしまえばよいと。
その目論見は見事に的を得たものだったのだ。
その後最後の別れにとマゼラン星雲に立ち寄った時には、ガミラス星の消滅、
我が艦隊の全滅と危うい所を、ヤマトの助力により脱することができたのだ。
そして、そして再び築き上げた帝国が、このざまだ。
今回も数日前から妙な胸騒ぎに襲われ、思いつきで偏狭星域の視察に出たので
難を逃れたが、あのまま本星にいたならばどうなっていたことか。
これも、歴史の仕業、あくまでも私を殺そうというのか。
いいだろう幾らでも受けて立ってやる、このデスラー貴様がどんな手段に
訴えようと必ず生き延びてやる。
「タラン、地球に向かうぞ。
このバラの礼をしなければな。」
まさかヤマトの傍にいれば安心だろうなどとはいえないが、あの我がガミラスを
始、二重銀河さえ葬ったヤマトを味方にしておけば安心このうえない。
デスラー艦を先頭に、ガルマンガミラス艦隊は、その進路を地球に向けたのであった。
西暦2203年、宇宙戦艦ヤマトはアクエリアスの氷塊の中にその生涯を
終えた。
その現実に一番衝撃を受けたのは、デスラー総統であったことは疑いのない
事実である。
彼の闘いの果ては、未だ見えてはこない。