「妖魔達の宴」

 庭の隅でパチパチと木の爆ぜる音が聞こえている。
落ち葉や枯れ枝が小さい山を作り、赤々と炎を上げ微かに煙をたなびかせていた。
彼女は手にした長い棒でそれを少しかき回し、火の勢いを高めると、
傍に積んであった、木片やなにやら文字の書かれた古い紙人形を一つ一つ
火の中に入れ始めたのである。
先日蔵の中を整理していて、棚の奥にしまいこまれていた箱を見つけ
なにか家宝でもと開けてみたのだが、入っていたのは今足許にある
ガラクタばかりだったのだ。
相当に古いものもあったが、中には母が作ったのではないかと思われる
ビーズのネックレス、お習字の稽古でもしたものか、蛇がのたくったような
文字としてさえ疑わしく思われるような紙片、紙人形の類が入って
いたのである。
私が幼い頃に亡くなった母は、聞くところによると拝み屋とか言うことを
やっていたらしく、近所の人はもとより遠方からも毎日のように客が
やってきたという。
私が生まれた時に「後を継ぐのはこの子だね。」と言っていたそうであるが
何かを伝える前に、母はこの世から去ってしまった。
それからは、叔父に引き取られ、何事のなくここまで育ててもらい、
いよいよ私の結婚が決まり、今日まで放ったらかしになっていた、この家を
処分するためにやってきたのだ。
ほとんど暮らした記憶のない母の家に、なにも愛着はなかったが、
なにか思い出のものでも残ってないかしらとあちらこちらを探してみたのだが
記憶に残っているものはなかった。
それでも、かすかに遊んだ覚えのある人形だとか鞠の類があったが
虫に食われ、変色してしまっていて、とても思い出の品として残しておける
ような物ではない。
しかし、そんなものでさえゴミと一緒に捨ててしまうのも不憫でもあり、
こうして、母のいた庭の片隅で燃やすのが供養だと考えたのである。
残っていた家具なんかを燃やすのはさすがに無理だが、紙の類や小さいものは
一緒に燃やすことにしたのだ。
「ごめんね、お母さんの思い出のある家を手放すことになっちゃって。」
心の中で詫びながら、一つ一つを手にとり、炎の中に投げ込んでいく。
小さいものだけを選んだつもりであったが、量が多かったようで、思ったより
大きな炎が立ち上っていた。
最後に手にしたのは、なにやら文字らしきものが書かれている木彫りの像。
それを手にした瞬間、おぞましい感覚が全身を駆け巡ったのである。
友人の中にはオカルトや霊感に凝っている者もいるが、私はどちらかと言えば
あまり信じてはいない部類に入るだろう。
そりゃたまに、この世の類でないものを見ることはあるが、まぁ他の人も
その程度見えるのは当たり前だと思っている。
確かめたことはないけど・・・。
全身を総毛立たせ思わず像を振り放してしまい、それは引き込まれるように
炎の中に飲み込まれてしまった。
像を炎が舐め、底に堆積しつつある灰の中に半ば埋まってしまったが
どうせ燃やしてしまうつもりであったのだから、なんら問題はなかった
はずだったのだ。
だが、それの表面を炎が炙り、黒く焦げ始めた時、空が一面にわかにかき曇り、
轟音とともに炎の柱が空に向かって立ち上ったのである。
「とぉ〜きぃ〜放たれたりぃ〜。」
空気を揺るがし、哄笑を含んだ声が辺り一面に響き渡った。
同時に彼女には、炎の中で数多くの異形の者達が空に駆け上って行く姿が
ハッキリと見て取ることができた。
一つ目の大入道、人の顔を持った怪鳥、巨大なムカデ、無数のヘビ、
胴体に多くの手足を生やした怪物、その他数知れない者が現れては
雲の中に消えていったのだ。
その中には、猿の頭に虎の胴体、蛇の尻尾を持つ「ぬえ」や、九尾の狐など
お話の中で聞き知った妖物の姿さえあったのである。
もう眺めていることしかできなかった。
と言うより、頭が今目の前で起きていることを理解しようとしてくれなかったと
言ったほうが適切だろう。
ぽかんとその場に立ち尽くしていて、ふと我に返ったときには、焚き火は
炎の柱を吹き上げることなく、それまでと同じように、チラチラと燃え続けているだけに
過ぎなかった。
「あ〜、疲れているんだ・・・。」
と頭を軽く振り、次の物を放り込もうと、足許のガラクタを手にした時、
強い視線を感じたのだ。
怖気が走り、見たくないと拒んだはずなのに、顔はゆっくりと焚き火に向き
そして炎の中に揺らめく目玉と目が会ってしまった。
最初一対だったその目は、見る間に一対、一対と眠りから目覚めるように
瞼を開き、八対の目が炎の中に浮かんだのである。
そして、それぞれがニヤリと邪悪な色を浮かべると、再び声が辺りに響き
渡ったのである。
「知っておるぞ、お前の母は既にこの世になく、この国には我らを封じる力を
持った者はおろか、封じる術さえ失われていることを。
もはや我らを止めることはできぬ。
これよりこの国の首魁どもに取り憑き、貴様らが想像だにさえできない
悪行の限りを尽くし、塗炭の苦しみを味合わせてくれようぞ。
我らが永きに渡り封じられし恨みを思い知るがよい。
わっはっはっはっはっはっ。」
それぞれの目の周囲に徐々に姿が現れ、八つの頭を持った大蛇、
神話に語られる八岐大蛇(やまたのおろち)が大木をも越える巨大な身体を
現した。
決して狭くはない庭の周りを十重二十重に取り巻き、八つの鎌首をもたげると
その巨体をうねらせ、空に広がる暗雲の中に消えていったのである。
彼女には、腰を抜かし、座り込んだまま見ていることしかできなかった。
この国の先行きを暗示するかのような暗雲が立ち込めていく様を。

 あれから一年、今私が見ているテレビで総理大臣が演説を行っている。
その後ろで、黒い影がチラチラと動いているのは、八つの鎌首があるところから
「八岐大蛇」だろう。
横にいる大臣についているのは「ぬえ」だろうか。
野党の女性党首には「九尾の狐」がついていたし、大概の政治家には
大なり小なりの妖魔が取り憑いていた。
いえ、政治家だけじゃなく、この国を動かしている大企業のトップや
実力者と言われる人達には軒並み憑いているはず。
そして一般庶民の私達は、前代未聞と言われる国の繁栄を謳歌して
いたのである。
諸外国からは、我が国ほど清廉潔白な国はないと評価されているほどだ。
そうきっと妖魔達は知らなかったのだろう、これまでこの国を動かしてきた
者達がどんなことをしてきたのかを。
彼らのしてきたことに比べれば、今 妖魔達のしている悪行など子供の
悪戯程度にしか過ぎないという事実を。
私は旦那が帰ってくるのを待ちながら、お煎餅を齧りつつ思うのである。
「やっぱり一番怖いのは、人間なのかしらねぇ・・・。」 

2008年10月27日(月)         
 月刊「明日の国造り 10月号」より抜粋


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